第11話 火を以て、火を制す
「おお、おお! 良い燃えっぷりだ!」
「ははは! ざまあみやがれ、魔女畜生共め!」
「燃えろ燃えろぉ!」
人間の男たちの、品の無い嗤い声を聞いて。はるか遠い記憶——大好きな彼が嗤いながら、こちらに助けを求めて手を伸ばしてくる妹を殺す姿が蘇った。
(グリアン王国の対異人法のせいで、また人間たちと異人類の関係性が昔のようになってしまった。少しでも……。ラトーナが。
メーラは魔女街の反対側が燃えている様をひとり静かに眺めたまま、そばにいるかつての盗掘者の人間たちに声を掛ける。
「予定通り。魔女たちは皆、
メーラは震える手を胸元で抑え、燃える魔女街へと歩き出そうとする。しかし、背後から人間の男によって強く肩を掴まれ、引き留められた。
「おーっと。ダメだろ、お前。魔女畜生のくせに自分勝手に動いちゃ」
「……え?」
「魔女は奴隷市で売りに出しゃあ、何年も食うに困らねぇ価値がある。そんな
「ど、れい……?」
メーラは青ざめた顔で、震える声を絞り出す。
「ああそうだ。そんで、記念すべき奴隷一匹目がお前」
途端にメーラは男たちに取り押さえられ、地面に縫い付けられる。メーラはされるがまま、人間の男たちの下卑た嗤い顔を焦点の定まらない眼で見上げることしかできなかった。
(ああ。そうだった……私が誰かを裏切る歴史が繰り返されるのなら。私が、人間に裏切られる歴史も、繰り返される。また、
メーラは冷たい涙をひたすらに流し、絶望した。歯を食いしばって、噛み切った口内から溢れた血が口の端から滴り零れる。
「本当に私は……馬鹿な、女。人は歴史を繰り返すと語っておきながら……こんなことにも、気が付けない! 愚かで、醜い! ただの女!」
メーラはひたすら、吠えるように
「おお、やべぇ。いよいよこいつ、頭が完全にイカれやがった」
「おい、うるせぇぞ! 魔女畜生が喋ってんじゃねぇ!」
男たちがメーラの顔を何度も踏み付け、メーラが毎日丁寧に磨いていた羊の巻き角はボロボロに折られる。メーラは止むことのない苦痛と、衝撃に流されて。遠くなっていく朧げな意識の中、小さく懺悔した。
(ごめんなさい、ごめんなさい。ボアンさま、皆……ラトーナ。地獄を味わうのは私だけがいい。どうか、皆は……皆だけは、逃げて。ああ、誰か。皆を、街をこの地獄から)
蹴り上げられたメーラの顔は、もう原形を留めていないほどに腫れあがっている。折れて歯も無くなってしまった、口だったはずの肉の隙間から、蟲が鳴くような。小さい、小さい泣き声が滲み出た。
「まも、って」
誰も拾うこと等できないほど、か細い声。
「守るよ」
しかし、その声は——しっかりと、届いていた。メーラの声は、かの守り人の内に宿る
「歴史も、街も、魔女たちも、きみも——ヒトビトを傷つける火は、ぼくの火を以て制す」
メーラを蹴っていた男たちの脚は、突如現れたアルカイヤの鳥の脚に弾かれて、止められた。そして、男たちが声を上げる間もなく。弓矢よりも
叫びをあげることすらままならず、痛みに悶絶して気絶した男たちの山の上に片足を乗せて。アルカイヤは、放心したような顔でこちらを見上げてくる他十数人の男たちを、肉塊の山の頂から猛禽の如き眼差しで睨みつけた。
「去れ、
まるで魔獣が地獄の底から上げる唸りの如き、恐ろしく低い声だった。その声に鼓膜を打たれた途端。男たちは腰を抜かし、けたたましい悲鳴を上げながら、地を這いつくばって逃げ去っていった。
アルカイヤは足元にある気絶した男たちの山を鳥の脚で掴み上げると、蟲のように逃げてゆく男たちの背中に次々と全て投げつけ、一人残らず追い払う。
「アルカイヤ先生! 表の街の火は何とか鎮火しましたよ」
不意に、街の方向からガヴィが駆け寄ってくる。それを一瞥しながら、アルカイヤは倒れているメーラのそばで片膝を着いた。
「ごくろう。ボアンや他の魔女たちは?」
「幸い、皆無事です。……それと、ラトーナも呼びました。ラトーナが来るまで、とりあえず俺たちでメーラに応急処置を」
「うん」
アルカイヤとガヴィは手分けして傷ついたメーラの身体に手当を施してゆく。その最中、腫れあがった両眼から細く涙を流しながら。メーラが枯れ切った声で尋ねてきた。
「どく……からだ、は」
メーラはアルカイヤの身体を案じているようだった。アルカイヤは応えることもなく、黙々と手当てをする手を動かすだけであったので、代わりにガヴィが応える。
「先生の
それを聞いたメーラはどこか安堵したように小さく息を漏らした。そして、少し間をおいて、再びアルカイヤへと問いかける。
「ど、うして……私、たすけ……」
「……魔女は皆、友人だ」
アルカイヤは静かな声で淡々と語った。
「友人が傷を隠して、傷つけられ、泣いている。そんなところを、放っておけるわけがない」
メーラは遂に嗚咽を漏らして、身体を震わせる。そしてとめどなく、様々な激情が入り混じった懺悔の言葉を繰り返し、ひたすらに哭いていた。
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