蕎麦


コンコン


ベッドで寝転がっていると、ドアをノックする音が聞こえた。

恐らく荷物だろうと、急いでベッドから起き上がりドアを開ける。


「失礼します。お荷物、お持ち致しました」

大学生ぐらいだろうか。若めの男性が荷物を持ってきてくれた。


「あ、そこ置いちゃってください」


入り口のすぐ後ろにスーツケースを置いてもらった。

ドアを押さえながらお礼を伝えると、また何かありましたらフロントまで、と言い残し去って行った。


そのままスーツケースを中の方まで持ち込み、ベッドの横でひとまず開いた。今すぐ必要なものはないが、しわになりそうな服だけを取り出して、ハンガーにかける。


仕事をしていた時は服は基本、椅子やベッドに投げ捨てており、いちいちハンガーにかける余裕も時間も、気力もなかった。時間ができた今、果たして毎回衣服を丁寧に仕舞えるかどうかは見ものだ。


少々シワになった服たちをハンガーにかけていると、時刻はすでに12時を超えていた。今朝は急いで家を出たので何も食べておらず、とりあえずお腹を満たそうと携帯を開く。


地図アプリをタップし、検索バーに飲食店と打ち込む。

検索をかけると、ぐっと地図が縮小して、島全体が表示された。

自分のいる場所と幾つかの飲食店のマーク。そしてそれら全てを海が囲っており、改めて島に来たことを認識させられた。


マークは海沿いに多かったが、歩いて行ける範囲に蕎麦屋を見つけた。他にも何かないか見たかったが、もう一度ベッドに寝転ぶと出かけるのが嫌になってしまいそうで、とりあえずカメラと財布だけを持って出ることにした。鍵は携帯ケースの裏に仕舞えたので、いくら物を無くしやすいといってもきっと大丈夫だろう。


フロントまで降りて、下駄箱からスニーカーを取り出す。

木の下駄箱ではあるが、ここも作り変えたのか古汚さはない。


つま先で床を叩き靴を履いて、携帯で再度場所を確認した。旅館を出てとりあえず左にまっすぐ進めば着くらしい。


これなら方向音痴な私でも辿り着けるな、と携帯を閉じた。

生まれてこの方地図が読めたことがなく、もちろん東西南北もいまだに良くわからない。携帯がない時代に生まれていたら、果たして1人でどこかへ行けたのか心配なぐらいだ。


指示通りに道に出て歩く。道は綺麗に整備されているが、車通りもほとんどなく何も気にせずに歩ける。木々の間から海が見えるが、カメラを出して撮るほどではなかった。


カメラのキャップを外したものの、シャッター音を鳴らすことなく「そば処 喜蕎ききょう」と書かれた木の看板と、左向きの矢印に辿り着いた。


なんとなく、ここで看板の写真を撮っておいた。


矢印の先には所々苔が生えた石造りの階段があり、その上に民家のような建物が見える。外見だけ見ると営業しているのかは微妙ではあったが、暖簾が見えたのでとりあえず階段を登って入ってみることにした。


ドアを開けながら暖簾を潜ると、店員らしきおばあちゃんが机の片付けをしていた。

「あのー、今ってやってますかね?」

恐る恐る、一応聞いてみる。


「はい、やってますよ。お一人?」

少々甲高い、しかしハッキリとした声で返ってきた。


「はい、1人です」

咲希はそう答えると、どうぞ、と奥のテーブルの席を案内された。

お座敷の席もあるらしく、そこには小さい子供を連れた家族がいた。


席に座ってカメラを机の上に置き、メニューを見ると山菜そばが目に入る。

蕎麦屋に入って山菜そばがあればそれを頼むと決めているので、お冷を持ってきてくれた時に注文をした。


「山菜そばね。あったかいけど大丈夫?」

「大丈夫です。お願いします。」


伝票にメモをすると、厨房の方に戻って行った。


まだ店内はそこまで混んでなく、角に置いてあるテレビの街ブラ番組の音が、咲希のところまでよく聞こえる。テレビを眺めながら、ちゃんと見ていなかったメニューをパラパラと見てみると、冊子の間にInstagramのQRコードを見つけた。


携帯のカメラを起動し、見てみる。フォロワーは150人程度だが、毎月の営業日だったり料理の写真を投稿しているようだ。

こんな店の割にはと言ったら失礼だが、イラストやパターンを使って色鮮やかに、可愛くしている。


いいデザイン、咲希は素直にそう思った。


過去の情報を遡っているうちに、湯気が少し立っている山菜そばが運ばれてきた。

投稿を見るに、あのおばあちゃんは店長のお母さんらしい。


「はいお待ちどおさま、山菜そばね。ちょっと熱いから気をつけてね。」

そう言っておぼんを咲希の前におき、伝票を置いて再び厨房の方に戻って行った。


なめこなどのキノコ類を初めとして、その他名前の知らないような山菜が色とりどりに入っている。山菜そばは好きだけど結局何が入っているのかいまいちわかっていない。ただ美味しいのは間違いない。


とりあえず出汁を飲んでみようと器に手を当てると、思った以上に熱くてすぐに手を離した。


「あっつ、、、」


小さく漏らした声は、テレビから聞こえる食レポの音にかき消された。




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