深夜巡回の帰り道

鳥路

教師の深夜巡回

最近、不審者の目撃情報が多発している

子供たちも最近は塾やらクラブ活動で帰り時間が遅くなっており・・・中にはその不審者に遭遇した子もいる

一人ではない、数十人規模の話だ


学校はそれを受けて、授業を午前中で終了

集団下校で生徒を帰し、男性教諭は市街地に出向き、早く帰った生徒たちが外に出かけていないか見て回ることになった


夜遅くまで見回った後、学校に戻って荷物を回収

明日に備える為に帰宅をしていたら・・・あの子と遭遇してしまった

なぜこんな時間に、こんな場所でウロウロしている・・・!


「・・・夏樹」

「あはは・・・」


教育実習の時に知り合った女の子

今は女子高生。俺の「なりたい教師像」を作り上げてくれた少女でもある「新橋夏樹にいばしなつき」は、俺の目の前でごまかすような笑い声を出してきた

ご両親を、俺の父親も巻き込まれてしまった事故で失い、中学生の頃に面倒を見てくれていた祖父を失った彼女

今はお兄さんと二人暮らしをしている


なぜ知っているのかって?

たまに、新橋兄妹の面倒を見ているからだ

同じ時期に親を失ったという奇妙な縁

お兄さんである冬樹ふゆき君は二十一歳とはいえ、誰かに頼りたくなる時もあるだろう

そういう存在に、今は落ち着いている

・・・表面上はな


「何をしているのか、聞かせてもらっていいか?」

「ぶ、部活帰りなんですよ。先輩と遊んでいたら、こんな時間に・・・」

「お前以外男の部活で、寝間着で、しかも普段は持ち歩かない家宝の長槍を片手にか?どんな先輩なのか教えてもらいたいな・・・しばくから」

「た、拓実さんには、教えませんよ」

「ふむ。それなら浮気の自己申告ということで受け取ろうか」

「えっ・・・」

「まあ、十二歳離れた上に、未成年と付き合っている淫行教師まっしぐらの男より、同世代の男がいいよな・・・」

「待って待ってステイステイ。ちゃんと正直に話すから!」


「最初から話せよ・・・で、なんでこんなところにいるんだ」

「・・・幸雪こうせつ君が、不審者の話を聞いたみたいで」

「それで、護衛のお前も駆り出されたってわけか」

「うん。散歩って名目で不審者探そうぜって・・・」


相変わらずはた迷惑な男だ。だから世間から「クソ探偵」やら「生活ブレイカー」呼ばわりされるんだぞ

その能力と、元々の素養のお陰で探偵が転職とも言える男「相良幸雪さがらこうせつ


解決した依頼は数多く。今では彼に依頼したら、どんな不可解な事件でも必ず解決できる言われるレベル

依頼は絶えることなく、毎日彼のもとに何かしらの依頼が舞い込んでいるそうだ・・・と、彼の護衛を務める夏樹が言っていた


それに加えて、彼自身が冬月財閥総帥である「冬月彼方ふゆつきかなた」のお抱え使用人でもあるので、名前が広がりやすい環境にもあった

しかしその一方で、同業者の依頼を根こそぎ奪い、廃業へと陥れている

厄介なことに、本人は無自覚でやっている。質が悪すぎる

同業者からはかなり嫌われているらしい。当然といえば当然か


「・・・大方、格好を見る限り、寝ている時に連絡をもらって、そのまま駆けつけたんだろう?」

「なぜわかった」

「寝間着にベランダに出る時のスリッパでここにいる人間が準備してここにいるとは思えないだろう。ほら」


上着を羽織らせる

春も近いとは言え、まだ夜は冷え込む

・・・全く。なんで上着も着ないで外に出ているんだ

しかも裸足。かなり冷え込んでいそうだ


「ありがとうございます」

「緊急招集だったかもしれないが、せめて上着と靴下ぐらいは履いてこい。寒いだろう」

「実は少し」

「バカは風邪を引かないとは言うが、それは風邪を引いたことを自覚しないから・・・だからな。バカでも風邪は引く。気をつけろ」

「ナチュラルにバカ扱いしないでくれます?」

「事実バカだろ。考えなしにこんなところに来てさ」

「ぐぬぬ・・・」


悔しそうに顔をしかめる彼女

しかし、それだけではないらしい


「・・・足」

「なにかありました?」

「無自覚か。石とか踏んだか?血が出てるぞ」

「なんと」


スリッパを脱いで、その該当箇所を確認する

今も血が滴っているのに、痛みを感じていなかったらしい


「少し待っていろ」


近くの壁に寄り、足を持ち上げさせる

鞄の中には一応、応急処置のセットが入っている

いつでも対処できるように準備を怠らなくなったのは、生徒たちの影響もあるけれど

一番は、小さな痛みを気にしないこのバカの為


「ぐえぇ!消毒液が染みるぅ!」

「うるさい。今何時だと思ってやがる。ご近所迷惑だ」

「・・・なんでそんな物を持ち歩いているんですか」

「忘れたのか。俺は小学校の教師だぞ。今、担任をしている学年は五年で、低学年じゃないから滅多に使う機会はないけれど、持ち歩いて損はないからな」

「なんだかそれ、理由が体裁みたいな感じに聞こえるのですが・・・」

「気のせいだ。ほら、おしまい!」

「あだっ・・・!患部を叩かないでください。でも、ありがとうございます」

「どういたしまして。歩けるか?」

「消毒され、いや、拓実さんに叩かれたので超痛いです。おんぶ!」

「なんじゃそりゃ。まあいい。おぶってやるから、帰るぞ」


彼女をおんぶして、自宅である新橋神社までの道を歩いていく

俺からしたら、その道は帰り道の逆

少し長い、深夜の散歩が幕を開けてしまった


「もう少し散歩しましょうよ」

「明日も仕事。お前は学校。寝かせろ、体力バカ」

「そんなに寝たいなら、うちに泊まればいいじゃないですか」

「冬樹君、朝からびっくりするぞ」

「朝七時半前に家を出れば、お兄ちゃんは気が付きませんよ」


夏樹のお兄さんである冬樹君は、少し特殊な体質をしている

夜十時以降から朝七時半まで、どんなことをしても起きないのだ

どんなに騒いでも、叩いても起きないらしい


「・・・帰る時間も惜しいし、今日は泊まらせてもらおうかな」

「それがいいですよ。私の部屋で寝ましょうね」

「それはちょっと・・・」

「なんでですか?」

「俺はお前が十八歳になるまでは、手を出さないと決めている」

「手、出してくれてもいいんですよ?」

「・・・手は出さないと決めている」

「ちぇっ。意志は揺るがないか」

「残念そうにするな・・・」


のんびり歩いていると、夏樹の通信端末に着信が入る


「誰だ?」

「幸雪君。もしもしー?うんうん。わかった。私?今拓実さんにおんぶされてるよ。緊急招集は勘弁し欲しいけど、今日はお得だね。うん。だから帰りは大丈夫。心配ありがとうね。じゃ、また今度!」

「幸雪、なんだって?」

「最近出没していた不審者、捕まえたって」

「そうか」


一番の懸念が解消されたので、一安心

これで明日から、いつもどおり生徒たちが登校できるし、夕方まで遊べるだろう

本当によかった


「後は、帰りが心配だから、送っていくって連絡です。拓実さんもいるし大丈夫だよって伝えておきました!」

「ふんっ」

「嬉しそうですね」

「まあな。頼りにされて嬉しくないわけはない」


「可愛いですね」

「おんぶやめるぞ」

「すみません。可愛いは禁句でしたね」

「わかればいい」


薄暗い街灯を頼りに、深夜の道を歩いていく

昔は、この時間に出かけるのは当たり前だった


「・・・川ねぇ」


大きな橋がかかった、川辺

昔は、あそこと似た場所で、あの山吹頭のバカと殴り合いをしていたな

あいつは祖父母や周囲に恵まれていたのに、自分が世界で一番不幸だといいたそうな顔をしているのが気に食わなかった

今は、目こそ死んではいるけれど、東里や覚と楽しくはやっているらしい

まあ夏彦のことなんでどうでもいいのだ


まさか、深夜に出歩き、喧嘩で補導

バリバリの不良だった俺が教師になるなんて、人生何が起こるかわからないものだ

年上が好きだったはずなのに、自分より一回り年下の女の子と付き合って、将来を約束するなんて想像すらしていないだろう


「拓実さん、眠いです・・・」

「寝ていていい。部屋まで運ぶ」

「ありがと・・・」


眠り始めた彼女を背負って、前を歩いていく

ちょっとだけ騒がしい深夜の出来事

彼女と遭遇することなんて想像していなかった俺は、この後、新橋家に泊まり、朝五時に起きて自宅へと帰った


その後、出勤準備を整えた俺は普通通りに仕事に入った

職員会議で、不審者が逮捕された情報を聞く。これは想像通り


それを終えて、担当教室に向かう途中

冬樹君から「夏樹が珍しく寝坊して、今慌てて出ました。間に合えば良いんですけど・・・昨日、なにかあったんですか?拓実さんはご存じないですか?」と他愛ないメッセージが届いていた

んー・・・俺は特に知らないなと返信して、教室に入る


「おはようございます。おや、岡島君、凄く眠そうですね」

「昨日夜ふかししちゃってさ・・・普通は起きてない時間まで起きていて」

「あらあら。生活リズムはきちんと守りましょうね」


彼女の失敗を顧みて、そう思ったことは内緒にしておこう

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深夜巡回の帰り道 鳥路 @samemc

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