ゆめみる筋肉

黒いたち

ゆめみる筋肉

「また服が小さくなったですって?」


 長い黒髪を揺らして、師匠があきれる。

 そんな師匠に、俺はあきれた。


「そりゃ、半年も経てば」

「あなた、雑草よりもすくすく伸びるのね」

「成長期ですから」


 師匠は深く長いためいきを吐いて、いすに座る。

 倒れるようにテーブルにつっぷすと、師匠の黒髪がさらりと散らばった。


 それを見て、俺はコーヒー豆をく。

 

「おつかれですね」

「だれのせいよ」

「俺ですか? 師匠のごはんを三食つくって、師匠の家を掃除して、師匠の服を洗濯して、コーヒーを豆から美味しく入れちゃう俺のせい?」


 本気でわからず、師匠に問う。

 また師匠がためいきをついた。


「そうじゃなくて――また街に下りなきゃいけないじゃない」


 師匠のめんどくさがりは筋金入りだ。

 俺はできるだけ師匠のストレスをとりのぞきたいので、すこし考えて口をひらく。


「行商人に頼んで、適当な服を持ってきてもらえばいいじゃないですか。俺は着られればいいので」

「人間は服でだいぶ見た目が変わるのよ! 着ている本人は見えないからいいでしょうけど、やぼったい服を四六時中みせられるなんてお断りよ!」


 めんどくさがりなのに、変なところで凝り性だ。

 俺はあいまいに笑い、沸騰したお湯を、コーヒーケトルにうつして適温にする。

 ドリッパーに湯をかけ、挽いた豆を入れてドリップしていく。


 コーヒーの香りが、へやいっぱいに広がる。

 師匠がクールダウンする香りだ。

 今もまぶたを閉じて、深呼吸している。


 淹れたてのコーヒーを師匠のまえに置くと、いそいそと彼女は口をつけた。


「はあ~。この瞬間のために、あなたをひろった気がする」


 師匠の頬がゆるむ。

 俺は自分のマグカップをもち、師匠のまえに座る。


「お褒めいただき、恐悦至極」

「……どこで覚えてくるの、そんな言葉」

師匠の家ここじゃないのは確かですね~」


 なっまいき、と師匠はつぶやく。

 そうして、ふと思いだしたように俺を見た。


「あなた、いくつだっけ」

「たぶん17です」

「なるほど。『反抗期』ってやつね」

「あ、はい。もうそれでいいです」


 師匠はにやにやと俺を見ると、いきなりびしりと背筋を伸ばした。


「なにか悩みがあるでしょ。人生の先輩である私に相談してみなさい」

「人生って……師匠は魔女だから人じゃないでしょ?」

「しつれいね! もとは人間……だったはずよ。昔すぎて覚えてないけど」


 ぷいっと横をむく師匠に、俺は苦笑する。


「――では師匠先輩。俺の悩みを聞いてください」

「いいわよ。なんでも話しなさい」

「なにもしていないのに、ものすごく筋肉がつくんです」

「…………ほう」

「上腕なんか、以前の二倍くらいの太さになって……これって、なにかの病気じゃないですかね」

「……ちょっと見せてもらってもいいかしら」


 俺はうなずき、シャツをガバリと脱いだ。

 

「なんで脱ぐの!?」

「シャツがちいさくて、うでまくりができないんです。だから脱がないとしょうがないんです」

「そ、それはしょうがないわね」

「せっかくなので胸筋も見てもらって……いますね、もう」

「視界に入るんだから、しょうがないのよ!」


 そういいながら、師匠は俺のからだから目を離さない。

 ためしに上腕に力を入れ、筋肉をもりあげる。師匠の右頬がぴくりと動く。

 つぎに胸筋に力を入れる。師匠の左頬がぴくりと動く。

 さいごに腹筋に力を入れ、シックスパックを強調させる。師匠の口元がだらけきった。


「どうですか、師匠」

「……とてもいい……じゃなくて、こ、これは病気でもなんでもないわ。ただのいい筋肉よ。自信を持って、安心なさい!」


 頬を上気させたまま、師匠はぷいっと横を見る。

 だけど横目で俺のからだをガン見している。

 だから俺は提案した。


「師匠。最近暑いので、俺は脱いだままで生活しようかと――」

「何いってるの!? そんなこと許され……ちゃったり……いいえ、やっぱりだめ。このからだに似合う最上級の服をオーダーしにいかなくちゃ。ぜったいきれいに着こなせるわ、このからだなら!」


 師匠はグイッとコーヒーを飲み干すと、いきおいよく立ちあがった。


「街に行くわよ。いえ、いっそ王都に行きましょう」

「わかりました、師匠。つかれたら、俺がおぶってさしあげます」

「そんなことしてまた筋肉が育ったらどうするの!? これ以上は――」


 口をつぐみ、師匠がごくりと喉をならす。


「これ以上は、病気ですか?」


 しゅんとうなだれれば、師匠があわてて否定する。


「とにかく、王都行きの準備よ! はやく服を着なさい!」


 そういいながら、師匠の目はいまだ俺のからだにくぎづけだ。

 早々に見飽きられても困るので、俺はおとなしく服を着る。


「では荷造りをしてきますので、少々おまちください」

「え、ええ」


 荷造りのために、師匠の部屋に入る。

 昨日は掃除のため、おとついは洗濯物を回収するため。

 毎日、師匠の部屋にはいっている俺が、しらないわけないじゃないか。


「――また増えてるな、筋肉本」


 昨夜、伝書ガラスがよろめきながら飛んできたから、また通販したんだろうと思っていたが。


 俺は師匠にひろわれた。

 だから師匠に恩返しがしたい。

 師匠が喜ぶとおもって、筋肉をつけた。

 師匠の本棚にかざられた数多の本から、効率的な筋肉の育て方を学んだ。


「――あんなに見られるとは思わなかった」


 ぞくぞくとした快感が、せすじをかけのぼる。

 体に力をいれると、筋肉がシャツを押しあげる。


「はやく師匠好みに育てて――食べてもらわないと」


 俺はうっとり息をはく。狂おしいほど、まちどおしい。


「今夜の筋トレはいつもの倍だな」


 じゃないと、とても眠れない。


 たのしい王都行きとあかるい未来をおもいながら、俺はうきうきと荷造りに励んだ

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ゆめみる筋肉 黒いたち @kuro_itati

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