【掌編】深夜のデリバリー~777文字で綴る物語④~

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)

桜(あなた)が欲しかったのは…

 ハッと目が覚めると部屋は暗闇に覆われていた。

 俺は机の上に置いていたスマホを手に取り、時計で時間を確認する。


「うわっ! マジかよ……」


 時刻は深夜の2時過ぎ。

 うっかりウトウトと寝てしまってからたぶん7時間ほどが経っていた。


「疲れていたとはいえ、帰ってすぐ爆睡してたのか~ぁ」


 ソファで寝ていたから体のあちこちが痛い。

 そしてそれ以上にお腹が空いていた。


「明日は休日だし、本当はピザでも頼んで酒でも飲もうと思ってたんだがなぁ……。コンビニでも行くか」


 俺は立ち上がってポールハンガーから上着を剥ぎ取ると、財布と鍵にスマホだけを手にして外へと出たのだった。


「うぅ~。さすがにまだ、深夜は冷えるなぁ」


 三月の中旬も過ぎたから春になった気でいたが、久しぶりに深夜に外へと出るとまだ冬の気候なのだと痛感する。

 コンビニに着いても冷たいビールを買おうと思っていたのに躊躇った。


「いや……やめとこう」


 中華まんの蒸し器やホットスナックのショーケースには準備中の札がかけられており、俺は仕方なくお握りと温かいお茶を買って店をあとにしたのだった。


「せっかくだからちょっと遠回りして帰るか~」


 まっすぐ帰れば徒歩十分とかからない道のりだが、気分転換も兼ねて散歩がてら緑道公園を通って帰ることにした。


「寒さにも少し慣れたしな~。案外気持ち良いものだ」


 頬にあたる冷たい風が寝惚けていた俺の目をシャキッとさせる。

 深夜特有の静まり返った街の空気の中、そこへフワリと甘いような匂いが漂ってきて鼻をくすぐり――。


「ん? こっちか?」


 俺はズンズンと歩みを進めてそちらへ向かう。

 するとこんな街中に似つかわしくない程に大きな枝垂桜が開花しているのだった。


「おぉ!」


 満開までまだ遠いとはいえ、思わずその美しさに息を呑む。

 吸い込まれるように引き寄せられ、幹にもたれ掛かると包み込まれる様な感覚が。


『待っていた! を』

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