セカイは出会いを求めている
白夏緑自
前編
真夜中。時刻は深夜2時40分。とある街の一角はあり得ないほどに人の気配がなかった。
明かりの灯った家が一軒もない。例え、明日が平日であろうと、全住人が寝床に付くことはあり得ないに等しい。
ならば、この現象には理由がある。
その理由の一端は音と共に現れる。
次元を割り、ガラスを破るような音を鳴らしながら夜空に現れるのは異形。
全長30メートルの影が月を隠し、眼下を見下ろしている。
夜空は紅く染まり、地面は震える。
紅い空からは空気との摩擦に燃える星を降らし、全てをなぎ倒さんとする地表に穴を穿つ。穿たれた穴を広げるように闇が“無”を侵食しながら広げる。
強制的な世界の終わりの体現。異形によるものだが、しかしその目は不服の色に灯っていた。
悲鳴が聞こえない。
物理的にも概念的にも世界を終わらせようとしているのに、人々が恐怖しない。
なぜ、と疑問を浮かべる前に答が現れた。
異形がやったように、次元を超えてやって来るのは、
「うすういっす~。いよいよ最終決戦か~」
肩に1m強の筒状のケースを背負った学生服の少女──
彼女は異形と事態に恐れることなく、ケースから一振りの刀剣を取り出す。
一見すれば日本刀ではあるが、各部に機械的なスリットや部品が見える。
突如現れた人間、そして手に持つ凶器。
『最終決戦か~、じゃないですよ。仮想次元に連れ込むまで苦労したんですから』
耳に嵌めたインカムから催促の声が飛ぶ。
声の主は本部にてモニタリング兼オペレーターで同僚の香織だ。声には疲労が滲んでいる。彼女のいる本部にも襲撃があったことは知っている。
「ごめんごめん。そっちは、大丈夫?」
『まあ、なんとか。とはいえ、ほぼ壊滅状態。中枢機能が生きているのみで、あとはおじゃんです』
「他のやつらは?」
『生きてはいます』
「もう、戦えないか」
『明日があれば笑える程度には元気ですよ』
明日があれば。その対極にすべての終わりがある。
何の変哲もない、今日と地続きの明日か。刺激たっぷりの終末世界体験か。
(あれ? 世界の終わりも悪くない?)
いかんいかん、と首を横に振る。
明日を求めなくては。春休みと言うこともあって、ダラダラとした日々を過ごしすぎた。明日の予定がネットフリックスのリスト消化しかない。
ここはもっと前向きで素敵な明日を持っている奴に頼ろう。自分よりも人のために戦うのも間違いじゃない。正義とはそうあるべきだ。
インカムのチャンネルを香織とのプライベートにチェンジ。
「あー、明日って香織、ディズニーだよな」
『ええ、俊君と』
「彼氏な。集合何時?」
『7時00分に舞浜です』
「早くね⁉ ガチ勢かよ!」
「この時期、春休みということもあって混むんですよ。遅いぐらいです」
「マジか。大変だな」
『わかってくれるなら、早く片づけてください』
「ういうい」
本部から舞浜まではドアトゥドアで1時間ほど。今が午前0時10分。後処理などを考えるとかなりギリギリな時間帯だ。
ならば、速攻で決めてあげる必要がある。
「超濃縮暴走一歩手前モード、いっとくか」
柄に付いたタッチパネルを操作。
刀身が青白い光を溜め込み、抑えきれず鞘が弾ける。
剥き出しになる刀身。収束と放出を繰り返す光が刃を一回り大きくする。
同時に少女の肩が落ち、膝に力を込めて刀に持っていかれそうな意識を保つ。
『もう御唯瑠しかいないんですよ……?』
「わかってるよっ」
ここで暴走したり、オーバーフローで戦闘不能になればそれこそ世界の終わり。御唯瑠もわかっている。この次元に“ラスボス”を引きずり込むために、かなりの数、やられた。香織の言う、自分しかいないも脅しではないことはわかっている。
だが、
「この次元、あとどれくらい保てる?」
『ざっと、30分』
このモードをフルパワーかつ正常な意識で保てるのが10分。刀の形状維持が限界で15分。
使える時間は15分残っている。
万全を期す。もし、この一振りの刀で対処できなかったときのために、
「香織、アレの顕現を準備しといてくれ。クソ名前長いやつ」
『伴藤式多次元並列設置型概念原子炉収束波動砲、ですか?』
「よく一息で言えるな……。それそれ。使えりゃ楽なのに、コスト問題で埃被ってるやつ」
『コスト問題と倫理観が理由です。それに、デスクにポストイットでメモしていますので。──顕現まで20分。それまで時間稼ぎをお願いします』
「おいおい、5分足りねえじゃねえか」
『だから暴走モードなんて使うものではないんですよ』
「いいんだよ、ロマンだロマン」
はあ、と息をつく。
最終決戦。そして、総力戦だ。人類も人知れずとは言え、未知の怪物のためにかなり疲弊した。そして、異形の方もかつてない大侵攻を仕掛けたあたり、そのつもりであったのだろう。恐らく、空で悠々とこの世界を見下ろす異形の指示によって。
喋っている暇はない。重力が乱れ始めて、破壊された家屋やコンクリートが宙を浮き始めている。
「香織、最後に言っておきたいことがある」
『なんです?』
「フツー、世界のために戦う私みたいな少女の前にはちょっと気弱でナヨってしているけど、それでも私のことを心配してくれて何かと首を突っ込んでくる男がいると思うんだけど、どうだろ?」
『今更ですね。安心してください。明日からは御唯瑠も普通の女子です』
「普通、か。私のアイデンティティに悩んじゃうな」
『世界を救ったことがある、じゃ不満ですか?』
はっ、と笑う。そんな話、誰が信じてくれるのか。組織の人間以外、知らぬ戦いだ。だから、その個性や武勇伝を語れるのは同じ職場の人間だけということになる。
「私、職場恋愛は否定派なんだよ」
それが、合図だった。
学生服の少女──
人知れず、世界を救うため。明日からも香織やみんなが普通に笑うために。例え、それが自己の犠牲に成り立つとしても。
覚悟は決まっているから。
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