キノコにご用心
あぷちろ
逸脱者第一号
ふらりと夜の街を彷徨い歩く。とぼとぼ、とぼ、とぼ。とすっかりと寝静まった街中を歩いているのには理由がある。
大学の先輩で現・怪しいバーガーショップ店長のクソ野郎、通称・醜く肥え太ったジョナサンに騙され、違法薬物所持の嫌疑をかけられて警察に追われているからだ。
「いや、嫌疑もなにも先輩のクソ野郎が『アイツのブツなんだよ!』とか抜かしてサツの注意をオレに仕向けたのが悪い」
実際オレは母ちゃんの股座から生まれてこのかた、一度もヤクをやったことのないピュアッピュアな人間なのだ。
「あー、よく考えたらなんでオレが逃げなきゃならないんだ……。ヤクも持ってないし、あのクソデブの証言だけなんだからちゃんと話をしたらサツの旦那らも納得してくれっかなあ……」
ぐるぐるといくつかの考えが頭の中を巡りめぐったが、結局は元の場所に戻って警官を説得することにしたのだ。
この瞬間、オレの”逃亡”は”夜の散歩”へと変化した。
「ま、明日の朝まではサツの旦那らも待ってくれるだろうさ」
ひとまずは、この夜の散歩を楽しむという目標を立てて、けらけらとせせら笑う。
ジャケットの胸ポケットから紙パッケージのマルボロを取り出して、安物のライターでタバコに火をつける。
肺に煙を入れ、ゆっくりと吐き出す。冬の寒さの所為か、吐き出した紫煙がより煙る。
どこでもないどこか。風景に見覚えはなく、通行人も自分の他にはいない。
道路の両脇に連なり建つ民家の中には、住人も存在するだろうが深夜という時間帯も相まってか、街中は完全に静まり返っている。
二世代前のHIP-HOPを口ずさみながら足取り軽く空を見上げる。
「星が遠いなあ」
都会の空では満足に星座を数える事すらできない。地元の農場なら前後不覚になるほどに雄大な星空を望むことができるのだが、親元から遠く離れたこの場所ではその残滓すら感じ得なかった。
空に浮かぶ紫色の月が怪しく地上を照らしている。そういえば、地元に残した幼馴染のジャクリーンは元気にしているだろうか。
「ん……? 紫の月……?」
オレは頭を振り、街並みを見渡す。
先ほどの風景とは打って変わって雅な東部建築はバケモノ茸の家屋へと変わっており、街頭には人の頭ほどある大きな蛾が留まり、キラキラとした鱗粉をまき散らしていた。
「こ、これは……」
オレは震える手で咥えたタバコを摘まむ。
「ジョナサン!! テメェ何してくれてんだ!!」
十中八九、このマルボロに薬物が添加されていたのだろう。オレは八つ当たりをするようにタバコを地面にたたきつけて念入りにブーツのかかとですり潰す。
ごめんよ、母ちゃん。オレ、汚されちまったよ。
薬物の影響でぐわんぐわん、とにじむ月を見上げたまま黄昏る。
「にゃぁ? お客かにゃあ?」
現実逃避していると、苔むした道路の先から二足歩行のネコがぽへぽへと歩いてくる。
「にゃぁ! お客だにゃあ。お兄やん、イケメンねえ。サービスするにゃぁ」
メスみのある猫撫で声でメインクーンのメス猫がすり寄る。
「シッッ」
オレは一息に猫との間合いを詰め、こぶしを固く握った右腕を容赦なく振り抜いた。
空気が割けるような音がして、自慢の右フックがメス猫のボデーへと突き刺さる。
「んぁあああん!!?」
「――じっちゃんが言ってたんだ。ヤクを決めたときに出てくる動物は、9割敵だって」
ぐったりと倒れるネコを後目にオレは高らかに勝利の鬨の声をあげるのだった。
おわり
キノコにご用心 あぷちろ @aputiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます