【短編】歌姫世界の熱唱者 ~ゲーム知識チートは無理だったけど、声チートはできた話~

ハートフル外道メーカーちりひと

歌姫世界の熱唱者

「アニキぃ」

「もうやめましょうよぉ」


 手下二人が止める中、俺はスコップを振るい続け、土を掘り進める。

 

 ある。ここにあるはずなのだ。俺の知識では――

 

「おっ?」


 手元から感じる、土を掘ったときとは違う感触。硬い感触。これは……!

 

「あった! ほれ、テメーらも手伝え!」

「え、まじっすか?」

「いやいやいや、ないでしょ」


 手ごたえを感じた俺は手伝うよう促すも、二人が動く様子はない。ダルそうに岩の上に座り、ぷかーっとタバコをふかしているだけ。働く気は全く無さそうだ。クソッ、見つけても絶対分け前はやらねぇからな。

 

 せっせ、せっせと掘り進める。お宝を傷つけぬよう慎重に。そうして俺の前に現れたのは――!

 

「…………」

「わぁ」

「綺麗な石っすね」


 とてもきれいな石。メロという魔力的なモノが含まれており、一定の価値はあるだろうが、精製しなければ二束三文にしかならないだろう。とてもではないが労力に見合うとは思えない。

 

 俺はフルフルと体を震わせ……

 

「クソッ!! ふざけんな!! ここに序盤最強の剣があるはずだろーが!!」


 

 

 

 『レヴィヤルの歌姫』というゲームがある。

 

 とある日本ゲームメーカーから発売されたゲームで、剣と魔法のファンタジーを舞台にしたRPGだ。音ゲー要素を取り込んだ画期的な画期的な戦闘システムと、シナリオの良さで中々のヒットを叩き出したゲームである。

 

 そして俺は今、その『レヴィヤルの歌姫』の世界にいる。何でこんなところにいるの? と言われても答えようがない。いつものように会社に行き、いつものようにネチネチとしたパワハラを受け、いつものように泣きながら部長の毛根死滅を願っていたらここにいた。


『やったー! ゲームの世界で知識チートだー!』

 

 当初は困惑していたが、そのことに気づいた俺は喜んだ。なにせ、ゲームの世界である。ゲームの知識を利用すればサクサクと強くなれる。金だってザクザクだ。勝ち組になれることにそれはもう喜んだ。

 

『あれ? でもレヴィヤルの歌姫って……』

 

 が、次の瞬間気づいた。

 

 ――序盤しかやってねぇ。

 

 それなりにゲーマーな俺ではあるが、レヴィヤルの歌姫は……正直、合わなかったのだ。戦闘やらスキルツリーやらアイテム生成やらのシステム部分は前評判通り面白かったのだが、主人公がちょっと……。

 

 とにかく、俺はゲームの内容をほとんど知らない。タイトルにあるように歌姫的な女性が世界の維持に重要である事くらいか? ただ、そんなものはこの世界の人間なら全員が知っている。知識チートは不可能。

  

 ――それでも、それでも主人公なら何とかなる――!

 

 剣士として才気あふれる少年。確か主人公はそんな設定だったはず。その才能を利用すれば主人公にふさわしい強さを得られるだろう。


 まあ剣なんて竹刀しか振ったことないんだが、主人公補正があれば何とかなる。ついでに俺はどちらかというと強気な方なので、原作主人公と同じく戦いに向いているはずだ。たぶん。

 

 が、次の瞬間気づいた。

 

『アニキ大丈夫っすか?』

『最近ちょっと変っすよ? 日課のカツアゲもしてないし』

 

 俺の周りにいる者たち。部下というか手下というか、とにかく三下臭あふれるノッポとデブの二人。そして赤毛の男である俺。序盤しかやってない俺でも見覚えがあった。

 

『敵じゃねーか!!』


 物語の始まりの町で、主人公に絡むチンピラ三人。そのリーダーが俺であった。名前をリュー・カブキ。旅立つ主人公を待ち伏せし、やられてしまう役割の男。ネットでは『ざっこwwww』『手下二人の方が強ぇwwwww』と評される存在である。

 

 

 

 という訳でせっかくゲームの世界に来たのに何一つチートできない俺。「ステータス!」と叫んでもウィンドウは現れないし、ゲームチックなシステムは全て現実化されている。専門的な知識がなければポーション一つ作ることはできず、技術がなければ戦闘の基本技すら放てない。

 

 しかしどうしても諦めきれず。必死に何かを思い出してチートしようとする。今回は「音ゲーに慣れていない人の救済措置」という事で落ちているはずの剣を取りに、平原へと来た……が、影もカタチもない。それでも諦めきれず周辺をスコップで掘り返しまくったものの、やはり剣なんてなかった。

 

「ねえアニキぃ。いい加減にしましょうよぉ」

「そうそう。一攫千金のチャンスとか言っといて、成果ゼロじゃないですか。その辺の商人脅した方がマシですぜ」


 そんな俺に、ノッポとデブの二人が文句を言う。

 

 俺はぎろりと二人を睨む。

 

「いいかテメーら。これはな、宝くじなんだよ」

「「宝くじ?」」

「そうだ。しかも拾った宝くじだ。金も出してねぇ、盗みもしてねぇ、労力ゼロで手に入れた、当たり確定一億円のな。なのに換金所が見つからねぇ。探さずにどーする」


 ゲームうんぬん言っても間違いなく理解できないので、俺は例え話をした。が、二人は首をかしげるだけ。ちょっぴり例えが悪かったのか。そういやこの世界に来て宝くじ売り場を見た事が無ぇ。王都とかにはあるのかもしれないが。

 

 とにかく。俺は原作知識を利用したいのだ。ゲームの知識という何の努力もせずに得た、本来であれば価値ゼロの知識。それを生かし、楽して勝ち組になりたい。ズルくて羨ましがられてチヤホヤされる人生を送りたいのだ。能無しのクセに親のコネで部長になった部長のように。

 

 だが、今回もその目論見はうまくいかなかった。俺はトボトボと肩を落として町に戻ってくる。

 

「何やってるのかしらあの道楽息子」

「穴掘りに行ってたらしいわよ」

「穴掘り? せめてイモ堀りなら見直してやったのに」

 

 そんな俺を世間様の冷たい風が襲う。

 

 俺の評判は、正直とても悪い。それはもう悪い。当然である。カツアゲパワハラタチの悪いナンパセクハラ泥酔からの暴行アルハラなど、とてもタチが悪い事ばかりやってきたらしいのだ。まあ中身が“俺”になってからはちょっとしかやってないんだが、世間様からの扱いは未だクソ野郎である。

 

「へっへっへ。姉ちゃんたち、俺らに何か用かい?」

「楽しい事したいのかな~?」

 

 その世間様の意見を陰口というカタチで代弁した女たちに、手下二人が絡み始めた。うーむ、俺がクソ野郎扱いなのはこいつらの影響もありそうだ。まあ止めはしないんだが。何で俺の陰口を叩くヤツらに優しさを見せねばならないのか。せめて本人がいないところでやれや。

 

「こらっ! やめなさい!」

「ん?」


 ふと、後ろの方から聞こえた声。

 

 見れば、黒髪をツインテールに結った、気の強そうな少女がいた。

 

「リュー! いい加減にしなさいよね! 町の人に迷惑ばかりかけて!」


 つかつかとこちらに迫ってくる少女。ゲームで見た事の容姿と、聞き覚えのある声。彼女こそが『レヴィヤルの歌姫』のヒロインの一人、クロエだ。いわゆる幼馴染ヒロインである。もちろん俺ではなく原作主人公の。

 

「いや、俺じゃねえし。二人が勝手にやってるだけ」

「アンタの子分でしょーが! 悪い事しようとしてるなら止めなさいよ! それに、どうせアンタがけしかけたんでしょ!」


 キャンキャンとした声で叱ってくるクロエ。

 

 ぶっちゃけ怖くもなんともない。俺の実年齢からすればかなり年下だし、メインヒロインの一人だけあって可愛らしい容姿をしている。そのうえ声も声優さんがあてたような可愛らしい声。ううむ、お付き合いできるなら是非お願いしたい……なんて考えてしまう。

 

「テメークロエ。アニキになんか文句あるのかよ」

「そうだそうだ。いつもいつも邪魔しやがって」

「邪魔されるような事するのが悪いんでしょ! 商人さんを脅したり町の人に暴力振るったり、アンタたち最低よ!」


 そんなことを考えていると、クロエと子分二人がケンカし始めた。正義感の強いクロエと、チンピラの子分二人はとても相性が悪いのだ。

 

 ぎゃーぎゃーと言い合う三人。とてもうるさい。ご近所迷惑かつ通行人のいい見世物になってしまっているようだった。

 

「テメッ、このっ……!」

「ッ……!」


 加熱する口論。が、もとより口よりも手を出す方が得意な手下たちである。腹が立ったらしく、ノッポの方がクロエを殴ろうと手を振り上げた。

 

 これはいかん。俺は子分二人を止めようとした――その時。

 

「おい、その辺にしとけって」


 いつの間にかノッポの後ろに立っており、振り上げた腕を止めた金髪の男。

 

 見覚えのある姿だった。というか原作を知る人間なら誰もが知っているだろう。金色の髪に、黒いジャケットを羽織った中性的な容姿の男。背中にはロングソードを背負ている。コイツこそが……。

 

「シオン!」


 シオン・スパーダ。

 

 町を守る剣士にして、クロエの幼馴染。つまり主人公である。


「テメッ! シオン! 離せ!」

「クロエ。いつも言ってるだろ? 揉め事に首突っ込むなって」

「でもシオン!」


 怒り声を出すノッポだが、攻撃が止まったと判断したらしく、すぐに手を放すシオン。そしてクロエへと説教をし始めた。少しだるそうな、呆れたような声で。

 

 そのシオンに反発するクロエ。「女の子が危なかったのよ!」「クロエも女の子だろ? 危ないからさ」「けど!」などと言い合っている。今度は幼馴染同士でケンカか……

 

 かと思えば。

 

「なあクロエ。頼むから言うこと聞いてくれよ。俺はさ、大事な人が傷つくのが一番嫌なんだ」

「ふえっ!? だ、大事って、そんな、その……」

「? 何か変な事言ったか? 大事な幼馴染だろ?」

「…………」


 急にラブコメを始める二人。真剣な顔で「大事な人」とか言うシオンと、顔を真っ赤にしたりがっかりしたりとするクロエ。


 ――これだ。これがダメだったのだ。

 

 俺がゲームを続けられなかった理由。これがキツかったからこそ俺はレヴィヤルの歌姫を続ける事ができなかったのだ。正義感が強く素直、だけど鈍感な主人公という。

 

 まだ若い頃なら素直に感情移入できただろう。が、年をとってヒネた俺には無理だ。「いや、そりゃねーよ」「コイツち〇こついてんだろーか」という思いが出てしまい、冷めてしまった。

 

 とにかく、そのキツい存在が目の前でラブコメをしている。俺は「コイツ死なねーかな」という感情にさらされてしまう。

 

 プレイヤー目線だとキツいだけだったが、他人として見ると殺意すら感じる。「目の前でイチャついてんじゃねーよボケ」という。こういう積み重ねが原作のリューの行動を引き起こしたのかもしれない。確かにこれは闇討ちしたくなる。事実、手下二人は既にブチ切れかけている。

 

 だが、俺は大人である。嫉妬して殴るなど見苦しい真似はしない。

 

「チッ」

「あっ、アニキ」


 と言う訳で、大人しく立ち去る事にする。「明日は西の森に行く。テメーらの分のスコップの用意をしとけ」と手下に言い捨てて。

 

「チートチートチート……」


 子分らと別れた俺はぶつぶつと呟き、きょろきょろと周囲を見回しながら歩く。チート。チートが欲しい。好き放題できるチートが。アホに勝てるチートが。独り身の前でラブコメをするという気遣いゼロのアホをブン殴れるチートが。悪役らしくアホの女を寝取れるチートが。

 

 絶対に何かあるはずなのだ。特にここは主人公の故郷。おいしいサブイベントや、ゲーム後半になって初めて取得できる宝なんてのが隠されていてもおかしくはない。

 

 気づけば、周囲の人々が恐れおののいた様子を見せている。一体何故? と思うも、よくよく考えれば今の俺は非常に怪しい。不審者そのものだった。ちょっぴり恥ずかしくなるが、それよりもチートが先である。

 

「ん?」


 ふと、聞こえてきた旋律。

 

 一体何だと音の方向を見れば、広場にたくさんの人々が集まっていた。

 

 その中心にある高台にいるのは、神聖さを感じさせる白い衣装を着た女。唱者カンタッテと呼ばれる神官的存在だった。


『――――♪』

 

 楽器の演奏に合わせ、聖歌を歌う唱者カンタッテ

 

 この世界にはメロといういわゆる魔力的なものがある。土地や生物を繁栄させ、魔法の源にもなる重要なチカラだ。

 

 ただしメロは何らかの原因で汚染されてしまう事がある。そうなった場所の空気はよどみ、大地は力をなくし、生物は魔物と化してしまう。人が住めなくなってしまうのだ。 

 

 それを浄化できるチカラを持つ者こそが唱者カンタッテ。穢れたメロを歌で浄化する事ができるという、女性のみに発現する謎パワーの持ち主たちだ。

 

 唱者カンタッテは町々を巡り、メロが穢れを取り除くべく歌を歌う。だからこそに彼女らは世界でもっとも尊い存在とされ、人々の敬愛を受けているのだ。実際、目の前にいる人間たちは「ありがたやありがたや」という感じで聖歌を聴きつつ、祈りをささげている。

 

「ケッ」


 一方、女の姿を見た俺は悪態をついた。

 

 奴らは特権階級である。世界を維持するために必要な存在なだけに、奴らが所属する教会は莫大なお布施を集めているのだ。周囲の人間はそれを当然と思っているようだが、俺からすれば生臭坊主感がハンパない。

 

「大体へったくそなんだよ。人様に聴かせるならもっと練習しろや」


 そして浄化の素質を重要視するだけに、歌はあんまり上手くない。

 

 部長の十八番おはこのアイドルソングよりはマシだが、実物のアイドルよりは下。現代日本で様々な音楽に触れてきた俺からすれば稚拙に感じてしまう。まあそんな事を言えば袋叩きに合うのは間違いないので小声でつぶやくだけだが。


「あんなんならまだ俺の方がマシだわ。ファッキン・じごんす・ブレイカ~♪」


 歩きながらも適当に前世で覚えた曲を口ずさむ。カラオケは好きだったのでそこそこのレパートリーはある。演歌からポップス、ロックからアニソンに至るまで、有名どころなら大体は。

 

「ガバガバじごんすサムライ♪ 農民ヒデヨシドン引き~♪」


 周囲から「何なんだコイツは」という目線。唱者という存在があるだけに歌は宗教的なモノだと神聖視されている為だ。こんな神聖さからかけはなれた歌を歌うヤツなんていない。

 

 いや、そもそも聖歌以外の歌が存在しないのか。実際、俺も聞いたことがないし、数少ない原作知識によると、さっきのクロエが「歌はもっと自由でいいと思うの」なんて考えで歌を自作していたはず。で、周囲に少し変な目で見られていて、シオンだけがクロエを応援していて……って設定だったはずだ。

 

「ファッキン・じごんす・ブレイ……ん?」


 ふと、気づく。

 

「あー、あー」


 …………

 



 ……!

 

 

 

 * * *

 

 

 数か月後。

 

「きゃあああああっ!!!」

「リュー様ぁぁぁぁぁ!!!」


 先日と同じ町の広場。

 

 ただし高台にいるのは唱者ではなく、俺。それと手下二人。

 

「=======!! ========♪」


 俺が声を出すたびに盛り上がる聴衆。広場は満員となり、その先の道にまで人が押しかけていた。

 

 その原因は、歌。全員が俺の歌に盛り上がっているのだ。


「=====♪ ========!!」


 センターで熱唱する俺と、両サイドでギター(のようなもの)を弾くノッポ、ドラム(のようなもの)をかき鳴らすデブ。


 この間、俺が気づいた事。それは声であった。

 

 『レヴィヤルの歌姫』はフルボイスのRPG。一人一人に声優が付き、メインキャラクターについてはゲームオリジナルの歌を作中で歌う。ゲームのオープニングやPVでそのうちの幾つかが流れていた記憶がある。

 

 もちろんチョイ役の俺が歌ったりはしないのだが、フルボイスなのできちんと声が割り当てられている。だから何だと以前は思っていたのだが――歌うと、それはもういい声が出ることに気づいたのだ。唱者どころではなく、メインキャラクターの歌を超える程に。

 

 一体なぜ? もしやリューもそのうち唱者になるのか? いや、唱者は女しかなれないはず――そう疑問に思った俺だが、一つだけ心当たりがあった。

 

 レヴィヤルの歌姫とは別の、全く関係ないアニメ作品。その作品も歌が重要という設定なのだが、重要視するあまり「キャラクターの会話部分は声優に喋らせ、歌はプロの歌手に歌わせる」というとても豪勢なマネをやったのだ。

 

 そしてそのキャラクターと俺は同じ声。だからこそこんな一線を画すような声が出るのだろう。その歌唱力はすさまじく、メロなんて微塵も込められていないのに大人気となった。むしろファンの中には唱者すら存在する。


「うあああああっ!!! リューさーん!!!」

「シ、シオン……」


 ていうかよく見ればシオンまでいる。頭には『BURNINGバーニングRYUリュー』のハチマキ、手にはサイリウム(のようなもの)。ガチファンといった様子だった。素直なだけに素直に俺にハマッたようだ。

 

 そしてその様子にちょっぴり引いているクロエ。どうやらヒロインクロエから主人公シオンを寝取ってしまったらしい。……そうじゃない。そうじゃないんだ。俺は逆が良かったんだ。

 

 人生とはままならないものである。






「いやーん、リュー様のえっちー」

「リュー様ぁ、私の方も見てー」

「リュー様素敵ぃ」


 そうしてライブが終わり。


 俺ら三人は打ち上げに来ていた。場所は酒場である。ちょっぴりえっちな格好のおねーさんたちが隣で接客してくれるサービスつきの。


 その店の一番いい席でふんぞり返り、ソファーに身を預ける俺。もはや俺の人気は止まらず、この町どころか地方全域に広がっている。国中に広がるのも時間の問題だろう。ゴミ扱いされるチンピラから頂点の歌手となってしまった。もちろん金に困る事なんかない。流石はチート。

 

「セックス・ドラッグ・ロッケンロール」


 両サイドにいるおねーさん方を両手で抱き寄せる俺。サングラスをし、タバコをふかしながら。女とクスリと音楽――正にロックンロールドリームである。まあタバコはドラッグと呼ぶには弱いが。あと、実はあんまり吸いたくない。服が臭くなる。


 近くでは俺と同様調子こいている手下二人の姿。おねーさん方に鼻の下を伸ばし、「やっぱ音楽ってのはさー」とナンチャッテ音楽理論を語っている。ちょっと前までは音楽なんか何一つ興味なかったクセにだ。

 

 まあコイツらはチートなんて微塵も持ってないからな。一日数時間くらいのボイトレで済んだ俺に比べ、練習には相当苦労していた。「も、もう無理っす」「腕が、指が……!」なんて泣き言を何回聞いたことか。その努力を考えれば少しくらい調子こくのは許してやろうじゃないか。

 

 この世の春を味わう俺たち。思っていたチートとはちょっと違うし、何なら努力してしまってる気もするが、これはこれで悪くない。よくよく考えればゲーム知識でチートなんてすれば、ほぼ間違いなく戦いに巻き込まれる。後方でイキるならまだしも、実際に戦うなんて意識高い系なマネが俺に出来る訳がない。

 

(いや、まだだ。まだ足りねぇ。俺のチートはこんなモンじゃねぇ。世界中のヤツらに俺の歌を届けねば――!)


 そしてファンたちの財布をカラにしてやらねば。俺はサングラスを外し、天を仰ぎながら希望に満ちた将来を思い浮かべる。思わず笑みが漏れてしまう。

 

 そんな俺にキャーキャーと黄色い声を上げるおねーさんたち。キミらを養分にしようとしているのにだ。憧れとは理解とはもっとも遠い感情……なんて前世で聞いた言葉が思い浮かぶ。控えめに言って最高の気分であった。

 

 

 

 この時、俺は知らなかった。




「リューさんパネェ」

「最高」

「聖歌じゃないのに、すげーパワーだよな」

「いやいやいや、知らないの? あれ聖歌だよ」

「まじ?」

「あんなに凄いのが聖歌じゃない訳ないじゃん。常識で考えなよ」




 世間で、ものすごい勘違いが広りつつある事を。



 

「世界初の、男性の唱者様。きっと世界の悲鳴を止めてくれるに違いありません。ぜひ大聖堂までお招きせねば」

「かしこまりました。小さな歌姫ディーヴァ様」


「世界初の、男の唱者? フフッ、面白いじゃない。どうやって邪唱者ディア・カンタッテに墜としてやろうかしら?」

「盟主様の思うがままに」

 

 

 

 そしてその結果、ものっすごい人たちが動いてしまう事を。


 

 

────────────────


 以上、レヴィア・クエスト第六章でネタにした内容を別方面に発展させたもの(というか元ネタに近づけたもの)。

 短編で書いてみたけど、肉付けしたらやたら設定が多くなった。

 

 以下、リューくんの今後の可能性。

 

・小さな歌姫様ルート

 世界最高権力者に寵愛される勝ち組ルート。ただし相手はロリである。そして「異世界だから問題ないもん!」などのご都合主義は存在しない。普通に人々からロリコン扱いされる。ある意味ロック?

  

・悪の盟主様ルート

 世界最悪のテロリストとラブラブになる負け組ルート。ただし相手はドスケベボディの可愛い女の子。世間様から後ろ指刺されつつも男たちからものすごく羨ましがられる。間違いなくロック。

 

・???ルート

 「ファンの風上にも置けない奴らめ……! リューさんは、俺が守るッッッ!!!(←原作でヒロインに対して言うセリフ)」

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【短編】歌姫世界の熱唱者 ~ゲーム知識チートは無理だったけど、声チートはできた話~ ハートフル外道メーカーちりひと @aisotope

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