【KAC20234】今は夜しか知らない
大月クマ
第1話 選択肢の間違い
私は『深夜の散歩』と気取っているが、所詮は時間を持て余しているだけだ。
この不況で会社が倒産……とまではいかなかったが、リストラの嵐が吹き荒れた。幸いにも私は対象から外された。
恐らく、妻も子供もいない独り身で、扶養手当てを払わなくていいから。だと、思っているが、真相は解らない。他のリストラされた連中のことを考えると、知りたくないはなした。
だが、これはいえる。
会社が殺伐とした、と……。
だから、息苦しい。
なので、定時にさっさと消えることにしている。
そして、缶チューハイを片手に、都会の真ん中に残る公園をぶらつき、日が落ちたところでベンチに座る。そこでチビチビとチューハイを飲む日々だ。
家に帰ったところで、やることはない。
テレビをつけたところで、知らない芸人が内輪のネタで笑っているか、サラリーマンに無縁な昼間しかやっていない店の情報を流しているだけだ。そんなのを見るのに、高い電気代がもったいない。
情報はスマホがあれば十分で、新人の頃に買ったノートパソコンもここしばらくは電源さえ入れてなかった。
そんなふうに毎日をすごしていると、公園のベンチの人間も似たり寄ったりの気がしてくる。声はかけないが、顔見知りだ。
位置も固定される。だが、今日は私の場所に、見知ら男女が座っていた。
一瞬、ムカつきはした。だが、私の所有のベンチではないんだし、誰が座ってもかまわない。しかし、どんなのが先取りしたか、気になってきた。
じろじろ見るのは、どうかと思い、好奇心に駆り立てられながら、千鳥足の振りをして前を横切ってみる。
なんだ?
思い出したのは、学生時代に『夜のオカズ』にしていたエロゲーの内容だ。
男の方は夜空を指差し、ニコニコとひとり微笑み、
「あれが織り姫と彦星……」
だが、女の方は気力を喪ったようにやや顔を俯かせている。
そして……ドキッとした。
私が彼女の前を通ると、突然、顔を上げたのだ。潤んだ……いや、瞳は涙で赤くはれ、顔からは生気を失っている。絶世の美人という訳ではないが、儚げて幼さが感じられる女性だ。
それよりも彼女の首。赤いチョーカーかと思ったが、全く違うものだ。大型犬が付けるようなトゲが並んだ首輪だ。よく見ると、太いロープが男の手に握られている。
「……」
女性が何か発しようと、口を開いた。たが、男がすぐさま首に繋がったロープを軽く引っ張る。
と、すぐに彼女は顔を伏せてしまった。
何かおかしすぎる!
そう彼女の格好もだ。
なぜだか判らない。薄い水色のワンピースを着ているが、下着を着けていないようだ。
それに手首につけたあれは何だ?
拘束具? 布とベルトで両手首をガッチリと堅め、鎖で繋がれている。
散歩プレイ? いや、犯罪!?
一瞬、頭をよぎったが、それよりも……
関わりたくない。
と、恐怖の方が先に立ってしまった。
千鳥足で通り過ぎる計画が、途中から脱兎のごとくその場から逃げ出してしまった。
そして、一息ついて改めて振り返ると、あのふたりの後ろ姿が見える。
あの彼女はどうしてそうなったのか?
恥ずかしいことに、下半身が熱くなるのを感じた。
背徳感が支配し始める。
落ち着かせるためにか、ふと男が指さしていた夜空を見上げた。
こんな都会でも、夏の大三角形だけは輝いていた――
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