答えの出ない問い

CHOPI

答えの出ない問い

 身体中が痛くてうまく呼吸ができない。感覚がマヒしてきて、だからこそ必死に“痛み”の感覚が逃げないように耐えていた。この痛みすら感じなくなった時、自分はもう、本当に死ぬのだと、そう思ったからだ。


 視界はとうにぼやけて、ハッキリと世界を見ることは叶わない。血濡れた世界を見たいとも思わないけれど。数多くの屍がそこかしこに横たわっていて、先ほどまでは『いたい』『たすけて』『くるしい』などの悲痛に満ちた声が溢れていたはずなのに、今、その声は全て無に帰していた。吹き付けてくる風が、命の灯をかき消した、のかもしれないと思った。


 意識がギリギリのところとはいえ残っている自分は、それでももう、助けを求める声を出すことができそうになかった。呼吸が浅くなっていることを、客観的に感じ取っている自分がいる。


「……おまえ、まだ息があるのか」

 頭上から声が聞こえてきた。最初、いよいよ幻聴が聞こえてきたと思った。だが、それは違ったようだった。

「もう、しゃべれないのか」

 痛む身体、必死に視線をその声のする方へと向ける。ギリギリ視界にその影を収められず、やっとの思いで首を動かした。そうして見えたのは、赤に血濡れた銀色の鎧を身にまとい、長髪を頭上の高い位置でまとめた騎士だった。恐らく声の高さからして、女だ、と思う。


「……っ」

 何とか声を絞り出そうとして、だけどやはりそれは叶わなかった。

「無理するな。今見てやる」

 そういうと彼女は慣れている手つきで私の身体の傷を確認してきた。

「……これくらいなら。今助ける」

 そういうと彼女は両手を合わせて目をつむる。フワっと彼女を中心に、優しい風が巻き起こったかと思うと、淡いミントグリーンの光が指した。少しずつ、呼吸が深くできるようになる感じをおぼえる。いつのまにか身体の痛みも和らいできて、『あぁ、回復魔法か』と気が付いたころにはもう、ちゃんと身体は治っていた。それにしてもすごい魔力だ。ほとんど死にかけのやつをこの短時間で治してしまうのだから。


「助かった。ありがとう」

「いや」

「……ところで」

 そこまで言って、私もまた両手を合わせ、彼女の時とは逆で、彼女のことを睨みつけるようにして力をこめる。ブワッと私を中心に、強い風が巻き起こったかと思うと、濃く強い赤色の光が指す。

「なぜ、敵を助けた」

 私は彼女に問う。彼女は特段表情を崩さなかった。

「私には回復魔法しか使えないからだ」

 答えになっていない、と思う。だけど彼女の装備品を見ると、身体を守る鎧以外に何も見当たらない。

「……では、他に武器は」

「ない。私は所詮、自国の手ごまの一人でしかないからな。戦力にならん奴は野垂れ死にしようと何も思われない」

 それを聞いた途端、何故かわからないけれど一気に戦意を喪失した。……なんでこんな戦いを、私たちは強いられているのか。よくわからない。


 幼い頃から隣国と戦争をしているこの世が当たり前だった。その中でも私の生まれた国はどちらかというと守備の強い国で、だから戦力になる兵が必要だった。そんな中生まれた私は、何故か自国の風土に合わず、攻撃魔法しか使えなかった。しかもなぜかその威力は大人顔負けだったので、物心がつく頃には、兵の一員として過ごすことが当たり前だった。


 仲の良かった兵の大人たちは順々に皆、帰ってこなくなった。きっと帰ってくるのにてこずっているだけだと自分自身に言い聞かせた。だけど自分がいよいよ戦場へと行く立場になった時、それは淡い幻想だったのだとすぐに思い直した。皆、死んだんだ。自国を出て戦場になっている隣国との間の平野にたどり着く頃には、そう思わざるを得なかった。


 戦争をしている隣国は、自国とは逆で戦闘能力の高いものばかりが集まっていた。ただ、回復技術が格段に弱かった。だから泥沼の戦争だった。


 そんな中、彼女に助けられた。隣国の鎧をまとった彼女は『回復魔法しかできない』と、そう言った。……私とまるで正反対、鏡に映ったような存在だと思った。


「……助けてもらったのに、悪かった」

 素直に謝って、そうして立ち上がって辺りを見回した。彼女の他に、生気を感じる者はもう、誰もいなかった。

「……なぜ、私たちは戦わなければならないんだろうな」

 敵に対して何を問うているのか。だけどこぼさずにはいられなかった。

「……さぁな」

 彼女もまた、静かにそう返してきた。そうしてお互い、そのままその場で静かに立ち尽くすほかなかった。


 ******


 私たちはなんのために。誰のために。戦っているのか。

 

 初めは護りたかったのだと思う。大切なものを。大切な人を。大切な国を。


 だけどそれは、相手もまた全く同じことで。


 護りたくて、ただ、平和な日常を、と願って。


 ……そうして泥沼化した先、傷ついたのは護りたかったはずの人だった。


 護りたかった大切な、ただの平和な日常だった。


 答えの出ない問いを胸に抱いたまま、私はその場に立ち尽くしていた。

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