第40話 いつもの日常へ(完結)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
五日間の休暇が終わってしまった。いよいよ明日から出社だ。
スマホでニュースを検索して、あの日の事件の犯人が自供していることを知る。神様さんに幽閉されていたときのことは錯乱状態だったためにあやふやになっているという話で進んでいるようである。また、事件の動機については詳細に語っているとのことで、怪異が操っていたわけではなさそうだ。
ケイスケと同棲していた女は、押しかけてきたのを追い出した話をケイスケにしたので彼が迎えに行ったようだ。カッとなって八つ当たりしていたらバチが当たって転倒し、顔面に怪我を負うことになったと彼女が説明したと聞いている。どこまで記憶が残っているのか怪しいところだが、私のところにはもう行かないと宣言したとのことなので、流石に懲りたのだろう。
めでたしめでたし。
ニュースのチェックを終えた現在は二十時を過ぎたあたり。新しい御守りは出社までに間に合わなかったなあと準備をしているところで、インターフォンが鳴った。画面に映っていたのはアニキで、私はすぐにオートロックの解除を行なう。
数分後、アニキは私の部屋に来ていた。
「明日からだったよな?」
「出社は明日からだけど、どうしたの?」
走ってきたらしい。汗がアニキの額に滲んでいる。
「実家まで取りに行ってきた」
鞄から取り出されたのは御守りだった。特殊な気配は今のところない。梅が入っているところは前のに似ている。
「って、実家? 公共交通機関で行っても半日くらいかかるのに」
「離島から帰ってくるタイミングで受け取れるように手配した」
「あー、それで昨日はうちに来なかったの?」
「そういうことだ」
頷いたアニキは、私の背後で様子を窺っている神様さんに目を向けた。
「これまで通り、弓弦に加護を与えてほしいって言伝だ」
「ありゃ、僕の加護でいいのかい?」
「他の加護が入った御守りを渡したところで、どうせあんた、自分ので上書きするだろ?」
ほいっと軽く投げて渡すと、神様さんは素直に御守りをキャッチした。
「そうかな。僕より強い加護があるなら、上書きなんてできないさ」
「へえ、そういう意識はあるのか」
なんか視線でバチバチやっている。アニキ的には、神様さんの存在をまだ認めたくないのだろう。
神様さんはああ言っているが、かなり強い力を持つ怪異である。燕尾服の男を消し去った影響もあるのか、封じられていた記憶がいくつか戻ってきているらしく、本来の力を取り戻しつつある。力の上昇がわかってしまうのは私の体質ゆえであって、アニキはこれまでの経験による勘や父からの話で神様さんを警戒しているのだと思われた。
「とりあえず、許可は得たと受け取るよ」
両手で御守りを包み込むと、神様さんはそこに息を吹きかける。御守りに力が宿るのが私にはわかった。
あ、この気配、今までのに似てる。
驚く私に、神様さんは御守りを手渡してくれた。これで明日からの通勤も安心である。
「――親父はこうなること、多分わかっていたぜ?」
「うん?」
「力を取り戻し過ぎた余剰分を、御守りに込めることで鎮めるように仕向けたんだよ」
指で示しながらのアニキの指摘に、神様さんはきょとんとしたのちに両手をポンっと合わせた。
「なるほど、賢いねえ」
「そういうことだから……弓弦を泣かせないでほしい」
「約束しかねるけれど、努力はするよ」
御守りに力を与えることで神様さんの力を削いで、私の負担にならないようにすることを画策したということだろうか。このまま一緒に暮らすことの実家からの許可は得られたと見てよさそうだ。
「弓弦も、なにかあったら遠慮なく言えよ。せっかく近所で生活しているんだから」
「心配性だなあ。大丈夫だって」
「そいつの見た目に騙されるな。弓弦の好きな外見であっても、怪異なんだからな?」
「うっ」
外見が好みなことをアニキに指摘されたくなかった。
言葉に詰まらせる私を、神様さんは背後からふわっと抱きしめる。
「嫌いな外見よりはいいと思うんだけどな。梓くんだって、僕の見た目は嫌じゃないんでしょ?」
「好きとか嫌いとか、どうとも思わん」
「ふふ、じゃあそういうことにしておく」
このまま会話しても神様さんのペースに巻き込まれるだけだと判断したのだろう。アニキは特大のため息をつくと背を向けた。
「オレはこれで。また連絡する」
「うん。気をつけて」
「梓くんにも加護をお裾分けしておくね」
神様さんは上機嫌だ。アニキの背中に神様さんの気配が少し被ったのがわかる。
アニキは手を振って家を出て行った。
「……弓弦ちゃん」
「今日はしませんよ?」
不意に胸を揉まれたので引き剥がしながら先手を打った。戸締りを確認すると、バッグの中に御守りをしまう。
これでよしっと。
「えー。君の中に直接加護を注いでおいたほうがいいかなって思うんだけど。久しぶりの外出でしょう?」
「心配要らないです。御守りも新調できましたからね。それとも、御守りに不備があるとでも?」
意図的に手を抜いたんじゃないかというニュアンスを込めて迫れば、神様さんは悔しそうな顔をした。
「万が一のことがあれば、あなたを呼びますよ。だから、安心してください」
離れていても、きっと神様さんは応えてくれる――そう信じられるから御守り一つで出社しようと思えるのだ。その期待を裏切らないでほしい。
私の気持ちが伝わったのか、彼はふぅと小さく息を吐いた。
「わかった。必要なときは、必ず僕を呼んでよ」
「それは約束してもいいですよ、神様さん」
私たちは約束をする。怪異との約束は慎重にすべきだと叩き込まれている私だけど、神様さんとならそのほうがいいように思えた。
「触れ合いが必要なときも、だよ?」
「そこは約束しかねます」
私の欲望によって生み出してしまった怪異との同居生活は、まだ当分の間続きそうだ。
《欲望の神さま拾いました 終わり》
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ここまでお付き合いありがとうございました。
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【完結】欲望の神さま拾いました 一花カナウ・ただふみ @tadafumi
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