第3話 凶兆の呪い
ガヴィとアルカイヤは街長の執務室へと通され、それぞれ向かい合った形で長椅子に腰かけていた。そして執務机へと着いているボアンが静まり返った部屋の中、一つ咳ばらいをして、改まったようにアルカイヤの詳細な紹介を始める。
「ガヴィ。おぬしは礼儀知らずじゃから、詳しく伝えておくがな。アルカイヤは滅亡した
「わかってる。つまりは、彼女は心から尊敬すべき、大変特別ですごい学者さんってわけだ。ね? アルカイヤ先生」
ガヴィが端正な顔を綻ばせてアルカイヤに微笑んで見せるが、アルカイヤの固く口を引き結んだ冷たい無表情が変わる気配は微塵もない。
アルカイヤは、優雅に組んだ鳥の脚を微かに揺らして、小さく首を横に振って見せる。
「ぼくのことはどうでもいい。それよりボアン、依頼内容の詳細を説明して」
「そうじゃな……では、本題に入ろう。おぬしたちへの依頼とは、今から百年ほど前に滅びたかつての大国。〝魔女の国〟の滅亡の原因を突き止めてもらいたい、というものじゃ」
「魔女の国?
「……あ、ああ。そうか、ガヴィは知らなかったか……まあ、無理もないのう」
微かに首を傾げたガヴィに、ボアンは少しばかり身体を硬直させ、言葉も詰まらせる。それを見かねたように、アルカイヤが淡々と静かに語り始めた。
「魔女の国。それは、百年ほど前に人間の強国によって滅ぼされた大国。その最後の王は、魔女の民たちから親しみを込めて〝魔王〟と呼ばれていたことから、人間の歴史では〝魔王の国〟とも記されている。そして、突如魔女の国は当時大陸一堅牢な城壁とされた大結界魔法を破られると共に人間の強国に急襲され、多くの魔女が虐殺される事態が発生した。それを憂いた魔王は、自身の身柄と引き換えに生き残った民衆を見逃して欲しいという約束を強国に取り付けさせるが——人間たちは、それを容易に裏切る。王を失くした魔女たちは皆、人間の奴隷として囚われ、売り飛ばされた。そして奴隷から逃げ延び、生き残った数少ない魔女たちで造られたのが、この魔女街ペイタルだ」
アルカイヤの解説にガヴィは目を丸くしながらも、先程アルカイヤと巡り逢った
(魔女たちに、そんな歴史があったとは)
ふと、やけに静かになったボアンの方を盗み見ると、ボアンの顔色は今まで見たことも無いほどに青ざめている。恐らく、〝魔女の国〟の歴史とは、生き残った魔女たちにとっては思い出したくもない負の記憶なのであろうことが、ガヴィにも痛いほど察することができた。
「それで。亡国の滅びの原因を突き止めたい、その了見とは?」
アルカイヤは取り乱していたボアンの様子が少し落ちつくのを待って、短く尋ねる。ボアンは執務机から立ち上がると、背後の窓より魔女街を見下ろしながらゆっくりとその問いに答えた。
「数年前、この魔女街ペイタルが属する王国グリアンの国王が、〝対異人法〟という異人類への差別的政策を作ったのは知っておるな?」
グリアン王国は、この大陸の北部に位置する超大国で、魔女街ペイタルが属する国でもある。グリアン王家は人間ではあるが、大陸中で人間たちに排他的に扱われる異人類と、友好的な関係を代々永く保ってきた数少ない人間一族でもあった。しかし、数年前より王に即位したグリアン現国王は、極度の異人類嫌いで有名な人物である。
ボアンの話に頷きながら「ああ。あの箱入り国王の愚策」と容赦なく毒を零すアルカイヤに、思いがけずガヴィは小さく笑いを漏らす。
「流石に、異人類であるワシら魔女も、人間たちの暴動や奴隷商人たちによる人攫い等に備えておかなくてはならんと思ってな。魔女街全体を守護する大結界魔法を造ることを決めたのじゃ。そして、既にもう大結界魔法は出来上がりつつあるんじゃが……」
「魔女と言えば。
顎に生えた無精髭を片手で撫でながら、次はガヴィが尋ねる。ボアンは一つ間をおいて、険しさの滲んだ顔で二人を振り返った。
「大結界魔法を造り始めてから。この魔女街の中、または周辺に棲み着く小動物や鳥、蟲たちが突然大量死しておる。そしてこれは……かつて〝魔女の国〟が滅ぶ前にも起こった現象と、全く一致しているのじゃ。魔女の国を知る魔女たちはこの現象を〝凶兆の呪い〟じゃと騒いでおる。実際ワシも、妙な胸騒ぎがしてな……そこで、おぬしらに魔女の国滅亡の詳細な原因を調べてほしいと考え至ったわけじゃ」
〝凶兆の呪い〟。それらの奇怪な現象がまさに〝呪い〟そのものである可能性が高いのであれば、考古学者であるアルカイヤが原因を突き止められるのだろうか。しかし、呪いの類に詳しいはずの魔女たちでも原因がわからないのであれば、更に謎は深まるばかり。そこで、まずは過去にある同じ歴史から何かしら情報を得るため、〝亡国の研究〟に手練れたアルカイヤが召喚されたのかと、ガヴィは内心で密かに納得する。
アルカイヤはボアンからの依頼詳細を聞き終えると、一つ瞬きをして短く頷いた。
「依頼内容は深く承知した。この件はぼくが引き受ける。だけど、そこの助手とやらは要らない」
「おや」
唐突に向けられたアルカイヤの鋭い視線を、ガヴィはどこか面白そうに受け止めて声を漏らす。ボアンは些か困ったように眉を下げながら、アルカイヤの説得を試みた。
「魔女の国跡への案内は勿論つけるが、それだけでは調査の人手が足りぬじゃろう? それにそこのガヴィは、ろくでなしの人でなしな軽薄男ではあるが、これでも錬金術師じゃ。アルカイヤ、ガヴィであればおぬしの腕と成ると思うぞ」
「……魔女たちを誑かす軽薄男は、嫌い」
アルカイヤは頑なにそう首を振って、もう用は済んだと言わんばかりにさっさとボアンの執務室から出て行ってしまった。ガヴィは苦笑を滲ませながらその場に立ち上がると、ボアンに目を向ける。
「やっぱ、あのお嬢さんに俺は必要ないのでは? 俺もそんな役に立てると思わんし。何より、あの子に嫌われちゃったし? 帰っていいか?」
「それはおぬしの日頃の行いのせいじゃ! まったく……じゃが、この機を逃していいのか?」
「ん?」
そのまま執務室を後にしようとしたガヴィを引き留めたのは、ボアンの何やら含みのある言葉。ガヴィは思わず立ち止まって、ボアンの言葉を促すように振り返る。
「アルカイヤはワシが知る学者の中でも、おぬしの欲している〝呪いの秘宝〟シリーズに最も知見が深く、秘宝の謎に近き者」
「!」
「おぬしがこのペイタルに来た本来の目的も〝呪いの秘宝〟を求めて、ということじゃっただろう。——よいのか? ここで逃せば、おぬしは怠惰の限りを貪るだけで秘宝の謎すら知れぬまま腐るぞ」
呪いの秘宝シリーズ。それは、この大陸に太古から伝わる幾つかの伝説の秘宝を総称したもの。ガヴィは幼い頃から、その呪いの秘宝シリーズの伝承を聴いて育ち、それらを求めて大陸各地を旅してきたのだった。そして、長く旅をしてきた現在に至るまで、呪いの秘宝シリーズについての新しい情報は何一つとして手に入れることができていない。だから、この魔女街ペイタルでガヴィは半ば自棄になって、自堕落な生活に留まっていたのだった。
ガヴィはボアンの言葉を頭の中で何度も反芻しながら、あの如何にも厄介そうな考古学者の少女のことを考える。そして、片手で首の後ろを何度も擦った後、大きく息を吐き出して、ボアンに後ろ手を振りながら執務室の扉に手を掛けた。
「アルカイヤ先生の助手。喜んで務めさせていただきまーす」
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