死んでも死ねない

 気が済むまで、というか手首の痛みが治るまでうずくまり続けた俺はいい加減に立ち上がった。よく考えたらRPGと同じなら傷なんて治せる方法はあるはずなんだしメンヘラごっこは異世界へ来てまでやることじゃあない。


 城の前の立派な道をただの“勇者”の血で染め上げてしまったことは申し訳ないが終始を見ているはずの門番も口を開かないのだからお咎めあるまい。適当に靴裏で擦り町へ入ると空気が変わるのを感じた。


 先ほどまでの城の傍ではなんとはなしにこう、どんな感情でも昂らせようとするような、交感神経が刺激されている感覚があったのだが町に踏み入ったと“思った”途端に心が穏やかに、鋭い思考には靄がかかるような感覚に変わった。この世界特有のものなのか俺の“飲まれやすさ”なのかわからないが。


 「あら、勇者様。そんな道端でどうしたの。あら怪我をしているのね。いらっしゃい」


 いかにも町娘、といった風貌の少女に話しかけられた。


 「ああ、ええと」


 少女は「いらっしゃい」と繰り返すと、くるりと少し不自然に進行方向を変え、スタスタ歩いて行ってしまった。


 少女に話しかけられた時、俺の頭の中には“ミーサ”と少女のものであろう名前がすんなり入ってきた。


 少しは異世界らしいじゃないか、と頬を緩ませミーサを追いかける。


 ミーサは町の真ん中を通り、東側へと進んでいく。道中すれ違う住民たちが口々に俺のことを新しい勇者だの私たちの希望だのと抜かしているのが聞こえた。俺の体裁は他の住民と大差ないように感じるがミーサにも一言目から「勇者様」と呼ばれた辺り、こちらの人間には一目でわかるような差異でもあるのだろうか。


 「こちらの宿屋をご使用なさって、勇者様。その傷ひとつなら半刻も休めば良くなるわ」


 一切減速せず突然立ち止まり、俺を一瞥したミーサはそう言い放ち、また不自然な挙動で城の方角へ去っていった。


 「人間じゃないみたいな動きしやがるな、ミーサのやつ」


 他の住民もだが、動きがギクシャクしている。訝しむ気持ちの先、嫌な予感の方へ思考を巡らせようとするとまた思考に靄がかかった。ここでは考え事など無用の長物だということなのだろうか。


 宿、と言われた建物もまたいかにも、と言った外見で、見たことのない字で、しかしはっきり視認できる字で大きく“INN”とだけ書かれた不自然な看板を除けば周りの風景によく馴染んでいる。むしろその看板がなければ少しばかり大きい家でしかない。


 「すみません」


 「おや、客かい。泊まるなら一泊三ゴールドだ」


 入ってすぐにカウンター。何か読み物をしていた店主は顔を上げ、泊まるなら、と言う前にまた読み物へ目を落としていた。無骨で指毛のびっしり生えた恰幅のいい赤毛の巨漢がちんまり狭いカウンターに収まって本なんて読んでいるのだから滑稽だ。


 「泊まりというか、少し休めたらそれでいいん……」


 「休憩なら二ゴールド」


被せて言われてしまった。城で渡された金貨の入った小袋から必要数取り出しカウンターへそっと置くと店主は顔を上げないまま金貨を掴み、


 「ゆっくり休むんだな、勇者様」


というが早いか金貨を服のポケットへしまい込んだ。


 そこまで見たところで俺の記憶は途切れ、次に見た景色は“見知らぬ天井”だった。











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