第2話 いつか、白馬の王子様が……
私は地味で平凡な女性だと……
助けて、助けて、助けて――? 私は、何から助けてほしいかったでしょうか?
私はいつから、ここに居るのでしょうか?
もう日付さえわかりません。もう自分の名前もあやふやになってきました。
雪のように白い肌、そんなことをあの人は呟いていたようでした。でも、今は身体のあちらこちらが、青く変わり果てています。
私がいうことを聞かなかったから?
あの人は最初、微笑んでいました。でも、私がワガママをいうから、私があの人を受け入れなかったから――
もうどうでもいいです。
私は周りに流されるだけで、自分の意見をいわなかった人間……だった気がします。
社会人になっても、ただ流されるだけで同僚にいいように扱われていた……気がします。
それで、あの人からも――
あの人の誘いに、食事やデートを何度か流されるように付き合っていました。でも、少しも面白いとは感じなかった……と思います。
仮面のような張り付いたような笑顔。それがひどく怖く感じて……いたからだと思います。
そんな日々が続いてきたある日。ついに運命の時が来たのです。
あの人がいつものように、食事に誘いました。しかし、あきらかに今まで食事をしていた場所とは、格の違うところに。
察しは付きました。
この先の私の人生も……ああ、私はこの人に
そう思うと、虚しくなり……ました。
あの人の取り出した指輪を前にして、初めて抵抗をしたのです。
「ゴメンナサイ」
自分の意思を初めていった。覚えているかぎりはそうでした。でも、その抵抗は最初で……最後でした。
気が付けば、あの人は職場から姿を消していました。
流されるままだった人生でしたので、それほど寂しいと感じなかった……と思います。
あの人がいなくなり、1ヶ月、2ヶ月とすぎていき、話題に上がらなくなったときです。
都会で独り暮らしをしていた私の部屋が荒らされた……のが最初でした。
警察を呼び、色々と事情を聴かれて……大変な目に遭ったことは覚えています。
その後、危険だからと親に相談もし、引っ越しを決めました。
別のアパートへと――
しかし、新居に入居した初めての夜のこと……です。
突然、ベッドで寝ている私をのぞき込む人影があったのです。
声を上げる暇も無く、頭に袋を被されたかと思うと、首をすごい力で締め付けられました。
そして、私は……どうやら気を失ってしまった……ようでした。
後で思えば……あの時、いっそう死んでしまえばよかった――。
気がついた時は、喉のひどい痛み。それと……身体を押し付けられるような圧迫感でした。
何がどうなっているのか、全く……理解できませんでした。
「……ひッ!」
目に入ってきたのは、数ヶ月姿を見せなかったあの人。
私の身体を抱きかかえるように、まるで赤児のように、胸にしゃぶりついていたのです。
しかも、何も着ていない状態でした。あの人も私も……。
私は首に違和感を抱きました。何かが巻かれていると――後で逃げられないように、首輪がされていることを……知りました。
確認しようとしたところ、更に手首と足首にバンドのようなものがまかれ、それぞれ短い鎖で繋がれていたのです。脚が開かれたままに――そこにあの人が覆い被さっているのです。
「――ユキエ?」
私の名前? 私の名前だったかしら?
あの人は私を見てそういったので、そうなのでしょう。
目が覚めた事を知って、顔を近づけてきました。あの張り付いたような笑顔で。
そして、私の唇を奪いました。とっさのことで、私は唇を……歯をかみ締めてしまい、あの人の唇を切ることになってしまったのです。
口の中で……鉄の味がしました。
あの人を傷つけてしまった――。
私は恐怖を覚えていました。
こんな誘拐までし……恥ずかしい格好をさせた男が怒るのは当然……の行いだと。
しかし、あの人は予想した態度を……取らなかったのです。
「ゴメンねぇ……」
ひどく落ち込みながら、私の髪をなで続けました。
その行為に何の意味があるのか……わかりません。
そのまま私を抱きしめると……眠りに就いてしまったのですから――
それからズッと、あの人とふたりっきり。
ここが何処さえかも判らず、部屋には窓もなく、あの人が出入りするドアのみ。
そして、夜と思わしき時間になると、私を愛でるだけだった。ペットか、おもちゃのように撫で、私の反応を楽しみ……ました。それが終わると、同じベッドで抱きかかえられ眠りに就く。
そんな日々が続きました。
食事は……1日、2回ぐらいもらえたのでしょうか?
時間の間隔は……失っていきました。
どれほど経ったのか……ついに私は恐怖に駆られ泣き叫びました。
それが引き金だったのでしょう。
今まで、優しく触れていたあの人が暴力を振るいはじめ、男女の関係を強制し来たのは。
「ユキエが悪いんだよ……」
耳元でそう何度も呟きながら、おぞましいモノを私の中にいれ、腰を振るようになりました。
決まって私の中に、子供の元を出してきます。
毎日、毎日、毎日――
それからどれだけ経ったのか。私には……ワカリマセン。
日本の警察は優秀だと聞いていたのに、あの部屋のドアを出入りするのはあの人だけ――
それに大胆にも、私を外に連れ出すことがありました。
まるでペットを散歩するように――。
さすがに人目を避ける気はあるのでしょうか、出かけるのは決まって夜、日が暮れてから。
着るものなどありません。ですが、水色のワンピースを着せてくれました。
ただ、それだけです。下着も何もありませんでした。
私があの時、あの人からのプロポーズを断らなかった。
私がもっと、あの人のことを真剣に考えていたら――。
違う結末があったのかもしれません。
いつもの公園に行くと、空いていたベンチに座らされました。
彼はたまに自分の子供の頃の夢を語るときが……ありました。
その時ばかりは、一瞬だけ張り付いた笑顔が緩んだように見えます。
「天文学者になりたかった。僕らの子供には――」
そういって、都会の夜空を指さして、星の名前を私に教えようとします。しかし、私は夜空を見上げる気にはなれませんでした。
どれほど男女の関係をもったとしても、出来るような気はしない。
まともな夫婦だったら、不妊……治療が受けられたでしょうが……今のままでは、出来ることはないでしょう。そうとも知らず、毎日のように私を抱き続ける……。
私の苦痛はいつまでも続くだけです。
「――じゃあ、そろそろ行こうか」
私は催促されて、あの人の後を付いていくしかないです。
あの部屋のドアを別の誰かが通るまで、私は持つでしょうか――
〈了〉
【KAC20234】今は夜しか知らない 大月クマ @smurakam1978
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