第6話 亡国、魔女の国
明朝、
百年前に滅んだ亡国跡だというのだから、荒廃した大地をなんとなく連想していたガヴィの想像は、大きく裏切られる。
高原一帯には、かつてそこで生きた魔女たちが慈しみ、大切に育て上げた魔法の花畑が未だ
ラトーナとメーラはともに地面へと膝を着いて、両手を組んで魔女の国跡に祈りを捧げている。先に祈りを捧げ終えたラトーナが立ち上がると、微かに眼を伏せて風を感じていたアルカイヤへと声を掛けた。
「それじゃ、まずは王城があった場所から案内しようか」
「うん。頼んだ」
魔女の国のかつての王城は、高原地帯のちょうど中央部。その小高い丘の上にあった。
アルカイヤは建造物の柱の跡等を念入りに調べながら、持参してきた木板に見取り図をいくつも記す。そしてその作業を手早く終えると、丘の上から高原地帯または魔女の国跡一帯の全貌をしばらく眺め、メーラに遠くを指さしながら一つ尋ねた。
「城壁跡と共に。魔女の国全体を円状で囲むように、巨大な切株が並んで見えるんだけど。あれは、ペイタルにもある〝
「ええ、そうよ。よく見えたわね、アルカイヤさん」
「本物の鳥には劣るけど、眼はよく利くんだ。——それで、その
矢継ぎ早のアルカイヤの質問には、ラトーナが答える。
「結界樹は大結界魔法の展開に使われる、
魔女の国跡を指さしながらわかりやすく説明していたラトーナは、不意に指していた腕を下げ、語尾を萎ませながら微かに俯く。そして、ぼそりと悲しげに小さく呟いた。
「そう。あの魔王さまがお造りになった頑丈な大結界魔法が突然いともたやすく、薄氷みたいに破られるなんて。今考えてみても、どうしても信じられない……」
すぐ隣にいたメーラは、美しい花畑だけとなった魔女の国跡をじっと見つめながら、微かに震える身体を両腕で強く抱きしめ、掠れた声を漏らす。
「そうね。……私もここの花畑だけはどうしても、綺麗だと今でも思えないの。次々と、
「メーラ……ごめん、思い出させちゃった? 大丈夫よ。あたしたち、これからもずっと一緒なんだから。泣かないで」
ほろほろと、とめどなく涙を溢れさせるメーラの肩を抱いて、ラトーナが慈しむように寄り添う。メーラは涙をぬぐって、すぐにラトーナに柔く微笑みかけると、申し訳なさそうに眉を下げてアルカイヤを振り返った。
「ごめんなさい、アルカイヤさん。みっともないところ見せちゃって……さ、他にも見たいところがありましたら何でも言ってくださいな。私とラトーナで、どこへでもご案内しますわ」
未だに涙の痕が残るメーラに、アルカイヤは小さく首を横に振って見せると淡々と応える。
「いや、だいじょうぶ。ここまでくれば、もう全部わかる。ありがとう、あとは任せて」
「え? あ、ちょっと!? アルカイヤ!」
ラトーナの制止も耳に入れず。アルカイヤは静かにそう言い残すと、たった一人で丘を下りて探索へと向かってしまった。ガヴィは小さくなってゆくアルカイヤの細い背中を見送りながら、ふっと小さく笑みを溢す。
(ラトーナとメーラは〝魔女の国〟の生き残り。顔色もあまり良くないようだし……気を遣ったか。不器用な人だ)
ガヴィは戸惑っているラトーナとメーラを振り向くと、肩を竦めながらおどけたように笑って見せた。
「昨日から墓を直したり、歩きっぱなしで疲れてるだろ? 二人は少し休んでな。アルカイヤ先生は俺が見てる」
◇ ◇ ◇
相変わらずの早足で魔女の国跡の中を進むアルカイヤに追いついたガヴィは、その二歩後ろをついてゆきながら声を掛ける。
「次はどこを調査するんで? 先生」
「結界樹。大結界魔法を造る方法は魔女の国の代から変わってないようだから、ペイタルとの共通点の一つだ。念入りに調査する必要がある」
既にほとんどが崩れて残骸だけと成ってしまった城壁のそばには、巨大な切株がいくつも並び立っていた。かつて結界樹であったそれらのもとへ辿り着いたアルカイヤは、眉根を顰め、ガヴィは訝しげな表情で切株を見下ろす。
なんと、見渡す限り全ての結界樹の切株が、真っ黒に焼き焦がされていたのだった。
「ここから見える切株は、全部焼かれてるようですね」
ガヴィは結界樹だけが焼かれていることに何となく怪しさを感じて首をひねるも、アルカイヤは焼け焦げた切株を構わず調査し始める。ガヴィはアルカイヤのそばで一緒に跪くと、隣からアルカイヤの調査の様子を興味深そうに覗き込んだ。
「考古学の先生ってのは、死んで焼かれた植物の研究までできるんです?」
「結界樹は魔女文明が生み出した立派な〝城壁〟。考古学的に言うと、不動産の先人たちの痕跡〝
「年輪は……微かに見れるな」等と呟きながらしばらく切株の表面を調べていたアルカイヤは、遠くからラトーナとメーラがこちらに向かってくる姿を一瞥して確認すると、ガヴィに短く指示を出す。
「きみ。ラトーナとメーラたちと一緒に、他全ての結界樹の切株の現状態を確認してきて」
「ええ? そんな。結構大変なこと言いますね、先生。この切株、かーなりたくさんありますよ。ここから見える限りのヤツは全部真っ黒ですし……他の所のモノも、全て焼け焦げているのでは?」
「推測だけで判断するのは駄目だ。ぼくは人の眼で確かに見た事実しか調査材料にしない。文句があるなら君だけ帰って。ボアンには役立たずの荷物だったと念入りに伝えておく」
「わかりました! 行きます。喜んで行ってきますよ」
慌ててラトーナとメーラのもとへと向かっていったガヴィを横目に、アルカイヤは目の前にある大きな切株が根付いている地面を手で擦った。
「地表に出ている何かは消せても。大地に刻まれた痕跡は、何万年経とうと消えはしない。——発掘調査で、何が見えてくるか」
アルカイヤは弓矢と共に背負っていた愛用の
◇ ◇ ◇
結界樹周辺の地面は、アルカイヤによって正方形の形に掘り出されていた。アルカイヤは切株の根の周辺にある土だけは残し、その土を慎重に切り取って小さな布の上に乗せると、いくつか採取していた他の場所の土と比較する。
(根の周辺の土だけ、やはり色が違う。濃い黒色に……質感も違うな。まるで、この土だけ……何か異物が混じって、溶けて。固まっているような)
不意に、近くで男の控えめなくしゃみ声が聞こえる。アルカイヤが顔を上げると、すぐそこにはガヴィがいた。ガヴィは指でトントン、と軽く額を叩きながら、ゆるりとこちらに向かって歩いてくる。
こちらを見ているアルカイヤに気が付いたガヴィは、いつもの軽薄な笑みを浮かべて、小走りで駆けよってきた。
「あ、聞かれちゃいました? いや、ここら辺って花粉がすごい木が多いでしょう? おかげさまでペイタルに来てから、くしゃみが倍は増えましたね」
それを聞いたアルカイヤは何やらはっと微かに息を吞んで、考え込むような仕草をする。そんなアルカイヤに首を傾げながらも、ガヴィはアルカイヤに結界樹の切株についての報告を行った。
「先生の指示通り。結界樹の切株、ラトーナたちと全部見てきましたよ。案の定、全ての切株が焼け焦げてました」
「そう。やっぱり」
アルカイヤはガヴィの報告を、既に予見していたように短く頷く。ガヴィは片手で顎を撫でながら、目の前にもある焼け焦げた結界樹の切株を訝しげに見つめた。
「にしても、何で結界樹だけがこうも丹念に焼かれてるんでしょうね。百年前、魔女の国を攻めてきた人間たちに焼かれたのか……」
「それはないね。結界樹が焼かれて、まだ日は浅い」
「え?」
アルカイヤの言葉に更に首を捻るガヴィ。しかし、アルカイヤはそれにも構わず、素早く掘削用具や採取したいくつかの土の試料を仕舞って再びガヴィに指示を出す。
「ペイタルに戻るから、メーラとラトーナも呼んできて。今回の調査はここまでだ。ボアンに聴きたいことも出来たし、個人的にペイタルの結界樹も調査した……い」
ふと、アルカイヤの右腕の義手がまるで糸が切れたかのようにがくりと垂れ、動かなくなる。突然のことに、己の右腕を見て珍しく目を丸くしているアルカイヤを目にしたガヴィは、思いがけず噴き出しながら、アルカイヤへと駆け寄った。
「盗掘者退治に、お墓の修復作業。考古学の調査を経て、とうとうガタがきましたね? ようやく俺の錬金術師としての仕事ができる」
ガヴィはそう言いながら、するりとアルカイヤの義手に触れる。アルカイヤは反射的に後退ったが、ガヴィは手早く義手を点検するとすぐに両手を上げてアルカイヤから離れた。
「はい。もう直りましたよ。動かしてみて」
「……」
ガヴィの言う通り、アルカイヤの義手は元通りに修復されていた。たちまち動くようになった右腕を黙って見つめるアルカイヤに、ガヴィはまた小さく笑って見せる。
「どうです? こんな助手でも、たまには役に立つでしょう?」
アルカイヤは微かに眉を顰めた無表情で顔を上げると、小さく息を吐いてガヴィに頷いた。
「何度も言うけど、きみを助手にした覚えはない。……でも助かった、ありがとう」
「いいえ。いつでも義手、見ますんで。何でも言ってください、先生。……それじゃ、俺。ラトーナとメーラを呼んできますね」
こうしてアルカイヤ一行は魔女の国跡での調査を終え、魔女街ペイタルへと戻るのであった。
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