最終話

「俺はここから出たかった。この世界から出る扉をずっと探してきた。今、わかったよ。扉なんてどこにもなかったんだ」


                 カウボーイ・ビバップ「天国の扉」


 ************************************************


 ベイ・ブリッジへ集まっていたパトカーも去って、我々は穴だらけになったマスタングのそばに立っていた。


 私はポケットからチューインガムを出して口に入れた。


 まだ身体中が痛い。


「市警本部まで送りますよ。連中の悪事を洗いざらいぶちまけてやるといい」


「キミ達にはずい分世話になったな」


 ブリュエット氏は右手を差し出した。


 その手を軽く握り返し、


「前にも言いましたが、それが商売なんです」


「車が壊れちゃったわね」と、ジェシィは言った。「弁償しなくちゃ」


 そばで見ると、私の胸ぐらいまでしかない。


「保険があるさ」


 私は答えてから、ふと思いついて付け加えた。


「そうだ。代わりと言っちゃ何だが、キミのレコードが出たら一枚送って欲しい」


「そんなものでいいの?」


「そんなものが欲しいのさ」


「ありがと。喜んで送らせてもらうわ」


 私は二人をワゴンに乗せると、サムの隣へ乗り込んだ。


「さあ、行こうぜ」




 二週間ほど後、私はサムの店で飲んだ後ぶらっと街のレコード店へ寄ってみた。


 店員に訊いてみると、三日前に出たジェシィ・フロリアンのレコードは売り切れで、来週にならないと入荷しないとのことだった。


 店を出て事務所の前まで戻ってくると、どこからともなくジェシィの歌声が聞こえてきた。


 辺りを見回すと、反対側の路肩に停まったタクシーの中から聞こえてくるようだ。


 私は道路を横切って行き、タクシーの窓を叩いた。


 眠そうな顔をした運転手が、めんどくさそうにドアを開ける。


 私は後部座席へ乗り込んだ。


「どちらまで?」


「どこでもいい、しばらくその辺を走ってくれ。この歌を聞いていたいんだ」


 私は座席にもたれて目を閉じた。


 営業用のお愛想を求めるには遅すぎる時刻だ。


「オトロ・ロコ・マス(また、変なのが来た)」と、仏頂面の運転手がスペイン語で呟くのを聞いた。


 走り出した車から、サンフランシスコの夜にジェシィの歌声が流れ出した。



 レコードが送られてきたのは二日後だった。

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掃除屋稼業 令狐冲三 @houshyo

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