短編82話 数ある眠れぬ夏のあつさ
帝王Tsuyamasama
短編82話 数ある眠れぬ夏のあつさ
(……だ、だめだ、眠れないっ)
夏の暑さのせいかもしれないけど、もっと明確に眠れない理由が、この僕、
(今何時だろう?)
小学生のときから、いつも朝起きるときにお世話になっている、戦隊物の目覚まし時計を見てみた。
布団はちょっとずれてる。白いカバーが掛けられた、青いやつ。布団もしばらく戦隊物だったけど、身長が大きくなったこともあって、今は戦隊物じゃない。
(見えない)
窓からの少しだけな光を頼りに、いろいろ傾けては目を細めてみては~……
(……一時、四十分くらい?)
これほんとは、暗くなってもしばらく文字盤と針の先が光るタイプなんだけど、さすがに最後に部屋の電気を消してから、時間が経っているからさぁ。
ジリリーンって鳴るタイプ。ボタンを押せば電気がつくタイプだったら、すぐ見えるんだけど、そうじゃない。
(だめだっ。なんか飲も)
僕は枕の後ろにある、ベッド備え付けの台へ、目覚まし時計を戻した。
静かな一階にやってきた。あぁお外ではセミさんが元気な模様。
何飲も~って思って冷蔵庫を開けるとひんやり。明るい。
こんな時間なので、だれも起きてないや。
とりあえず~……スイカジュースにしよう。
僕は食器棚から、いつも使っている恐竜コップを取り出す。別にコップの形が恐竜なんじゃなくて、柄が恐竜っていうだけだよ。
コップの形は、真ん中がちょっとくぼんで細長い感じ。
大きなパックのスイカジュースをとぽとぽ~。これ豆乳パックだったら、開け口を上側にして注ぐといいって、
……今は暗いからやめておこう。
スイカジュースパックを冷蔵庫に戻して、スイカジュースが入ったコップを右手に持って~……ちょっとごくり。んまい。
なかなか甘い感じ。母さんが小さいときによく飲んでいたらしい。
(ふぅ~っ……)
そのまま、いつもごはんを食べるタイニングテーブルへ~……とでも思ったけど、通り過ぎて、僕は庭の縁側に腰掛けることにしてみた。
カラカラ~っとガラス戸を開けてっと。青いサンダル履いてっと。あ、ちゃんと閉めてっと。
遠くの街灯が、ちょっと明るさをここにも運んでくれている。いい天気で月が見えます。何月って言うのかは……すいません理科もうちょっと勉強しておきます。
実は今日。
知彩ちゃんというのは、
幼稚園からの仲で、学校の外でも割と遊んできた、同級生の女子なんだけど……最近。僕はまぁ、なんというかその……たぶんね? た、たぶんだよたぶん。
知彩ちゃんのことが……た、たぶん、すきぃかもぅ……みたいな……。
同じ中学二年生だけど、こんな気持ちになったのは、中学校に入ってから、かなぁ。でも二年生になってから、もっとそう思ってきたかもしれない。
昔は遊ぶのに誘うことも、そんなに思い切っていなかったはずなのに、今はこう、緊張するっていうかさぁ。
それでも誘ってみたら、やっぱり以前までと同じように、遊んでくれるし。
今日の場合……って、今二時になるところだから、昨日? 昨日は知彩ちゃんから『花火があるの。一緒にするのはどうかしら』、なんて誘ってきてくれて。
だるまさんがころんだとか、なわとびとか、絵日記とか、工作とか……なんだかこの庭で、知彩ちゃんといろいろしてきたなぁ。
(んしょっと)
ぱたぱたサンダル鳴らしながら、庭を歩いてみる。青いパジャマでだけどっ。
なんか、知彩ちゃんとの思い出が蘇ってくるなぁ。
女子とこんなに長い間、続けて遊んできたのなんて、知彩ちゃんだけだ。ああこの支柱に麦わら帽子掛けてたときもあったなぁ。風で飛ばされかけて以降、すぐに終了したけど。
倉庫の中へ、一緒に夏休みの工作の宿題を保管してたときもあったなぁ。ペットボトルを使った物、っていう題材だった。僕は怪獣の貯金箱にした。知彩ちゃんは花瓶だったかな。
たたいてみよ。べーんべーん。なにやってんだ僕。縁側戻ろ。
この縁側でも、スイカ食べながら将棋っていう、我が国伝統風景を演出したこともあった。バックギャモンやオセロのときもあった。
……そんな思い出のある庭で。昨日……あのまあその。一緒に花火してるときに、さ。
右利きな僕なのに、わざわざ花火を左手に持ち替えて、その空いた右手をですね? こう、すぐ近くにありました、知彩ちゃんの左手を~…………握っちゃったわけですよ!!
直後に知彩ちゃんは『どうしたの?』って聞いてきたけど、なんていうか、どう答えていいかわからなくて。そのまま握って、次の花火を
キャンドルタイプの点火装置を使っていたから、次々連打できたのさっ。もちろん花火だって、開始時にセロハンテープとかを、台紙から取り外しておく。
でも数秒無言空間が続いた後に、知彩ちゃんも……改めて、ほんのちょっと力を入れて、手を握り直してくれた。あの優しい手の感じが、今でも忘れられない。
幼稚園のときはどうだったか、よく覚えてないけど……あんなに長く、知彩ちゃんと手を握ったのは、間違いなく初めてで……同時に、やっぱり僕は、知彩ちゃんのことが、す、好きぃなんだなぁと思った瞬間なのでした。まるっ!
その瞬間の感覚があるから眠れない、っていうのももちろんあるけど、その手を握ったまま、こんなやり取りがあった。
「ねぇ立雪」
「な、なに?」
「夏休みになったら、海に行きましょう」
「う、海? なんで?」
「……行きたいからよ」
「わ、わかった。知彩ちゃんは、泳げるの?」
「スイミングスクールに通っていたのを、忘れたの?」
「すいません」
「ふふっ。でもね、泳ぐことが目的じゃないのよ」
「え? 海の幸グルメ食べたいとか?」
「くすっ。それも悪くないけれど……」
「……れど?」
「立雪に、言いたいことが……あるの」
「ぼ、僕に言いたいこと? 今ここじゃ言えないこと?」
「もうっ。こういうのは、その……ちゃ、ちゃんと言いたいのよっ」
「ちゃ、ちゃんと……」
「必ず、行きましょうね。約束よ」
「ああ、うん、ぜひ」
……視聴者のみなさん! 眠れますか!? こんなこと言われた晩、本当に眠れますかぁ?!
スイカジュース飲も。飲みきった。この右手、コップの感触にいつまで経っても上書きされない……。
(あーもうやっぱ寝よう! 眠れなさそうだけど寝よう寝よう!)
僕はサンダルを脱ぎ、家の中へ入ることにした。
夜が明けて、月曜日
(案の定、眠い……)
もうすぐ夏休みっていう暑い季節ということもあり、半そでタイプのカッターシャツ装備者がほとんどの、現在のこの教室。
男子は学生服と同じズボン装備。女子もやっぱりスカート装備。でも女子はカッターシャツに青いリボンも装備されている。
そもそも寝付けなかったっていうのもあるけど、それに加えて深夜の庭で散歩なんてしたから、余計に眠いんだろうなぁ……。
(あ、知彩ちゃんだ)
知彩ちゃんも登校してきたみたいで、周りのクラスメイトたちとおはよーし合ってる。
今の席は、知彩ちゃんとは遠いから、知彩ちゃんとのおはよーはあるのかないのか。たまに移動教室のときとか、後ろのロッカーに辞書を取りに行くときとかに、おはよーがあることはある。
(あの知彩ちゃんと、なぁ~……)
知彩ちゃんは、背筋がピシッとしている感じ。
キリッとしてシュッとしてシュピピッ……な、なんていうか、僕なんかよりとにかくしっかりしていて。
成績もいいみたいだし、スイミングスクール経験から、運動も強いだろうし。弱点なんてあるの……?
身長も、女子の中では少し高いのかな。めっちゃ高いわけでもないけど。
髪は肩より長くて、学校ではいつもふたつにくくって下ろされている。外で会うときは、あんまりくくられてないかな。
(これ眠いってー……)
教科書読むの当てられたらまずすぎるって……。
(ちょっと寝とこう)
今さら効果なさそうだけど、机に突っ伏して、少しでも体力回復を……
(……んぁ?)
なんか……頭つんつんされてる? 虫が入ってきたとか……?
とりあえず顔を上げて、右手で頭を確認。虫じゃなさそう。じゃなんだろう。左見て右見て、ん右? 立ってる? 女子?
「おはよう」
知彩ちゃあーん?!
「あ、ああおはよう。なに?」
さっきのつんつんは知彩ちゃんだったかー! 虫とか想像して超マジゴメンチョ。
便覧抱えてる。ああ一時間目国語だったね。僕も後で取りに行こう。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「へ? いや、全然、別に?」
「そう、ならいいけれど」
「ちょっと眠たいだけさー、ははっ」
あれからもあんまり寝た感じしないまま、戦隊物の目覚まし時計に起こされてしまった……。
「昨日、あまり眠れなかったの?」
「あ、あーうん、まあ、そんなとこ」
知彩ちゃんのこと考えて! なんて言えません。
と、そんな知彩ちゃん。なぜか辺りを警戒? あ、またこっち向いた。
「……私も。左手が気になって、あまり寝られなかったわ」
(うおーーー………………)
そこでなんかすんごいとびっきり笑顔を披露してる知彩ちゃあーん?!
「夏休みの
日にちとは、うん。あれだね。
「わ、わかったいでっ!」
えー! 知彩ちゃんからでこぴんくらったぁー! どこでそんな奥義習得したんだ知彩ちゃーん!
そのまま笑顔で、小さく右手を振ってから、前へ向き直り、自分の席に戻っていった。
(…………ちょっと待ってくれよぉー! 今度はおでこの感覚で眠れそうにないじゃんかぁー!)
また深夜に庭を散歩する日が、近々やってきそうですね。
短編82話 数ある眠れぬ夏のあつさ 帝王Tsuyamasama @TeiohAoyamacho
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