第37話 愛する人を守るため、愛する人を裏切って、他人と体を重ねる 6


 <フェイクト(カズト)視点>



 カズト(和徒)とアイナが抱き合っていた。


 夜中の中庭。アイナと約束した場所で。


 涙を流して喜ぶアイナ。彼女にとってはずっと待ち望んでいた再会。

 対するカズトも柔和にゅうわな笑みを浮かべて、泣きじゃくる子供をあやすかのようにアイナの頭を撫でている。


「や、やめろ……。アイナ……そいつじゃない」


 かすかに漏れる俺のうめき声は、2人には届かなかった。

 木の下で抱き合う2人とはまだかなりの距離がある。

 月明かりが照らす中、カズトとアイナはまるで2人だけの世界にいるかのよう。

 アイナが顔を上げ、上目遣うわめづかいにカズトを見つめる。

 カズトもアイナを見つめ返す。

 見つめ合う2人。だが、一瞬だけカズトがこちらを見た気がする。

 そしてニヤリと。その笑みはアイナに対してか、それとも―――。

 アイナがそっと目を閉じる。

 お互いの顔が少しずつ近づいていく。


「ま、待て―――」


 身体が自然と動いていた。


 だが、踏み出そうとした足に引っかかる。


「がっ、はっ……」


 地面に転がる。突然のことに受け身が取れなかった。

 頭だけは守れたが、不格好ぶかっこうな倒れ方をして全身が土まみれに。


「さすがに野暮やぼってもんだ」


 声の主は、呆れた様子で見下ろしてくるシラソバだった。

 どうやらシラソバに足を引っかけられたようだ。


 さらに別の足音が近づいて来る。


「同感ね。おやめなさいフェイクト」


 クラエアだ。こちらは呆れどころかいかりの形相ぎょうそう


「シラソバ……クラエア……」


「アイナ様の気持ちを考えろ。やっと会えたんだ。今だけは2人にさせてやれ」


「止めたい気持ちは分かります。でも、従者としての立場をわきまえなさい」


 仕方のないことではある。

 アイナの従者であるフェイクトに対して、彼女たちは態度を示している。

 フェイクトの中身がカズトであるなんて分かる訳が無い。

 だけど、身体を奪われる前は恋愛感情こそ無かったものの信頼関係は築けていた。

 そんな2人から呆れや怒りの感情をぶつけられ、立ちはだかってくるなんて……。



 シラソバとクラエアに見下ろされながら俺は地べたに這いつくばる。

 身体を起こそうとするが、倒れた時の衝撃からか全身に痛みが走り、すぐには立ち上がれなくなっていた。

 疑似神核すらないこの身が忌々いまいましい。



 カズトとアイナがこちらに近づいてきた。

 離れた所にいた俺たちに気が付いたのだろう。一連のやり取りの中で大きい物音を立てていたのかもしれない。


 アイナが倒れ伏す俺を見て、慌てて駆け寄ってくる。


「フェイクト⁉ どうしたの!」


 近寄ってくるアイナと入れ替わるように、シラソバとクラエアはカズトの方へと向かう。

 アイナに肩を貸してもらい身体を起こすと、目の前には両脇にシラソバとクラエアをはべらせたカズトが立っていた。


「誰かと思えば、フェイクトじゃないか」


「お、お前!」


やれているか? フェイクトのことは気にかけていたんだぞ」


「黙れ!」


 俺の態度が気にさわったのだろう、シラソバとクラエアが怒気を強める。

 客観的に見れば、一介の従者に過ぎないフェイクトが勇者であるカズトにむやみやたらに突っかかっている状況。


「フェイクト! 何のつもりだ! カズト様に失礼だろ!」

「同感です。見損ないましたよ」


 アイナも非難こそ口に出さなかったが、いぶかしげな眼を向けてくる。


「フェイクト一体どうしたの? 最近のあなたは少し変よ」


 愛する者と信頼していた者たちとの間にある隔絶された心の距離に、俺は気が狂いそうになる。

 落ち着け! ここで自棄ヤケになったら和徒の思うつぼだ!

 拳を握り締め、無言でカズトを睨む。


 カズトはそんな俺を心配そうに気遣う素振そぶりを見せながら言う。


「フェイクトとはいろいろと誤解があるようだ。みんな、彼と2人だけにしてくれないか」


 カズトの指示に驚くシラソバとクラエア。だがすぐにうなずくとアイナの手を取って立ち去ろうとする。

 アイナはそんな2人の手を振り払い、カズトに訴えかける。


「待ってカズト。あなたと話し合いたいの」


 しかし、カズトはその願いのをやんわりと拒絶する。


「それはまた今度にしよう。今はフェイクトと2人にしてくれ」


「フェイクトの後でいいから、お願い」


「そんなことより、アイナ。フェイクトから疑似神核が消滅しているな。ということは、従者契約を破棄したのか?」


 アイナがハッとする。カズトに言われてはじめて気づいたのだろう。


「えっ、そんな……ユーメィ、どうして……」


「ユーメィ? ……まあ、いい。とにかく、勇者としての責務を果たすんだ。いいね。じゃあ、シラソバとクラエアはアイナを屋敷まで送ってやってくれ」


「待って話を聞いて! やっ、やめて、2人とも離して!」

「アイナ様、これで納得してくれ。さあ行こう」

「ええ、カズト様は私たちに任せて下さい」

「そ、そんな……カズト……」


 シラソバとクラエアに連れられ、アイナは項垂うなだれながらこの場を離れていく。







 残るは俺とカズトのみ。

 周囲に人の気配が無いことを確認すると、カズトが本性を現す。


「おいおい、せっかく僕がフェイクトの身体をくれてやったのに、なんで契約を破棄されてるんだよ」


「なぜ、こんなことを……?」


「分かるだろ? お前が邪魔だったが、しゃくなことにお前も僕の一部だ。僕にはお前を消すことはできない。だから別の身体に追い出したんだよ。フェイクトを選んだのは、お前がアイナに執着しているからだ」


「ふざけるな、身体を返せ!」


 カズトがフンと鼻を鳴らすと、一瞬にして身体が消える。

 そして次の瞬間、首から激痛が走り、気が付けばカズトに首を持ったまま持ち上げられていた。


「は、離せ、ぐっ、うぅ……」


「勘違いするなよ、この身体は僕の物だ」


「がっ……ぅ……ぅ……」


「ふっ、もろいな。誤って殺してしまいそうだ。いいか、よく聞け! 僕に反抗しようなんて考えるなよ。逆らえば―――アイナを殺す。もちろん殺す前に遊んでやる。この世界のアイナだって僕なら簡単に堕とせる。お前なら分かるだろ? それを忘れるな!」


 カズトに放り投げられ、地面に激突する。

 痛みに耐えきれず意識が薄れていく。

 意識を失う直前、カズトは笑いながら去っていった。




 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 気が付くと、ベッドに寝かされていた。


 ここは、どこだ?

 どこかの屋敷の部屋の中だろうか。

 調度品の豪華さから、病室とかではないだろう。


「あら、起きたようね」


 顔を傾けると、ベッドサイドに―――ハルローゼがいた。


「カゲムネが連れてきたの。あなたを見張らせておいて正解だった」


「ここは……?」


「私の部屋よ。安心して、サルナーに怪我の手当てもさせたわ」


「そうか……ありがとう」


「いいのよ。御礼はちゃんとしてもらうから」


 そう言って、ハルローゼは蠱惑的こわくてきな笑みを浮かべた。











 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【後書き】


 読んで下さって、本当にありがとうございます。


 この作品のラストはもう決めてあるのですが、途中の過程で少し迷う部分がありまして、そこの判断が着かず更新ペースを落としてしまいました。

 申し訳ないです。


 具体的に言うと、このままハルローゼとする流れでいいのかなぁ~、と迷ってしまいまして……。


 そんな訳で更新ペースが遅くなるかもしれませんが、なんとか書き切りたいと思いますので、最後までお付き合いしてくださればと思います。


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勇者システム―転生後の運命を受け入れる者、翻弄される者、あらがう者― ふじか もりかず @kazumakozue

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