聞こえる。聞こえない。
ミウ天
音はない。何もない。だから、生まれるもの。
音はない。誰もが寝静まった深夜。
此処に音はない。
自分の存在だけが、音を立てている。それ以外に、音はない。
これがもし芸術家ならば、感嘆したその感情のままに作品を作ろうとするだろう。
しかしながら、特別にそのような感情は生まれてこなかった。
音のない世界に、僕は何も惹かれない。
仕事が無くなって、特に行き場も無く、頼れる友人も家族もいない。
特別不幸と思うこともないけれど、なんとなく人通りのない道を、知らぬ間に歩き続けていた。
音もなにもない暗闇に溶け込んでいく感覚は、どこかひどく自分に馴染んでいく。
もしかするならば、光に晒されるよりも闇に紛れ込むほうが、人は安心できるものなのかもしれない。
ゆったりとあてどなく、薄暗がりを歩み続ける。
辺りを見渡すと、どうにも一軒家の家が多い。住宅街のようだ。公共施設がない場所だから、周りが眠りについて明かりが無くなればほとんど見えなくなるようだ。
上を見上げてみても月は出ていない。星の光を頼りにすることもできないようだ。
すっかり道に迷ってしまった状況ではあるが、そもそも明日の予定すら何もない自分が気にすることではなかった。
そうして深夜の道を歩き続けると、広く開けている場所に出てきた。街灯も複数あって、ようやくまともに視界が役に立ってくれそうだ。
そこはどうやら公園のようだ。それもかなりの広さのある場所だ。
しばらく呆然と立ちすくんでいると、しばらく歩きっぱなしで疲れていることにようやく気付いた。
中に行けばベンチくらいはあるだろう。そう思い立ち寄ることにした。
中央の広場まで立ち入ると、端の位置にいくつかの色とりどりのベンチが据えられている。僕は青のベンチに腰を下ろすことにした。
ふと、風が吹き始めた。
辺りにある針葉樹たちが、木の葉を揺らし始め、さわさわと音を立てる。
さらに強い風が吹くと、耳元で風鳴りがびゅうびゅうと響かせる。
どこか離れた距離で、カンッと甲高い金属音が聞こえた。空き缶が地面に落ちた音だろうか。
体勢を変えると、ベンチがぎしぎしと軋み出す。
足の位置を変えれば、ざりざりと地面を靴底が擦る音が聞こえた。
音はあった。
存在した。
身近な場所で、ただそこにいた。
風立てば 心さざめく 音たちし
静けさ奪う ひとの
なんとなく、俳句を詠みたくなった。
いや、これ季語入っているだろうか。
ひょっとすると、川柳かもしれない。
特になにかが起きたわけではない。
むしろ、何も起きない。
ただ、なにもかも失い、なにもない世の中になったと思っていた場所で、ただ音が鳴った。それも、普段から聞いているありふれた日常のものであろう。
それなのに、僕は何故か心が震えた。
ふと僕は目に
不幸を嘆いたわけでもなく、ただ、そうあることで僕の不可解な感情に整理がつく気がしたのだ。
しばしの間。僕は涙を楽器にして、この演奏会に参加し続けた。
聞こえる。聞こえない。 ミウ天 @miuten
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