胸の厚みが足りないからと婚約破棄されました。
柴犬丸
第1話 〇〇が足りない。
「貴様には圧倒的に包容力が足りない!!」
本来めでたいはずの婚約パーティーで、わたくしの婚約相手であるこの国第一王子クレイヴは全力でわたくしのダメ出しをした。
「なっ!?」
無礼千万。
誰よりも真摯に学び、競い、実践してきたこの国の王妃候補であるわたくし、ミラルダ公爵令嬢に向かってなんという暴言。
「それはわたくしとの婚約を破棄するという事ですか?」
「そうだ」
「お言葉ですが殿下、わたくしは常日頃から自分を磨くことを怠ってはおりません。足りないというのならば補いましょう。具体的に何が足りないとおっしゃるのですか!」
胸を張り、毅然として進言する。
わたくしには後ろ暗いことも無ければ恥じることも無い。その小さな脳みそでわたくしに足りないものがあると言うならば提示してみたらいい。
『貴様には筋肉が足りない!!』
は?
『胸の厚みが薄い! 見よ、彼女の素晴らしき大胸筋を!!』
そう言ってクレイヴ王子が連れてきたのは背の丈2mはあろうかという見事な体躯を持った筋肉ムキムキの女性だった。
「貴様には圧倒的に『筋肉』が足りない!!」
…確かに。
「彼女こそ真の美! 私は彼女を婚約者として選びこの国をさらなる繁栄へと導くことをここに誓おう!!」
そう言ってクレイヴ王子はマッスルな彼女の手を取り、膝を付いて口づけを落とした。王子の剣幕に気圧されてぱちぱちとまばらに上がる拍手。
「なんという美しき筋肉! 縋りつきたくなるほどの安心感! 国母となる女性はこうでなくてはいけない」
うっとりと彼女を見つめるクレイヴ王子。
知らなかったけれどこの王子、とんでもない筋肉フェチだったようだ。
もはや信仰であるかのように筋肉を褒めたたえるこの場の空気に圧倒され、ついつい納得してしまった。
でも何でしょうこの敗北感。
わたくしは公爵令嬢としての全ての技能は持ち得ていたつもりでしたが『筋肉が足りない』と言えばそれはそう、確かに。
「覚えてらっしゃい! わたくしも見事な筋肉を携えてまいりますわ!」
筋肉モリモリになりたいわけではなかったけれど『足りない』と言われたことが心底悔しくてついつい負け惜しみの様な言葉を残してパーティー会場を後にした。
それからのわたくしはありとあらゆる知識を取り入れ、筋トレに次ぐ筋トレ、食事改善に全力で励んだ。
「…どうして、どうして筋肉がつかないの…?」
どれだけ頑張っても筋肉が付かない。筋肉が付きにくい体質なのかもしれないがどうしてもマッスル彼女のような分厚い胸板にはならなかった。
「筋肉はバランスよく付けなくてはだめよ」
「貴女は!」
膝を付きうなだれていたわたくしの前に現れたのは例のマッスルな彼女。
「貴女のトレーニングを見ていたけれど、大胸筋を鍛えるための鬼のようなメニュー、全てをひたむきにこなしていくあなたはとても素晴らしかったわ」
「…マッスルさま」
分厚い筋肉とたくましい腕。
わたくしを見つめる優しいまなざし。
「大丈夫、諦めないで。わたくしと一緒にトレーニングをしましょう?」
「でも…わたくしと貴女はライバルではありませんか」
「たとえライバルでもわたくし達は同じく筋肉の道を進む同志ですわ」
敵対視したわたくしに向かって手を差し伸べてくれる優しさ。
(これが、包容力…)
「わたくしと同じ食事メニュー、同じ運動をしてみませんか?」
「でも、それは…貴女が独自に研究して編み出した成果なのではありませんか?」
自分でも学んだから分かる。
この国ではまだマッスル様のように全身ムキムキになるまでの『道』が確立されていない。
「筋肉を極める道はとても険しい。でもミラルダさま、わたくしは貴女がわたくしと同じ道を歩んでくれることがうれしいのです」
「マッスルさま…」
彼女の優しさ、包容力、知識の深さにわたくしは完全に陥落した。
「さっそく明日からご一緒いたしましょう?」
「ありがとうございます…マッスルさま。こちらこそどうぞよろしくお願いいたしますわ」
こうして最強のトレーナーをゲットしたわたくしは着々と筋肉を手に入れていきました。
「すばらしい成長ですわミラルダさま」
「いいえ、マッスルさまに比べたらまだまだですわ」
マッスル令嬢に比べればわたくしの筋肉はまだまだだけれど着実に筋肉は付いてきている。トレーニング前のヒョロヒョロの腕を思えば今はずいぶんと太くたくましくなった。
最初は筋肉フェチの王子を見返してやることが目的だったけれど今はもうそんなことはまったく気にしていない。
マッスルさまと一緒にお互いを高めながらトレーニングをし、ひたすら鶏むね肉のレシピを作り出す日々。新作のプロテインを試飲する楽しみ。そっちの方がずっとずっと楽しいのだから。
「クレイヴ王子? あんなペラペラ筋肉の王子なんてごめんだわ」
胸の厚みが足りないからと婚約破棄されました。 柴犬丸 @sibairo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます