筋肉を鍛える筋肉がない

金澤流都

令和のアブトロニクス

 この体の主は、鍛錬を怠っておる。わしはそう思いながら、杖を握りしめた。

 筋肉たちはみなだらしなく、痩せていて、鍛えて強くなろう、という志に欠けていた。わしに睨まれて、筋肉たちはうろんな目でわしを見た。

「お前たちには鍛えようという志がないのか」

「鍛える意味ってあるんですか?」

 特に痩せている筋肉が言う。お前が痩せているから、体の主は猫背になっておるのだろうが。

「だっていま令和っすよ? 出かけるときは車なり電車なりでぶぃーんとだし、仕事だってパソコンとスマホで完結するし、鍛える意味あります?」

「ぶぁかもーん!!!!」

 わしが喝を入れるも筋肉たちはやはりうろんな目でわしを見るばかりだった。

「筋肉はなによりもの装い! 筋骨隆々の体ほど美しいものはないのだ!」

「だってどうせ結婚するお金なんてないし容姿なんか気にしてどうするんです?」

「鍛えれば結婚相手のほうから来るかもしれんぞ」

「いまは令和ですよ? 結婚が幸せとは限らないじゃないですかー」

 口ばかり達者な筋肉たちに、わしは杖を振るった。高周波が筋肉たちに突き刺さり、筋肉たちはみな一様に「グワァーッ!!!!」と叫んでいる。

「筋肉がないと歳をとってから悲惨なんじゃぞ! 怠けてはならんのだ!」

 わしがそう言うと筋肉たちは震えながら、

「お慈悲を……どうかお慈悲を」と叫びはじめた。いいぞ、これからじゃぞ。筋肉たちがぐったりするまで、わしは高周波を発し続けた。


「あ、アブトロニクス効っくう……」

 体に突き刺さるビリビリ感。筋肉を鍛える筋肉のないわたしがとった手段は、物置から「アブトロニクス」を出してくることだった。

 体がいい感じで悲鳴を上げている。いい調子だ。これで筋肉を鍛える筋肉が育ったら、通販で買ったダンベルに挑もう。

 その翌日、当然わたしは筋肉痛で身動きがとれなくなっていた。腹筋がちぎれそうだ。

 ふつうに鍛えればよかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

筋肉を鍛える筋肉がない 金澤流都 @kanezya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ