後編

 なんとなく、散歩したい気分だった。

 好きだった深夜ラジオの最終回だったことも大きい。ショックや悲しいとは違う。言葉にすれば寂しい気持ち。


 Twitterを眺めてみれば、僕と同じような人はいっぱいいた。余計寂しくなった。皆が望んでも、ダメなものはダメ。唯一救いだったのは、これはパーソナリティである本人たちが望んで迎えた終わりだってこと。


 人気がなくなっての無情な終わりじゃない。だから、僕たちは拍手で送り出すべきであり、実際に読み上げられたメールはそんな内容ばかりだった。


 お疲れさまでした。楽しかったです。


 部活の先輩が引退したような気分。寂しいことは嫌いじゃない。その分、離れてしまうものが大事だって証明になるから。

 初春の夜風が吹く方へ。真っ暗で見えない道の先に、何かを期待しながら。


「おお……?」 


 空気が変わった。心地よかった夜風に熱が帯びたとわかった瞬間、地面が揺れた。


「地震か?」 


 スマホに地震速報は鳴っていない。Twitterを開いても、TLは更新されない。

 いや、更新されないのではない。


「電波が入っていない……?」


 なぜ、急になにが起きた? 地面は揺れ続けているし、さらに不思議なのが宙に瓦礫やらなにやらが浮かんでいることだ。

 世界が違う。直感がそう告げている。


 それに、音だ。

 聞こえてくるのは何かがぶつかり合う音と、地面の振動音。人の声がない。これほどの事態に誰も騒ぎを起こさないなんてありえない。

 とにかく、音の鳴る方へ。この事態の正体を確かめる為、僕は走る。


《伴藤式多次元並列設置型概念原子炉収束波動砲──チャージ完了。自己崩壊防止のため30秒以内の発射をお願いします》


 異形が月を隠すのなら、巨大な砲塔は自身に満ちるエネルギー光により白銀を放ち、2つ目の月として輝いていた。


「うるせえ。こっちは限界なんだ、いますぐやってやるよっ」


 少女──御唯瑠みいるも異形も満身創痍。傷のない箇所など無く、出血量は既に危険な域にまで達している。


 だから、御唯瑠は照準を覗かなかった。どうせ、白く染まった視界では狙いは定められない。幕の薄い部分が透けたように見える黒い影を頼りに、砲塔を勘で動かす。


「えっと、伴藤式多次元……、ええいっ、長いっ! 最終最強最高火力砲、発射!」


 音の正体に辿りつけば、空に白銀の光が一直線に走り、謎の怪物を破壊した。

 そして、崩れた怪物に隠れていた月が僕のいる地面を照らし、月だと思っていた白銀の光の発生源は粒子となり風化するように消えていく。


 その近くから、落ちていくものが見えた。

 それが人──学生服を着た少女だと気づいた瞬間、身体は勝手に動いた。

 事態は飲み込めていない。


 いきなり、地震が起きて、瓦礫が浮いていた。空に怪物がいて、ビーム(?)が倒した。そして、恐らくそのビームを発射した少女が落ちている。

 力に、自信はない。でも、それでも。


「うぉおおっ!」


 両腕で少女を受ける。思った以上の衝撃はなく、腕に収まる直前に一度止まった錯覚も得たが、それでも力及ばず、姿勢を崩す。

 彼女を地面にぶつけないよう尻もちをつくよう倒れるのが、せめてもの精いっぱいだった。


「だ、大丈夫ですか?」


 御唯瑠みいるはぼやけた視界のなかで、腕の中にいることは知覚できていた。


「ああ、大丈夫だ」

 力は出し切って、かなりしんどい。気を緩めば意識が落ちてしまいそうだ。できれば、そうしたい。


『御唯瑠、その男の子』

「ああ」

 限界の意識を保ってでも確認せねばならぬことがある。

 なぜ、ここに自分以外の人間がいる。この仮想次元は、現実世界へ影響を及ぼさぬため、特別な経路を辿らない限り入れないはず。


『記憶操作が必要かもしれません』

 そうだ、異形との戦闘を見られているとしたら、口封じが必要だ。

 こいつは、どこまで見た。どこまで知っている。

 訊かなければならない。

 だが、それよりももっと大事な確認事項がある。


 高高度から一気に地上まで降りたおかげで耳は痛いが、視界はっきりしてきた。

(あ、なんだけっこうイケてるじゃないか)


「お前にいくつか聞きたいことがある」

「はぁ?」

「いいから黙って質問に答えろ」


「お前、殴り合いのケンカしたことあるか?」

「な、無いですけど」

「よしよし、腕細いもんな」


「次、虫、殺せるか?」

「う、うーん……蚊なら、まだ……」

「ゴキブリは? 蜘蛛は?」

「すみません、正直見るのも嫌です」

「私だって嫌だわ。でも、オッケ。デカい虫はダメ、ね」


「最後。お前、なんで私を助けた。いくら私が体重管理完璧な妖精女子だからって、あの高さから落ちてるもんキャッチしたら大変なことになるだろ」

 まさか、それすらわからぬ馬鹿ではあるまい。眼鏡かけてるし。眼鏡かけてる馬鹿はいないだろ。たぶん。


「それは、その」

 少年が顔を逸らし、戻りつつある空へ目を向ける。

 このアングルから見るとますますイケてるな、と心の声が漏れそうになるのを堪えて、返答を待った。


 10秒。無言に耐え切れなくなった少年が恥ずかしそうに口を開く。

「人が落ちてるってわかったらなんだか、放っておけない気になっちゃって……。馬鹿、だよね……?」


 いや、と御唯瑠は小さく首を振った。

 考えなしに行動した馬鹿であることは間違いない。だが、否定したり蔑めるべき馬鹿じゃない。


「合格だ」

「ごうかく……?」

 全てが終わった後に、望んでいた者が現れた。世界を救う重責を少しでも一緒に背負ってくれる相手が欲しかった。


 もちろん、香織をはじめとする仲間たちはその役目を負ってくれていたが、そうではなく素直な言葉にすると恋愛がしたかったのだ。

 そして、理想の相手が目の前に現れた。


 御唯瑠の理想は“世界のために戦う私みたいな少女の前にはちょっと気弱でナヨってしているけど、それでも私のことを心配してくれて何かと首を突っ込んでくる男”。


 つまるところ、部外者だけど何かと自分を心配してくれて、力もないのに身と心を挺して守ってくれる人、ということだ。

 そんな理想の人が、現れた。見た目も好み。


 ただしかし、唯一の不満がある。それは、

「おせーよ……」

 世界を守る戦いは終わったので、部外者だけど首を突っ込む場面も、身と心を挺して守ってもらう場面も当分訪れそうにないことだ。

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セカイは出会いを求めている 白夏緑自 @kinpatu-osi

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