第8話 黒魔の毒
アルカイヤは指で摘んでいる、水に濡れて黒く煌めく〝
「
アルカイヤは鋭い視線だけをボアンに向ける。ボアンはそれに応え、小さく頷いた。
「あ、ああ。
そこまで口にして。ボアンは、はっと息を吞み、青ざめる。
「今、泉の底から黒魔の鱗が発見されたことを含め考えると。魔女の国も、現在のペイタルも。変わらず結界樹は、〝禊の湯〟によって黒魔の鱗の毒を微量ではあるが継続して摂取していた。加えてその毒は結界樹の花粉にまでも混じり、そこら中にばら撒かれていた——きみたち魔女が言う〝凶兆の呪い〟とやらは呪いじゃない。結界樹の花粉に含まれる黒魔の毒にやられ、小動物や鳥、虫たちは大量死したんだろう。そして、普段から
「はあ~、なるほど。だからやけに、ペイタルにいたら体調が優れないわけだ」
アルカイヤはふと、手に持つ黒魔の鱗から視線を移し、怪訝そうな様子でガヴィを横目で見やる。
「なんで身体の弱い人間であるはずのきみのほうが、ぼくより症状が軽いのかはわからないけど」
「ああ~! ……実は俺、昔から師匠に無理やり毒慣れさせられてて。それで俺のが症状軽いのかも」
「そう……そういうことか」
ガヴィの言葉に、アルカイヤは呆れたように小さくため息を吐く。そして再び、手に摘んだ黒魔の鱗を眼を細めて見つめた。
「そして、この黒魔の鱗の毒の性質。これが非常に特殊だ。黒魔の毒は人体や動植物にも害があるが、金属類といった無機物や魔法にまで害を及ぼす。この毒は鉄を溶かし、封印魔法を徐々に弱らせ、結界魔法をも砕くことがある。魔女街と魔女の国跡、どちらとも結界樹付近の地層を発掘調査したんだが、所々土色が変色し、溶けている部分を発見した。あれらも、黒魔の毒の害に相違ない」
どうやらペイタルに帰り着いてすぐ、アルカイヤはペイタルの結界樹も調査したらしい。
アルカイヤの見解を聞いたボアンは、信じられないという顔で首を横に振り、ふらりと身体をよろつかせた。それをガヴィが「おっと」と声を漏らして、後ろから支えてやる。
「な、なんじゃと!? では、魔女の国が滅びたのは……」
「うん。黒魔の毒による結界魔法の脆弱化。これによって、魔女が誇る鉄壁の結界は人間でも容易く破ることができた。そして、黒魔の鱗が魔女たちにしか知られていない、この聖泉に沈められていたことから予測できるのは……結界魔法を脆弱化させ、人間にも破ることができるよう内部から仕向けた。つまり内通者がいるってこと」
そこで不意に、遠くから甲高い叫び声が温い風に運ばれてきた。喧騒の音は徐々に増してゆき、三人はそれらが魔女街ペイタルが位置する方向から聞こえることをすぐさま察する。
「ボアンさま!」
そして、森の藪の中から突如としてメーラが息を切らして現れた。ボアンは慌ててメーラへと駆け寄る。
「メーラ! なぜここに!?」
「屋敷の子から、こちらにいらっしゃると伺って……! どうか街にお戻りください、ボアンさま! 先日、アルカイヤさんが追い払ってくださった盗掘者の人間たちが報復に来たのです! 街にも火の手が……!」
「なんじゃと!?」
それを聞いたアルカイヤは、険しい顔ですぐさまボアンに声を掛ける。
「ボアンは今すぐペイタルの守りに行って。まだ黒魔の毒で身体が思うように動かないが、ぼくもすぐ盗掘者の討伐に向かう」
「ああ、すまぬ! あいわかった!」
ボアンは素早く頷いて見せると、老体とは思えぬ颯爽な動きで魔女の聖泉を後にした。続けてアルカイヤはガヴィに視線を向ける。
「きみもボアンと行って。今のぼくよりマシな動きはできそうなんでしょ」
「そうかもしれませんね。……アルカイヤ先生は?」
「ぼくにはまだやることがある。早く、行って」
「……はーい。わかりましたよ」
ガヴィは終始何か言いたげな様子であったが、一つ間を置いて小さく頷く。そのまま、苦笑しながらガヴィも魔女の聖泉を後にした。
そして聖泉にはアルカイヤとメーラの二人だけが残る。メーラはガヴィたちの後を追いかけようとして立ち止まり、未だに動く気配すらないアルカイヤを振り返った。
「アルカイヤさんも、どうか力をお貸しください! 私たちだけでは、乱暴な人間の男たちを追い払えるか……」
「きみなんでしょう」
「え?」
アルカイヤの淡々とした短い声に、メーラは戸惑いの声を漏らす。しかしアルカイヤは、確信めいた強い視線をメーラに向けたままであった。
「百年前、人間の敵国と結託し、魔女の国の大結界魔法を脆弱化させた内通者。そして、現在の魔女街ペイタルの結界樹をも脆弱化させ、あの盗掘者たちに魔女街への報復をあおったのも」
アルカイヤは眼を細めて、メーラを真っ直ぐに見つめる。
「メーラ・マルス・ドメスティカ。全て、きみのしわざ」
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