第8話 金貨1枚
黒塗りの豪華な馬車が診療所の前で止まった。
二本の剣に絡みつく薔薇の紋章、これは王国でも3本の指に入る大貴族バルマン家の紋章だ。
態々、王国から帝国迄馬車を走らせてきた...何が...
「バルマン侯爵様、どうされたのですか?」
王国でも屈指の権力者のバルマン卿が来るなんて、ただ事で無い筈だわ。
まさか、私を連れ戻しにきたの! ならば...
「本当に恥知らずだが、まずは謝罪をさせて頂く...すまない!」
謝罪? 少なくとも私を連れ戻しに来た、そういう事では無さそうね!
バルマン公爵は自分の生き方にプライドを持って生きているので有名な方だ。
王にすら自分に落ち度が無ければ絶対に頭を下げない、そう言われている、何があったのかしら?
「私が聖女を追われた事なら気にしないで下さい! ほらっ凄く楽しそうでしょう? 気が楽になって幸せに過ごしていますから!」
本当に私は幸せなんだけど、世間的には「国を追放された悲劇の聖女」になっている...逆に申し訳ないわ。
「その節は息子のリュートや儂が力になれず申し訳なかった」
いえ、寧ろそのおかげで自由になれたんだから、余計な事しないでくれて助かった、とは言えないわね。
「本当に気にしないで下さい! それで態々お詫びだけしに来た訳じゃ無いでしょう?」
ただ、お詫びの為だけに来るわけが無いわ、此処に来たという事は、「私で無ければ治療が出来ない」そういう案件があるのでしょう。
「実は息子のホルンが、この様な状態になってしまい...」
これは酷いわ、此処まで酷い状態じゃ並みの治療師では難しいわね。
命を繋いだ、それだけでも、パーフェクトヒールが使えない普通の治療師にしては頑張った方だわ。
片足、片目を失って顔も半分焼け爛れている。
治療師が考えに考え抜いて、命を守るために治療した。
逆にこの治療が行われた為に...治すのが困難だ、もし、怪我して直ぐの状態であれば、パーフェクトヒールの一発で治せる。
「これを治すのは...」
「流石に聖女様でも困難ですか」
「親父...聖女様でも無理なら仕方ない...名誉の負傷として諦めるさ」
大変だというだけであって、治せない訳じゃないわ、此処は私の治療院なんだから。
「誰が治せないと言いましたか? 治せますが、困難でバルマン卿の協力が居るだけです!」
「息子が治るなら、何でもします!」
「ならば」
この治療には「心の強さ」が居る。
治療師の中には呪文専門だと血を見る事にすら耐えられない者も多い。
戦場での治療を経験して、更に高位の呪文を覚えた者でなければ難しい。
残念な事にそこ迄の技術を身に着けた「貴重な治療師」は戦場など行かないからそういう経験を得る機会は無い。
そして、今回はそれにプラスしてパーフェクトヒールが必要。
だから、これは私にしか治せない患者だ。
私は患者であるホルンを台の上に固定した。
「マリア様これは一体!」
「これで固定が終わったわね! さぁバルマン卿、失った足を更に内側から切断、目の内側から更に肉を抉りだして顔の皮をはいで下さい!」
私でも出来るか出来ないかと言われれば私でも出来る。
だが、武門の家であるバルマン家の長がいるのだから任せる事にした。
斬る、その事に掛けては絶対に、バルマン侯爵の方が上の筈だ。
「本当にそれを私がしないといけないのですか?」
「私でも出来ます、ですがその場合のホルンさんの体の負担は確実に増えます、剣の達人の貴方の方が適任です! 武勇に凄れたバルマン侯爵ともあろう方がこの重要な局面で、私にその役を委ねますか?」
「確かに斬る事については私は優れている、皮を剥ぐ事も、素材の回収で若武者時代に経験してる。確かに私がやるべきだ、済まない」
「身内の方にそれをするのは勝手が違う事は解ります、ですが、今回の治療で必要な事です! ホルンさんも頑張って下さい!」
「心得ました」
「それでは猿轡をさせて頂きます!」
流石は、武勇を誇るバルマン家のホルン、怯えが有りませんね。
「うぐっううっ」
「さぁ、宜しくお願い致します!」
流石はバルマン卿、最初は息子だからか手が震えていたが、危なげながらもしっかりとやり遂げた。
「うぐうううううううううっ」
ホルンさんの状態は、くり抜かれたような目の穴を再度穿り出され、顔の皮を半分剥がされ、切断された足を更に内側から切断されている。
私はこれを見るのも好きではない、「やれる」という事と「やりたい」と言う事は別だわ。
治療師という職業でなければこんな光景を見たくはないわ。
「これで大丈夫ですよ!パーフェクトヒール!」
失われた目と足が再生されていく、そして皮をはいだ顔すら綺麗に治っていく。
これが聖女のみが行えたという奇跡の治療なのだというのは誰が見ても解る。
しかも、このパーフェクトヒールという魔法は、聖女の中でも余程の才能が無いと身につかないと聞いた事がある。
王国は、この貴重な存在を馬鹿な王太子の為に失ったのだ。
確かに大変ではあるけど、「もう一度壊す」これさえ出来れば、そう難しくも無いわね。
「あの、聖女マリア様、王国に帰ってきて貰う訳にはいきませんか! 聖女様がお戻りになるなら、このバルマン」
「私は聖女じゃありませんよ? あの国の聖女はロゼです...絶対に帰りません...無理やりと言うなら戦わせて頂きます!」
ようやく手に入れた自由、ええっ絶対に手放しません。
「滅相も御座いません! 息子の恩人のマリア様が嫌がる事をする等、恥さらしな真似致しません」
そんな事は物理的にも出来ない。
四職の恐ろしさは誰もが知っている。
良く、聖女=弱いと考えるかも知れないが、四職(勇者、賢者、剣聖、聖女)の中で一番弱いに過ぎない。
有事の際にはたった4人で魔王の討伐すら成し得る存在なのだ、本気で戦われたら騎士が万単位で必要になる。
だが、騎士の多くはマリア様に恩があるから全員は動かない。
そして、今は魔王が居ないから、勇者、賢者は居ない。
つまり、単独で、聖女であったマリア様を捕らえるなら「剣聖 ジェイク」しか居ないのだが、重症を負った際にマリア様が治療をしたと聞いた事がある。
動く事はまず無いだろう。
単独で世界第2位の武力を誇る「本物の聖女」を捕える等無理に等しい。
更に言うならマリア様は化け物なのだ...「聖女」の能力を「ロゼ様」に移してもその能力は下がっていないように思える。
つまり、自分の能力だけで聖女の能力を開眼したような方の可能性が高い。
実際に聖女の能力を譲渡されたロゼ様が動けないのに、この通りマリア様はピンピンしている。
「それなら良かった! 私は初めての自由を謳歌しているのです...この自由こそが幸せなのですから、決して私を担ごうなどと思わないで下さいね」
治療院で楽しそうにしているマリア様に無理を強いるのは恩人に泥を塗る様な行為だ。
「はい、心に刻んで置きます」
「それじゃ、次の患者を待たせておりますのでこれで私は失礼しますね!」
「有難うございました」
バルマンは金貨300枚払おうとしたが、頑なに金貨1枚しか受け取らなかった。
「ここはマリアの治療院、王様だろうが誰だろうが金貨1枚しか受け取らないわ、その代わりどんな方でも緊急じゃなければ並んで貰います!」
こんな奇跡の様な治療が金貨1枚。
バルマンはその恩恵に預かれる帝国が羨ましく思った。
「しかし、何でうちの治療院の周りが更地になっていくのかしら?」
マリアの周りもまた変わってきた事にマリアはまだ気がついていない。
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