1章 第二王女・イメリア殿下の恋

第1話 第二王女・イメリア殿下の恋<1>

「ああ困った……困った、このままでは大事になってしまう」


 今日も今日とて私の工房に勝手に入ってきたのは、魔術師の正装である白いリネンのローブをまとい、細く束ねた豪奢な金糸の髪を持つ、白皙というのだろうか、陶器人形のようなローブ同様の白い肌。鼻が高く、整った細面の青年。

 瘦せ型で見るからに腕力に乏しく頼りなさそうな彼こそが、パレット王国主席宮廷魔術師にして名門貴族サルウィン候爵家の次男、エステラ・ローゼ・サルウィン。

 肩書の後半でお分かりいただけるように、貴族としての位の高さだけで主席宮廷魔術師に任じられた、世の中を舐めきっているお坊ちゃんだ。

 魔術師としての腕前は中の中、いや中の下といったところで、仮に彼と私が戦うことになったら無詠唱魔術を使って秒で殺せる、もとい倒せる相手。


 要するにパレット王国は、実力より血統や家門を優先する門閥と肩書の社会。

結局、平民で女である私がどんなに頑張っても、主席宮廷魔術師になれないという話。才に門戸が開かれていない国に私は出仕したことになる。衝動で物事を決める前に、事前調査を忘れてはいけないという、いい教訓になった。

 事実を知った時の私は絶望、諦め、受容の三段階のプロセスをゆっくりと経て納得した。

そして現在は閑職であることを理由に、一日ずっと、書庫の魔術の古典籍を読むだけの日々を過ごしている。

 いや、正確には過ごしたい、だ。


「ああ困った……困った、大変だ……このままでは大事になってしまう」


 繰り返し言うと、エステラは水の魔晶石のように蒼い瞳で、こちらをチラッチラッと見てくる。無視して読書を続けていると、やがて苛立ったようなエステラの声が響いた。


「人が困ったと言ったら普通は理由を尋ねて心配するものだ、アルナ!」

「私と別個の存在の感情に気を配るメリットとは?」

「メリットもなにも君は次席宮廷魔術師だ。主席である僕の手伝いはすべきだろう……」


 宮廷魔術師とは王に仕え、魔術だけではなく主に賢者としての知恵を使って適宜、助言をする立場。魔術さえ修めていればいいというものではない。

正直、その役割は賢いというより、生真面目が取り柄のエステラにとって重すぎるらしい。

 ここ数か月、主席の立場を利用して、次席である私の知恵を借りること甚だしい。

迷惑すぎやしないか? とは思うが今の私はパレット王国の民なので、メリットを抜きにしても屋台骨が腐らないよう、国の問題を処理する必要性があるのだ。


「それで、なにが大変で大事なんですか? 本当に大を二回重ねるほどの要件なんでしょうね」

「いつものことだけど、君はいきなり本題に入るんだな。話すが、これは重要機密。ここだけの秘密にすると誓えるかい?」

「神を信仰していないので誓う対象がないですが、他言はしませんよ。噂話するような相手もいませんし」


 これは事実。私は城内で浮いており、特に親しい相手もいない。考えてみれば生まれてこの方、友人と呼べる存在すらいない。

 強いて気安い相手を挙げると、目の前にいるエステラになっちゃうのかなぁ。


「秘密にしてくれるならいいんだ。実は……第二王女、イメリア殿下の話なのだがね」


 パレット国王カーライト陛下には、三人の王子と二人の王女が存在する。

 第二王女イメリア殿下は今年十七歳になる。この国の王族貴族の特徴である金髪を長く伸ばした、可憐なお姫様。だが社交界ではデビューから数年経った今なお、縁談の話の一つもない。 

 内気で身持ちが固いというイメージが強い。

 その姫が。


「殿下は道ならぬ恋をしているらしい」


 道ならぬ恋、か。王族とか貴族ってその辺が本当に面倒よね、と私は内心呟く。



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