第13話

 もつれる足でバニヤーの背後へ迫った時、その前方にケーブルカーが停車した。


 吐き出される乗客達をかき分け、バニヤーは中へ乗り込もうとしている。


 焼けつきそうな肺をねじ伏せ、私は全力で走った。


 動き出したケーブルカーの乗降口の手すりにかろうじて手をかけると、両腕で身体を中へ引き入れようとした。


 いきなり、腹を蹴られた。


 思わず片手が離れてしまう。


 つま先がアスファルトに触れて跳ね上がった。


 バニヤーは私の頭を摑んで、二度三度と殴りつけた。


 ぶら下がったままの片腕が痺れてくる。


 相手がその腕を引き剥がそうと覆いかぶさってきた刹那、私は空いた方の拳でその股間を打った。


 バニヤーが悲鳴を上げて手を離した隙に、私は両手で手すりをつかみ、腕に力を込めて身体を引き上げた。


 勢い余って、車内へ転げ込む。


 下になって押し倒される格好になった分、相手の方がダメージが大きかったようだ。


 先に起き上がった私は、立ち上がろうとするバニヤーの腹に右拳を叩き込んだ。


 唸って前かがみになった背中へ両手を振り下ろすと、バニヤーは異様な呻き声を上げてその場へ倒れ伏した。


 ケーブルカーには十名ほどの乗客がいたが、皆後ろの方へ固まって息を殺していた。


 怯えきった表情でこちらを見ている。


 私は努めて明るい声で運転席へ声をかけた。


「失礼。このケーブルカーの行き先は?」


「べ……ベイブリッジのそばまでです。10分ほどで到着します」


 運転手の声は震えていた。


「ちょうどいい、乗せてってもらうよ」


 私は鑑札を掲げて乗客達へ言った。


「どうもお騒がせしました。私はサンフランシスコ市警のハリー・キャラハン警部。この件に関する苦情、問い合わせは、市警本部へよろしく」


 むろん、そんなジョークに何の効果もなかった。

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