第2話 第二王女・イメリア殿下の恋<2>

 イメリア殿下の数少ない趣味の一つは、王宮に作られた薔薇園を愛でること。そんな彼女にとって唯一気の置ける存在が、薔薇の手入れをしている庭師のベゼットだった。

 社交界という慣れない世界に連れ出され、見知らぬ貴族の男性たちの相手をする鬱々とした日々。殿下が薔薇園に通う頻度は以前よりも上がり、期せずしてベゼットと過ごす時間も多くなる。堅苦しい貴族とは違い、ベゼットは殿下の目に自由な存在として映った。


「という理由でベゼットと恋仲、ですか。自由に惹かれて男に手を出すなんて、内気に見えて実は王族不適合者だったんですね、イメリア殿下って」


 平民出身の私としては庭師を否定する気にはならないけど、血統と家門を優先するパレット王国では大問題だ。露見すれば王家の一大スキャンダルになる。

 ただ、事が露見する前に判明したのなら、対策はあるのでは?


「ベゼットを暗殺……処断したのちに、殿下を半年ほど、どこへなりと遊学させてしまえばいいのでは? 噂になる前に事実を隠蔽してしまえばいいと思いますが」


 エステラは首を横に振る。


「まあ……通常ならばその方法も思案はする。だが今回はできない理由があるんだ。そもそも、なぜベネットと殿下が関係を持っていることを我々が知ったと思う?」

 王室内に優秀な密偵がいる、というわけでもないとすると、なにか殿下の身に異変があったわけだ。

 わかりやすい体調などの異変。つまり。


「……つまり殿下はご懐妊なさってしまったと」

「よりにもよって庭師の子をだ!」


 顔を紅潮させてエステラは怒鳴る。あまり大きい声を出すと国の機密が漏れますよ、と注意するとエステラは慌てて声を潜めた。


「なるほど、この国では特にまずいですね」


 パレット王国には幾つかの宗教が存在するが、国教と呼べるほど信者が多く、隠然たる力を持つのが天命てんめい教。

 利害の不一致による暴力の行使こそ完全否定していないものの、人生は神が敷いた不動の道であると断言。他人が関与しない限り、出産や死ですらなるように放置すべしと戒める、極めてストイックな宗教だ。

 王侯貴族の生まれながらの特権を保障する点において、実に都合のいい教えだが、今の状況では面倒さも持ち合わせている。


「天命教の教えにより殿下を中絶させることができない、というわけですね。旧帝国法を用いていないパレット王国独自の継承法によれば……」


 私は王室の法が記された書を取り出して熟々と目を通す。


「いかなる場合においても王族の子どもは男児である限り必ず王位継承権を有する。女児であっても公爵に準じる高位の貴族に列せられるべし。私生児はこれを認めない」


 私は、脳内でゆっくりと内容をかみ砕く。


「つまりベゼットと殿下の子どもが男児であった場合、私生児扱いされることなく、王位継承権まで発生してしまう……これ、王族は上位の貴族としか結ばれないと決めつけている上に、男女間の過ちを想定せず作っている法律だから凄いことになりますね」


 天命教の教えと合わせると極端な話、暴行事件においてすら王位継承権を持つ者が誕生してしまう、女性視点で見ると実に恐ろしい悪法である。


「どこの世界に庭師の子どもが王や王に比する貴族になる国があるというんだ! 他国に知られればパレット王国の国威は地に落ちる! ベゼットの子どもは産まれてはならない!」

「国外追放では、だめなんですよね?」

「我が国の王位継承権を持つ子どもを追放しても、他国の輩が利用するに違いない。なのに、我々は傍観するしかない。国王陛下は一人の親としてどのような形でも幸福を、と望まれているが、許される状況ではない。せめて男児が産まれないよう祈るしかないか……」


 後半、力ないエステラの言葉。

 パレット王国に文字通りの内乱の種が生じれば、私も平穏に暮らせなくなる。

 仕方ない、まずはイメリア殿下に会ってみよう。


 イメリア殿下は現在、自室で軟禁状態にある。私が宮廷魔術師の特権である謁見を申請したところ、簡単に許可が下りた。

 本来重大な立場のイメリア殿下に対する、あまりの国のガードの緩さから私は察する。

 イメリア殿下が何者かに弑される可能性すら、パレット王国は歓迎していると。

 扉を開けて室内に入ると、少しやつれた様子のイメリア殿下が、床に伏していた。彼女の周囲には手を付けられていない食物の器が散乱している。軟禁状態にある殿下の、精神状態が伺える。

 私も最初は敵視されていた様子だが、女だから安全、と認識したのか、イメリア殿下は警戒を解いた。ここは友好的関係をもっと作るべきか。私は打算し、殊更に殿下の前で魔術とわかる呪文を詠唱する。


「フラウ・テル・スロー」


 殿下は興味を持った様子で、質問してきた。


「それは……なんの魔術?」

「毒物を識別する術です、殿下。室内に運ばれている食事に、毒が盛られている形跡はありません。つまり、殿下の命を直接奪おうとするほどには、王室もまだ取り乱していないということです」


 殿下は表情を和らげ、少し安心した様子だったが、やがてすぐにまた曇り顔になった。


「でもあなたは、まだ、と言ったわよね。それは私が毒殺されるのが時間の問題ということ?」

「率直に申し上げれば、その通りです。現状の問題を解決するには、殿下が亡くなられるのが一番早いのですから」


 子どもを殺せないから母体を殺す。

一見、理不尽だが天命教の下では成立してしまう、危険な論理。私は疑問に思っていたことを、率直に聞いた。


「……お尋ねしたいのですが、ベゼットとの関係が、そんなに重要ですか? というより金銭面でも、社会的にも安定した貴族相手ではなく、庭師を伴侶に選ぶこと自体が私には極めて疑問なのですが」

「あなたは人を愛した経験がないのね。相手の立場ではなく、自分を受け入れてくれる在りようを求めたのが私なの。私も王族である以上、望まぬ結婚も義務かもしれない。でも……最終的には理屈じゃないの。私はベゼットに、人として、どうしようもなく惹かれたの」


 人として惹かれた、か。

 私にはわからない感情だが、恋心は論理で解決できないのだな、と痛感する。論理で動かない相手を説得するのは専門外だ。

 けれど私はこの問題を次席宮廷魔術師として、あくまで論理的に解決しなければならない。


 『人として惹かれた』。頭に引っかかるものがあるな。

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