流星群

藤光

みんなが寝静まった……

 蒸し暑い夜。真夜中になっても部屋の気温はなかなか下がらず、模擬試験が近づいているというのに勉強ははかどっていなかった。ペンを握る手をとめて、開け放した窓からぼんやりと空を眺めていると――。


 流れ星!


 南の空に白い光跡を残して星が流れた。

 窓から身体を乗り出して振り仰ぐと、空には満天の星が輝いている。星月夜だ。


 部屋を出た。夜風が汗で湿った肌に心地よい。もっと星がよく見える場所――海まで行こう。ぼくは自転車にまたがって夜の街を走り出した。だらだら下る坂道を右へ右へと曲がってゆくと、やがて目の前に暗い海が広がってきた。


 海浜公園で自転車を下りると、深夜にもかかわらず大勢の人が集まっていた。海に向かって開いている公園は街中とちがって空が広い。みんなぼくと同じように空を見上げていた。を待っていた。


 ☆


 数日にも及んだ戦闘は最終段階を迎えていた。敵軍の戦闘艦がつぎつぎとこの宙域に集結しつつある。彼我の戦力差は明らかで、長らくこの宙域を守ってきた要塞が無力化されのるは時間の問題だった。


『B-7区域で戦闘開始。戦艦アキラほか5隻が撃沈。7隻破損宙域離脱。損害率25パーセント」』

 睨みあってきた両軍の間で、ついに戦端が開かれた。


『A-2、3、6。B-1、5、6。C-3、4、8。戦闘開始』


 各宙区域がつぎつぎと交戦状態に突入していく。

 スクリーンモニターに爆発を示す光点がぞくぞくと現れた。


『戦力差大! 戦力差大! 各宙区域にわたって友軍の被害甚大。損害率40パーセント……45パーセント!』


 敵軍の攻撃は熾烈を極めた。友軍の艦船はよく守り戦ったが、圧倒的な火力の前につぎつぎと戦闘不能に陥ってゆく。撃沈された船、航行不能となった船は、地球の引力に惹かれて大気圏へと落下していった。


『司令官。友軍艦隊の損害率が50パーセントを超えました。敵軍が最終防衛線を突破します!』

「防衛艦隊を後退。要塞砲の射程外に離脱させろ。要塞主砲発射用意」

『要塞主砲発射用意!』


 要塞主砲「光束放射砲」は、地球圏防衛要塞がもつ最大にして最終の兵器である。防衛要塞に存在する全エネルギーを一度に放出。その威力は500隻の艦隊主砲を集めた火力に匹敵する。


『敵艦隊。主砲射程に入りました!』

「光束放射砲、発射」

『光束放射砲、発射!』


 まばゆい光りの束が、前面の要塞主砲からほとばっした。最終防衛線を突破した敵艦隊を光の帯が切り裂いてゆく。一瞬で敵艦隊の30パーセント、300隻の艦船が消滅した。しかし――。


『敵艦隊、止まりません!』


 圧倒的な戦力差にまかせて、敵軍は前進をやめなかった。全エネルギーを放出する要塞主砲に二発目はないことを見越しての戦術だった。このままでは反撃能力を失ったこの要塞が占拠されのは避けられない。


「総員退避」

『司令官!』

「総員退避だ、参謀長。われわれの敗北だ。この要塞は敵の手に落ちる前に破壊する」


 司令官としても断腸の思いだった。地球圏防衛要塞を失うことは、地球圏全体の制宙権を失うことを意味している。この上、要塞を敵軍に占拠されようものなら、制宙権の奪回は向こう数百年にわたって難しくなるだろう。要塞の破壊は不可避だった。


「総員退避。要塞は破壊する」

『……了解。総員退避。総員退避。総員退避……』


 一時間後、要塞司令官は要塞を三分割する自爆装置を起動させた。これが数百年にわたる地球圏争奪戦争にひとつの区切りがついた瞬間だった。


 ☆


 夜空を彩るは深夜から明け方まで続いた。空いっぱいに輝いていた星たちが、つぎつぎと明滅しながら流れ落ち、燃え尽きてゆくさまは、言葉にならないくらい美しい光景だった。


 東の空がうっすらと明るくなりはじめた頃、空を見上げていた人たちから歓声が上がった。西の空にあった、ひときわ大きな星が流れ落ちたからだ。みっつに割れたその星は、分かれながら西から東へ、白い煙とまぶしい三本の光跡を残して海の向こうへ消えた。それをさいごに数百年に一度といわれた流星群は終わった。


 日は昇ってくる

 ぼくは自転車にまたがって

 夜は消える

 いきおいよくペダルを踏んだ。

 

(了)

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流星群 藤光 @gigan_280614

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