そうこれは所詮ロールプレイ
少しふざけた言い方をしたが本当に見たことのない知らないところの天井が視界いっぱいに広がっている。それが宿屋の客室の天井であることを理解するのには少しだけ時間がかかった。いつの間に客室へ入り、ベッドへ体を滑り込ませたのだろう。そう思ったのも束の間俺はカウンターの目の前に立っていた。
「傷はすっかり癒えたろう。武運を祈る」
店主はそれだけ言うとカウンターの奥の扉の先へ消えていった。
「わけがわからない。わからない……」
首を傾げながら宿屋を出ると時間は進んでいるようで、空に明確な太陽はみつからないが確かに影が長くなっていた。そして、
「手首が、痛くない」
見ればどこを切ったのかもわからないくらいそれは綺麗に傷がなくなっていた。ついでに召喚される際、穴のヘリに擦って擦りむいていた脛も綺麗になっていた。
そして、ようやく俺は理解した。
この世界は異世界に見せかけたゲームの世界、それかゲームの世界とそっくりな空っぽの異世界だ。
俺以外の人間はただのNPCだし町も城もハリボテ。どうして意思のある俺がこの世界にいるのか、それは魔王を倒すためだが魔王を倒しても救われる人間はいない。空っぽの言葉で空っぽの人間たちに讃えられるだけ。そんな虚しいことあってたまるか。
こんな世界抜け出してやる。もしも、この世界が異世界に見せかけたゲームの世界であるのなら“ワールド”には最果て、限界点があるはずだ。そこまで行って飛び出して、この世界ではないどこかへ逃げ出してやる。それで死んだらそれまでだ。元の世界に帰りたいなんて贅沢なことは言わない。ただこの空虚な世界で一人ロールプレイを続けるだけなんて嫌だ。
思い立ったが即行動。この言葉を有言実行する日が来るとは思っていなかったが俺は町の外へ飛び出した。
────
町の外へ出ると森の中に点在しそうな草原のような“フィールド”で張り詰めた空気に変わり、心身が研ぎ澄まされ頭がクリアになる感覚だった。
日が少しずつ傾いてきてはいるが斜陽と呼ぶには明るすぎる時間帯だ。セオリーがあるのならばまだ魔物もそこまで強くはあるまい。しかし、装備は初期のままだ。ひたすら遠くへ進みたいだけなのだから余計な戦闘は避けたい。周囲を見渡し、森へ向かって明らかに舗装された道の真ん中を歩くことにした。進路を誘導されているようで癪だが草むらを無理に歩く道理もない。それに、あきらかに獣の痕跡がある。極めつけに王道レトロRPGな世界にしては生々しい“他の勇者だったもの”が草むらの中に点在しているのだ。きっとそれらもNPCかオブジェクトに過ぎないのであろう。そうはわかっていても生まれて初めて直面する腐敗した食われかけの人間は見るに耐えない。俺にとって分かりやすく近づいてはいけないところを示している看板だと思い込むにも胃から込み上げてくるもので喉が詰まりそうになるのであまり先を見て歩けないのだった。
────
べちゃり
ぬちゃり
それは訪れるべくして訪れた魔物とのエンカウントだった。
半液体の透き通った体。重力に負け潰れた球の形をしている分かりやすい“スライム”だった(わからなくてもミーサの時のように頭に名前だけが入り込んでくるのだが)。
背負っていた大剣に手を伸ばし柄を握るがうまく鞘から抜けない。仕方なく肩から下ろし引き抜こうともたついているとスライムは飛びかかってきた。
「嘘だろ、ターン制じゃないのかよ」
じゅっ
間一髪避けきれた、つもりだった。粘液状の体の一部が俺の右頬に当たり、肉の焼けるような匂いと信じられないほどの熱、痛みにたまらず声を上げた。
「ああああああああああああああぁぁぁぁ」
のたうちまわりたいほど痛い。触れる空気がさらに刺すような痛みを与えてくる。
しかし、スライムはすでに大剣を投げやり逃げようとする俺に、ゲームのような予備動作もなく再び飛び込んできた。
じゅうう……
────
「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」
どこかで聞いたことのあるセリフが聞こえ跳ね起きた。
蓋の開いた棺桶の中だ。俺はついさっきスライムに溶かされて死んだ。
「しかし、勇者よ、その強い心で何度でも立ち上がるのです。何度でも」
先ほどから聞こえるのは神父の声だろう。忘れられないあの痛み、体を見れば傷などどこにもないが、目を閉じれば自分の体がみじろぎも出来ずに溶かされていく光景と苦しみはまざまざと思い出せる。
「何が情けないだ……」
震えの止まらない体を抱きしめながら考える。あのスライムの動き、あれは完全に命ある獣だった。俺を殺し、捕食するために現れ、行動した。
もしかしたらNPCなのは人間だけで、魔物も魔王も生きているのかもしれない。
少なくともここは、ゲームの世界ではない。しかし、俺は死なない。死ねない。
九つの命だけ 黒川魁 @sakigake_sense
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