次席宮廷魔術師アルナのお悩み相談録

宵町一条

プロローグ

 高級建材を白亜に染め上げ作った壁。透き通った水晶や茶・赤・銀の大小様々な鉱石が乱雑に並ぶ、木製の小棚。薄い紅色の布を敷いた二人分用くらいの小さな木製テーブルと、上に置かれた磁器のティーセットが一式。

 手狭い室内を構成する物はたったこれだけ。意味ありげで胡乱な道具の数々もなければ、書架に大量の魔導書が積み上げられているわけでもない。

 余人から見て実につまらない平々凡々な部屋こそが私、姿見に移る銀褐色の長い髪と翠の瞳の持ち主、パレット王国次席宮廷魔術師じせききゅうていまじゅつしアルナ・マリステレーゼに与えられた城内の自室=魔術の工房である。


 話を少し遡って自分語りをするが、私は幼いころから平民には珍しく、読み書きと算術が得意な女の子だった。


「アルナは頭がいいのだから、大陸共通語コイネなどをもっと勉強できる環境を用意してあげよう。もしかしたら、魔術を習得できるかもしれないね」


 小麦を扱う交易商人であった父は、商人らしく私の頭脳に投資することを決め、十歳の時に巷で魔術師が開いていた私塾へと通わせた。


「魔術は真理の探究のための学問だが、学びの過程で神秘の名である真名まなを習得することができる。この真名の存在により、魔術師は多くの超常的な力を生み出すことが可能となるのだ」


 私塾の魔術師はそう私に教えた。

 竜や精霊に吸血鬼と幅広い生物が実在し、国家間の戦乱も完全には絶えていないこの世の中。精霊は意思の希薄なエネルギーの塊、吸血鬼は同胞を増やすための吸血行為しか好まない無害な存在。とはいえ、多くの魔術師は、彼ら理外の専門家としても世に幅を効かせている。社会的地位も高い。

私塾では例外的に若い女ということで、色々と嫌がらせも受けた。だが……。


「アルナよ、君の真名はーーだ。これは傑出した魔力の持ち主にしか与えられない名。私では到底及ばない。師を変えてはどうだろうか」


 面倒を見られないという私塾を出て、私は『魔術公』として世に知られるアルビスタ・サザーランド公王の、内弟子として学ぶ身にまで出世。そこでも当然のように愚かな兄弟子たちから嫌がらせを受けたが、私は屈せず学習を続けた。

 真理を求める魔術の探求は寝食を忘れるほどに楽しかったが、私は少し勉強をし過ぎたようだ。齢十六の時にはアルビスタ公の持つ知識を吸収しきり、それ以上、先がないというくらいに魔術の道を究めてしまった。

 私の人生の残りの目的は、いつの日かアルビスタ公でも不可能だった『竜帝りゅうていの七つ子』と呼ばれる人類の命題を解決して、自分の実力を兄弟子たち他者に認めさせること。

 だが、ある日私を呼び出すと、白髪の老人・アルビスタ公はこう言った。


「アルナよ、儂がお前に教えられることはもうない」

「ここもですか。いや、そうですか……師匠。では私は今後、自学自習の道を行きます。お世話になりました。あ、書庫は後々も開放しておいてくださいね」

「そういう問題ではないのだ、アルナよ。お前は高い才能を持つがゆえに魔術の多くを修めることができたが、魔術に専心しすぎて人間としては色々と欠けたところがある。直前の言もそうだが、一個の人として大成していないのだ」


 アルビスタ公は、意味のわからないことを述べ続けた。


「隣で泣いている子供を無視して魔導書を熟読しているお前を見て、儂は確信した。これは魔術しか教えなかった儂の責任だと。お前は今後社会と交わって、人間としての道を自身で探求せねばならないだろう。差し当たっては魔術を人のために使う職についてはどうか?」


 アルビスタ公はそう言って、いくつかの王国の宮廷への推薦状を書いてくれた。

人間としての道がなにかはともかく、職分させこなせば、師匠も私を認めてくれるだろう。

 正直どこでもよかったので、適当に、寒くも暑くもない内陸、大陸西方にある常春の国、パレット王国を選んで仕官することにした。

 そこまでは良かったのだが。


「次席宮廷魔術師……ですか?」


 私が思わず洩らした言葉に、パレット王国から派遣された使者は大仰に笑ってみせた。


「わずか十六歳にして次席宮廷魔術師の職を任じられるとは、アルナ殿の驚きも無理からぬこと。ですが次席宮廷魔術師はお飾り……もとい主席宮廷魔術師の補佐役であり、さほど難しい役目ではございません」

「次席でお飾り……」

「若年で女性のアルナ殿でも十分務まりますし、貴族の方々とも触れ合う機会が多いので、将来のことを見込んだ社交にも役立ちましょう」


 私は使者の言葉の後半などもう聞いていなかった。


「次席宮廷魔術師……か」 


 魔術公の知識を修め多岐にわたる術を習得し、天から雷を呼び、位の高い吸血鬼すら召喚できるこの私が、よりにもよって次席とは。

怒りに震える私の様子にまったく気付かず、パレット王国の使者は出仕の手続きを薦めてくる。

 

 わかりました、じゃあ主席宮廷魔術師がどんな凄い奴か見極めてやろうじゃない。私は衝動に駆られ忠誠の血印を、使者の差し出した書類に押したのだった。

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