神様

蕎麦屋で会計を済ませ外に出ると、軒先の日向で白い猫が寝ているのが見えた。


小さく微笑んで、カメラを構えながら歩み寄る。

近づいたことに気がついたのか目を開けたが、人に慣れているのか微動だにしない。


「ごめんね、お昼寝邪魔して」


そう話しかけると猫は起き上がり伸びをして、塀からおり、そのまま裏の方にゆっくりと歩いて行った。


後ろ姿をカメラで撮っていたら、途中で振り返り、こっちをじっとみてきた。


「何?そっちに何かあるの?」


猫を追いかけると、同じタイミングで動き出した。

蕎麦屋の裏に案内されると、再び石造りの階段があり、猫は歩みを止める事なく階段を登った。


表情を変えずに自分の体より高い階段を登っていく猫と対照に、久しく運動をしていない咲希にとって10段以上の階段は楽ではなかった。


猫にだいぶ遅れをとり階段を上り切る。

大きな深呼吸と共に上を見上げると、少し古びた、赤い鳥居があった。


「こんなところに神社があるのね」


猫になのか、自分自身になのか、つぶやく。


せっかくなのでお参りでもしていこうと、財布を開いた。

丁度5円玉がなかったが、これからお世話になるし、と50円を投げ入れた。


一度賽銭箱の上で跳ねた50円玉は、ぎこちなく暗闇に吸い込まれていった。


「結構気前いいじゃん」


背後から声が聞こえた。

驚いて手をあわせる間も無く振り返ったが、そこには誰もいなかった。


ただ一匹、猫だけはこちらをみていた。


「神様とか意外と信じるタイプなのね」


言葉が聞こえるはずのないところから、言葉が聞こえた。


「誰かそこにいるんですか?」

恐る恐る、念の為聞いてみた。


「わたしだよ、目の前にいるじゃない」


同じ方向から聞こえたが、生憎そこには猫しかいない。

腹話術が上手な神主がいることを考えたが、目の前の猫が人の言葉を話すことよりは可能性がありそうだった。


「あなた、想定外のことが起きると頭止まるタイプでしょ」

「いや、これは流石に止まるでしょ、、、」


なぜだか自分より数倍も小さい生物に強気にこられたので、思わず反応してしまった。


「ワタシはちゃんと猫よ。特に種類とかはわからないけど」

思わず夏目漱石か、と突っ込んでしまいそうになる。


「混乱してきた、頭おかしくなったのかもしれない。異世界に転生でもしちゃったの?」


わかりやすくテンパっているのをみて、なんだか猫が嬉しそうにしている。


「アナタ面白いわね。名前は?なんていうの?」

南部なんべ、、、南部咲希なんべさきです」


「サキちゃんね、よろしく」

「えっと、、、あなたは?」

一度落ち着くために、目の前の生物は同じものとして扱うことにした。


「んー、そうね。神社だし”カミサマ”とでも呼んでちょうだい。」

「はぁ、、、」


人間でも、いきなり会って自分のことを神だとかいう奴は頭がおかしいと決まっているが、今はそれが猫である。いや、猫だから許されるのかもしれない。


咲希はいわゆる猫好きと呼ばれる人間であり、猫は神だとか天使だとか思ったり言っていたが、実際名乗られてしまうと動揺してしまう。そもそも名乗られたこと自体がおかしいのだ。


「あなたは、ここの人間じゃないわよね?」

こちらの様子など気にすることなく、カミサマは質問を続ける。

「はい、旅行で来ただけです」

「あら、それはご苦労様」


あまりにも話がスムーズに進むので、違和感を抱く暇もなかった。


動画を撮ってSNSにあげればバズって有名人になれるだろうか。

そんな短絡的な思考をしてしまったが、そもそも合成だと思われるのがオチだし、普段自分の情報を載せない人間がいきなり「喋る猫!」とかアップしたら頭がおかしくなったのかと思われるのが目に見えている。


「カミサマは、ここの神様なんですか?」

今度は咲希が口を開く。


「んー、難しいところだけど、そんなところかしら?」

もはや猫らしい、曖昧な、適当な回答が返ってきた。


「サキちゃんはどうしてここきたの?」

質問には答えないが、質問はしたいらしく、次々と聞いてくる。


「え、まあなんて言うんでしょう、ちょっとした気分転換、、、ですかね?

仕事辞めて時間があるので、1ヶ月ぐらい離島の生活でもしてみようかなーって思って」


この得体の知れない猫にどこまで話していいのか分からずに、変に気にされないような、当たり障りのない回答をした。


「あら、そうなのね」

興味が湧く回答ではなかったらしい。


「サキちゃんは、どこか観光した?」

「いや、まだです。今日着いたばかりなので。何かおすすめありますか?」


「そうね、やっぱとりあえず海じゃない?自転車ですぐ行ったところから綺麗に見れるわよー。小さいけど水族館もあって、結構おすすめ」

なんで自転車前提で話せるのかはよく分からなかったが、思った以上にまともな案をもらえた。


「海か、、、この後行ってみますね。水族館も面白そう。」


そう言うと、あそこは結構いいわよー、と満足げだった。水族館に入ったことあるのだろうか。猫なのに。


「カミサマは、ずっとここにいるんですか?」

「んー、まあ基本ここら辺にいるかな。多分」

相変わらず曖昧だった。


「また会えますか?」

「ええ、ワタシの気が向いたらね」


「じゃあ、紹介していただいた通りに海に行ってきますね」

「はいはーい、いってらっしゃーい。楽しんでね」


そう言いカミサマは再び寝始めた。


夢だか現実だかよく分からない現象を後に、特にいく場所も決めていなかったので海に向かおうと、自転車を借りに旅館へと戻った。


神社の階段を降りたあとに後ろを見上げてみたが、よくある映画のように消えることもなく、真っ白なカミサマは同じ場所で寝ていた。

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