第4話 旅立ち

 ガヴィはアルカイヤを追って、街長まちおさの館を駆け足で出る。すると、ちょうどすぐ先の庭園にて。魔女の国跡への案内役と思われる二人の魔女が、アルカイヤと話しているところ見つけた。


「あたしは薬師のラトーナ・マック・アンフィル。ボアンさまから、あんたの案内役を頼まれた。んで、こっちの娘が」

「メーラ・マルス・ドメスティカといいます。普段は、ペイタルの子どもたちに結界魔法を教える先生をしているわ。ラトーナと同じく、ボアンさまよりアルカイヤさんの案内役をお任せされました」


 暗い橙色の豊かな長髪にうねりを帯びた山羊の角を持つ妖艶な美女、ラトーナ。そして、赤茶色の髪に羊の巻き角を持ったおっとりとした美女が、今朝方までガヴィを養ってくれていたメーラ。どちらの美しき魔女も、ガヴィの顔なじみであった。

 ガヴィは見慣れた顔ぶれに思わず笑いを零しながら、片手を軽く掲げて自分も三人の輪の中へと入ってゆく。


「そして、アルカイヤ先生の助手を務めさせていただきますのが、このガヴィでございます」

「うわ、なによ……やっぱりボアンさまが言ってた錬金術師ってあんたのこと? ガヴィ」

「まあ。朝からボアンさまがガヴィを探し回ってたのは、そういうことだったのね」

「ああ。ラトーナ、メーラ。また世話になるな」


 突如三人の間に割って入ってきたガヴィに、ラトーナは如何にも嫌そうな声を上げ、メーラは口に片手を当てて驚いたように目を丸くした。一方、アルカイヤは微かに眉根を寄せながら、ガヴィを睨み上げる。


「……きみ。助手は要らないって、言ったはずだけど」

「人手がいるんでしょう? なら、俺を便利な男手だと思って」

「いらない。案内役の二人でじゅうぶん」


 アルカイヤはどうにも頑なな人物らしい。ガヴィはそれを一つ心得ながらもなお、端正な微笑みを崩さず食い下がった。


「あなたが俺を要らなくても、俺はついていきますよ。もう俺は、アルカイヤ先生の助手に成ったんですから」

「はあ……話というものが通じないのか? きみには」


 アルカイヤは小さく息を吐きながら、呆れたように首を振った。そして、くるりとガヴィに小さな背を向けると、ラトーナとメーラを伴って館の門へと歩き出す。ガヴィは不機嫌そうな空気を纏うアルカイヤにも構わず、直ぐにその隣へと追いつき、並んで歩いた。


「遠慮せず。気軽に助手のことは使ってくださいね? アルカイヤ先生」

「……勝手にしろ」


 こうしてアルカイヤ一行は、魔女の国跡を目指し、魔女街ペイタルを後にするのであった。


 ◇ ◇ ◇


 魔女街ペイタルの周辺は、深い森によって一帯が囲まれている。森の北部中央から西にかけては雄峰ケルヌ山脈が続いており、北東部には高原地帯が広がっていた。アルカイヤ一行が目指すのは、その北東部の高原地帯に位置する魔女の国跡。

 ペイタルを出てしばらく、森の中を北東に進んでいたアルカイヤ一行であったが、ふとガヴィが、足取りが些か重そうなラトーナの様子に気が付く。気の強いラトーナのことだ。皆に心配させまいと、何か無理をしているのだろうと即座に思い至ったガヴィは、すぐさまアルカイヤに提案を申し出る。


「先生、ここらで少し休憩を入れませんか? 俺、疲れちゃって」

「……」


 アルカイヤはガヴィを振り返ると、その近くにいるラトーナの息が上がっているのを見て、小さく頷く。ガヴィはメーラにも休憩をとる旨を伝えると、一行は各々、近くにある小岩等に腰を掛けて身体を休めた。


「ラトーナ」

「うん? 何、アルカイヤ」

「ずっと、庇いながら歩いてるよね、その腕。見せて」


 少し経って、アルカイヤはラトーナに声を掛けながら、ラトーナが座っている小岩の前で跪く。そして、素早くラトーナの右腕を取ると、上着の裾を捲り上げて、その素肌を晒した。すると、手首から肘にかけて、ラトーナの腕に未だ手当てがされていない、まだ新しい火傷痕が露わになる。それを目にしたメーラは口を押えて立ち上がり、怒ったような表情でラトーナへと駆け寄った。


「まあ! ラトーナ、あなたまた薬の調合で怪我したのを放っておいたのね!?」

「う……時間がなかったから、つい……」

「もう、本当にしょうがないんだから……ごめんなさい。アルカイヤさん、ガヴィ。私、この娘の傷に効く薬草をちょっと調達してきてもいいかしら? 赤ちゃんの頃からラトーナとは一緒だから、私も薬学の知識はそれなりにあるの」


 アルカイヤとガヴィは快く頷いて、メーラを見送る。そして二人は、申し訳なさそうなラトーナの指示に従って、薬の調合や手当ての準備を手分けして行った。

 ガヴィはラトーナの持ち歩いている鞄から包帯を取り出しながら、どこか揶揄うようにラトーナへと話しかける。


「それにしても、本当ラトーナは強がりばかりだな? 俺みたいに少しは周りに頼らないと。身体、たなくなるだろ?」

「あんたは頼りすぎっていうか、甘えすぎでしょ!? で、でも……悪かったわよ。せっかくボアンさまから直々に貰った、メーラとの仕事だったから……嬉しくて。傷のことも、さっきまですっかり忘れてたの。……うん?」


 不意に、地面に座り直していたラトーナが訝しげな声を上げる。ガヴィは不思議そうな顔で地面を凝視しているラトーナが気になって、一緒に地面を覗き込んだ。


「どうした? ラトーナ」

「ここ、見て。……男の、たぶん人間の足跡じゃない? これ。しかも、十数人分くらい、たくさんある」

「これは……」


 そこにはラトーナの言う通り、十数人分ほどの男の足跡が見られた。足跡たちは皆、ここから東の方へと向かって進んでいる。ガヴィは眉根を寄せて、足跡が続く方向をじっと見つめた。


「自分で言うのもなんだが。この辺りで魔女以外の者がこんなにうろついているのは、珍しいな」

「見せて」


 ガヴィの呟きを耳聡く拾ったアルカイヤは、ガヴィを押しのけて地面に刻まれた幾つもの足跡を注意深く観察する。


「この足跡、まだ新しい。……ラトーナ。この近くに何かある? 村とか、建造物」


 アルカイヤはどこか慎重な面持ちでラトーナを振り返る。ラトーナは少し戸惑いながらも、小さく頷いて足跡たちが向かっている方向と同じ方向を指さした。


「え、ええ。ちょうどこの先に森が開けた場所が一ヵ所だけあって……そこには、魔女の歴代王の古いお墓があるはずよ」

「! 墳墓群ふんぼぐん


 それを聞くなり、アルカイヤは思いがけずといったように声を漏らすと、そばに立てかけていた弓と矢筒を素早く背負って、数多の足跡が向かった先へと駆け出す。


「は、ちょ、アルカイヤ先生!? ……ああ、もう!」


 ガヴィの声も届かず、アルカイヤの背中はどんどん遥か先に遠ざかってゆく。ガヴィはアルカイヤの制止を直ぐに諦めると、早口でラトーナに声を掛けながら立ち上がった。


「ラトーナはここでメーラの帰りを待って手当てを受けろ。俺たちは少ししたら戻る!」

「わっ、わかった! くれぐれも二人とも、気をつけなさいよ!?」


 ガヴィはラトーナの声に片手だけを上げて応える。こうしてガヴィは、慌ててアルカイヤのあとを追って森の中を走り出した。

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