きららむし5

鳥尾巻

虫様筋

「胸部に対して直角に針を刺すのが重要なんだ」


 お祖父ちゃんが商店街の寄合に行ってしまったので、私は古書店で店番していた。

 そして何故か同じクラスの変人・三森みつもり世那せな君に、蝶の標本を見せられながら、作り方の講義を受けている。

 自作の標本を見せたいのは分かるけど、茶飲み友達のお祖父ちゃんがいないからって、私相手に虫の話はやめて欲しい。


「へェ、キヨウダネ。ワタシムリダワ」

「そんなことないよ。誰でもできる」


 そこ拾わないで。そもそもやりたくないんだから。

 不器用と思い込んでいる人は、筋肉の使い方を学んでいないだけだと彼は言う。器用さは遺伝半分、環境半分らしい。

 教室ではほとんど寝てるか本読んでるだけだから、彼がこんなに喋るって知ったら皆驚くんじゃないかな。


虫様筋ちゅうようきんを鍛えるといいよ」

「チュウヨウキン?」

「手の平側にある骨と骨の間の筋肉」


 説明しながら見せてくれた彼の手は、指が骨ばって長いのに手の平はふっくら肉厚で筋肉質だ。薄くて小さい私の手とは根本的に違うような気もする。


「付け根の関節を曲げるんだよ」


 三森君は指を伸ばして揃えて顔の両側でパクパクさせた。見ようによっては可愛い仕草を真顔でやるものだから、吹き出しそうになる。

 表情のあまり変わらない顔の中で奥二重の目が怪訝そうに瞬き、私にもやるように催促する。


「こう?」

「指は曲げちゃ駄目。平らな面にくっつけて尺取虫みたいに動かしてみて」

「なんでも虫にたとえないでよ。尺取虫ってどんな動き?」


 虫嫌いなのにそんなの見てる訳ないじゃない。すると三森君は何を思ったか、カウンターの上に乗せていた私の手を取った。


「こうやるの」


 指先を固定するようにすくわれた手の向こう側で、三森君の眠そうな黒い瞳がきらりと光る。これ映画とかで見たことある。手の甲にキスする挨拶。


 教えてるだけだと思うけど、お互い触れ合った皮膚の表面がやけに熱い気がした。

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