体が目的だったのか

香久乃このみ

胸筋の下で雨宿り!

「好きです、高垣君! 付き合ってください!」

 レトロな文句で告白してきたのは、学年でもかなり可愛いと評判の小方奈緒だった。

「え? あの、……俺?」

 呼び出されたのは俺で、ここにいるのは彼女以外では俺しかいない。疑う余地もないのだが。

 なにせ俺はモテない。体毛が濃く、顔はどれだけ贔屓目に見てもイケメンの部類ではない。女子たちから陰で「原人」と呼ばれているのも知っている。当然ながらバレンタインにチョコをもらったこともない。


 けれど小方さんは頬を染め、まっすぐに俺を見ている。

「それでそのっ、返事は、……いかがでしょう?」

 緊張した面持ちで、わずかに手を震わせながら俺の返事を待っている。

(マジか)

 最初、罰ゲームでもやらされてるのかと思った。だが、彼女の真剣な眼差しを見ていると、とてもそうとは思えない。これを演技で出来ているとすれば、彼女は大女優だ。

「いい、けど……」

「本当に!? 嬉しい!!」

 ドッド、ドッドとうるさく鳴る心臓を、俺は手で抑え込む。そんな俺を前に、小方さんは薄く染まった両頬を手で覆い、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねる。

(可愛いな)

 これだけ可愛いのに、これまで彼女に浮いた話が一つもないのが不思議だ。


「でも、なんで俺?」

「なんでって……、素敵だから、デスヨ?」

 小方さんは恥ずかしそうに視線を外す。その仕草が初々しく愛らしい。

「その、俺、イケメンじゃないし……」

 俺がそう言った瞬間、彼女の目がギラリと光った。

「その見事な雄っぱいをして、イケメンじゃないと!?」

 ……は?

 今、なんて?

 お……。

「オッパイ……?」

「えぇ! 『雄』の『パイ』で『雄っぱい』! 男の見事な胸筋のことだよ!」

「……」

「もしかして、気付いてない? 高垣君、あなたの筋肉がどれだけ美しいか!」

(小方、さん?)

「体操着の時の、横に引き延ばされたぱっつぱつの胸筋の下に出来る影! あの下で雨宿り出来たら、日差しから守ってもらえたらと何度思ったことか!」

 ……できねぇよ。

「首から肩にかけてなだらかな坂を作る僧帽筋も最高にセクシーで。見るたびに噛みつきたくなっちゃうの」

 吸血鬼か何かですか?

「体操着から突き出した上腕筋、そして大腿四頭筋の作る、もはや芸術レベルのあの陰影」

 小方さん、大丈夫か? さっきから目つきヤバいし、呼吸も荒いんだが。

「水泳の時に見た、バッキバキに割れた腹筋も忘れられないの。あのお腹で大根をおろせるんじゃないかって思うと、もう!」

 出来るか!

 つか、なんでそこまで俺のこと舐めるように観察してんだ!? 正直、怖いわ!

 あれ? これってセクハラ?

 ひょっとして俺、今、生まれて初めてセクハラされてる?

 さっきまでの初々しさ、どこ行った!?

「えぇと……」

 気圧され、俺は少し後ずさる。

「なんでそこまで、筋肉ばっか見てるの?」

 俺の問いに、彼女は嬉しそうに目を輝かせる。

「顔の造形は遺伝によるものだけど、筋肉には習慣や生き様が現れているから」

 そうなのか? いや、顔だって手入れとか色々あるんだろ? 知らんけど。

「ともかく、私にとって高垣君は最高にシコい存在なの!」

 女の子がそんな言葉使っちゃダメだって!

「お、俺の体が目的? なぁんて……」

「うん!」

 そこは否定して! 元気にうなずかないで!

 どうしよう、俺は滅茶苦茶迷っていた。

 小方さんは最高に可愛い。そんな美少女から生まれて初めての告白をされた。

 受け容れたい。だが、どこか釈然としないものを感じる。

 そう、告白というよりも、なんか品評会で品定めされているような気分なのだ。


「あー……」

 さっき「いい」と言ってしまったが、本当にこのまま彼女と付き合ってもいいのだろうか。

 言葉につまり、俺は上を向く。その瞬間、黄色い声が飛んで来た。

「きゃーっ! 胸鎖乳突筋エッローい!!」

(なるほど)

 これだけ可愛いのに、これまで彼女の浮いた噂を聞かなかった理由、ちょっと分かった気がした。


 ――完――

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