彼女の腹筋が割れている

奇跡いのる

第1話

 自分で言うのは恥ずかしいのだが、僕はいわゆる中肉中背のだらしない体格をしている。ここ最近では更にお腹が主張を強くして、二十代半ばにして糖尿病を疑われる始末。会社の健康診断の結果表にも、「適度な運動をしましょう」と書かれていた。


 そんな僕に生まれて初めての彼女が出来た。出会いのキッカケは巷で流行っている出会い系アプリだった。可能な限りに加工して盛りに盛ったプロフィール写真を見て、会う約束を取り付けた女性は何人もいたが、恐らく遠目から僕の姿を見て、ドタキャンをされていたのだろう。実際に待ち合わせ場所に現れたのは彼女一人だった。


 彼女は可愛かった。どことなく僕の好きなアニメのヒロインに似ていて、ひと目見た瞬間、心を奪われた。オタク気質の僕にも優しく微笑んでくれて、それどころかアニメの話題で一緒に盛り上がってくれる。見た目はかなりタイプだったが、彼女の性格や振る舞いを知るにつれて、彼女の全てが愛しくなった。


 佐藤りおちゃん。僕の二歳年下で、事務の仕事をしているらしい。猫好きで、スマホの待ち受けは実家で飼っているキジ猫の写真だった。初デートは猫カフェに行った。猫と触れ合っている彼女の笑顔はとても可愛く、僕はもうすっかり彼女の虜になっていた。


「フトシくんのお腹ってポチャポチャしていて気持ちいいよね」

「でも、デブって嫌じゃない?だらしなくて……」

「私はフトシくんの体型好きだよー 」


 彼女の言葉は僕を勇気づける。自己肯定感の低い僕が、自分を褒めたくなるほどの威力があった。ビバ、ぽっちゃり体型。


 付き合って一ヶ月、ついに二人の初めての夜がやってきた。僕は童貞で、何もかもが新鮮だった。同じベッドで横になるだけでも心臓がバクバクして死にそうだった。彼女の指先がしなやかに僕のぽっちゃりしたお腹をなぞった。言いようのない快感が走った。


「緊張してるの?フトシくん」

「は、初めてなんだ」

「怖がらないで……やさしく触ってね」


 僕は無我夢中に彼女に触れた。

 小さな顔、長いまつ毛、綺麗な黒髪、耳、鼻、薄桃色の唇、首筋、小ぶりだけど柔らかくて形の整った胸、そしてバッキバキに割れた腹筋……


 バッキバキに割れた腹筋……

 バッキバキに割れた腹筋……?


 シックスパック……?


「君もこれをつければシックスパック間違いなし、貼るだけで完璧で簡単な腹筋アイテム」みたいな商品の広告に載っている、世界的に有名な某サッカー選手の腹筋みたいなシックスパックがそこにはあった。


「り、りおちゃん、き、鍛えてるんだね……」

「うん、ジムで働いてるからねっ」

「ジム?事務じゃなくて?」

「うん、トレーナーやってるって言わなかった?」


 いつも彼女は大きめのサイズの服を着ていたので気づかなかったが、こうして裸を見てみると、全体的にかなり鍛えられているのが分かった。


「私、フトシくんの体を改造したいのっ」

「ええ?」

「私のジムでダイエットしましょう?」

「僕の体型好きだって言ってくれたんじゃ??」

「そう、こんなにだらしない体、鍛えがいありそうだもの 」


 き、聞いてないよ……


「私の事嫌いになった?」

「そ、そんなことはないけど……ダイエットキツいし」

「私とダイエットどっちとるの?」

「どんな二択?そりゃりおちゃんをとるよ」

「だったら一緒に筋トレしましょう」


 惚れた弱みか、僕は彼女に逆らうことは出来ない。


 そうして僕の地獄のダイエット生活が幕を切った。













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