助けた彼は女の子

寄鍋一人

助けた彼は女の子

 日付が変わったところで集中が途切れてしまい、課題がまったく捗らなくなった。


 気分転換に散歩でもしようかと、携帯と財布だけ持って店に寄れる最低限の格好で夜の街に繰り出す。




 中学高校とアニメオタクで陰キャ丸出しだった俺は、大学デビューを目論み大学の近くで一人暮らしを始めた。最寄りの駅前には大学生がたむろする店が多く、終電を逃した彼女を家に泊める魂胆だ。


 で、肝心な彼女はというとできたはいいもののすぐに別れ、大学生活が半分過ぎた今も目標は達成できていない。もはや諦めて真面目な学生に転身して、こうして勉強しては息抜きをしてるのだ。




 酒が入って気持ちよさそうな会話を聞き流しながらいまだ賑わう繁華街をすり抜けていくと、途中でチャラい男に絡まれて心底不快そうな人がいた。


 キャップを深めに被りパンツスタイルで、男の子ではありそうだがどちらかというと華奢で、どうしても放っておけなかった。


「連れがすいません。ほら、行くよ」


 ナンパ男の怒号は当然ガン無視、男の子の困惑も見て見ぬふりをして、腕を掴んでその場を離れる。


「ちょ、ちょっと、待って!」


 繫華街を抜け、まだ状況が理解できていないその子の腕を放す。


「どうして助けたの」


「ごめん、勝手に……。なんか放っておけなくて……」


「いや、助けてくれたのはありがたかったけど……」


 嫌そうな顔はしていたけどたしかに助けてほしいとは言われてないし、僕の早とちりだとも思ってたけど、どうやら満更でもなかったらしい。


 それじゃあ、と別れようとしたが、今度は俺が腕を掴まれて引き止められてしまった。


「お礼に奢るよ。……って言っても、もう店に入りたくはないな……。君、家は近いの?」


 ちょうど勉強も手に付かなくなってたし、断る理由も特にない。相手が男の子とはいえ、ようやく家の立地が活かされる時が来た。


 ここから数分なことを伝えると、一応成人はしてるらしい男の子はコンビニで意気揚々と酒とつまみを買い、すでに一杯引っかけてそうなテンションでズカズカと部屋に侵入していく。


「綺麗にしてるじゃん。あ、これ原作持ってるんだ」


 人が来ないときにはなんだかんだオタ活に励んでいるのだが、片づけずに放置してたラノベを見つかり思わず言い訳。


「いや、それは友だちが置いてったやつで……え?」


 だがそれを知っているかのような口ぶりで、座ってと促した先でパラパラとめくり始めた。


「これ今アニメやってるよね。僕見てるよ」


「うん、俺の今期イチオシ」


 そう話し始めてカシュッと缶を開けると、そこからはいつの間にか会話が弾み酒も進んでいた。


「僕も聞いての通りオタクなんだけど、実は大学だと隠してるんだ」


「へー。俺も大学じゃ隠しててさ。まぁ、自分で言うのもなんだけど大学デビューってやつよね」


「大学デビュー、ふは、一緒だ」


 好きなアニメだったり他の趣味だったり、話してみると案外似ているところがあって話しやすい。あと、今の一瞬の笑顔が男の俺から見ても可愛かったという感情は墓まで持っていこう。




 酒とつまみがなくなれば当然終電なくなるわけで、男ならいいかと「泊ってく?」と聞くと、申し訳なさそうに「じゃあ、お言葉に甘えて」とつぶやいた。


 そうと決まれば準備は速い。予備の歯ブラシと来客用の布団を手際よく出していく。


「なんでこんな用意周到なの」


「いやあ、彼女ができたら家に呼ぼうかなって思ってたんだけど、すぐに別れたから出番なし。遠慮しないで使って」


「ふーん、そうなんだ」


 微妙な反応をもらいつつ時間も時間だしシャワーは明日入ろうとなり、電気を消して眠りについた。




 翌朝、布団には男の子の姿がなかった。荷物はあるからシャワーかな? と一応予備のパンツを持って、何の躊躇いもなく風呂のドアを開けた。開けてしまった。


「「え」」


 二人の一音が見事に重なる。そこにいた裸には、俺にあるものがなく、ないものが少しだけあった。


 固まる思考の中でどうにかドアは閉め、遅れてやっと言葉が出てきた。


「ごめん! まさか女の子だとは思わなくて! ずっと男の子だと思ってて!」


「いや、こっちこそちゃんと言ってなくてごめん! 別に隠してるつもりはなかったんだけど、まさか男だと思ってたとは思わなくて!」


 ドア一枚越しにお互いが叫んで謝り合うというシュールな状況。しかも片や裸、片やパンツを握っている。


 というか、男用のパンツは彼、いや彼女には意味ないんじゃないか。幸い女用パンツの用意もある我が家である。


「女用のパンツ持ってくる! タオルは引き出しの中の新品使って!」


「ふはは、だからなんでそんなに用意周到なの!」


 ふいに聞こえた笑い声に、やっぱり笑い方可愛いなと思いつつ怒ってるわけじゃないんだと安心した。




 風呂から上がった彼女はしっかり服を着て戻ってきた。


「ねえ、今は彼女いないんだっけ」


「え、あ、うん」


 昨日までは男の子だと思って接してたから普通だったものを、女の子と分かってしまうとこの状況にキョドってしまう生粋の陰キャオタクだった。


「ふはは、態度変わりすぎ」




 今思うとこのときすでに、心を許してくれているんじゃないかという安心感と、話しやすさと、何より「ふは」という笑い方に惹かれてしまっていたのかもしれない。


「ねえ、元カノと別れたのって何が理由?」


「たぶんオタクなのがバレて引かれたんだと思う。元カノはそういうの興味ない人だったし」


「ふーん、僕はそういうの、好きだよ」


 この日から、何かと準備がいい我が家に女の子が入り浸るようになった。

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