明日イオンに行く。ついでに女を殺す。

首領・アリマジュタローネ

明日イオンに行く。ついでに女を殺す。



 散歩がてら月を眺めていた。夜風を浴びながら音楽を聴く。この瞬間が一番好きだ。たまらない。

 散歩の魅力は自分一人で楽しめるという点にある。他者という不純物が混じってしまうと途端にそれは陳腐なものへと価値が下落してしまう。

 だから私はSEXがあまり好きではない。女とお酒は同じくらい苦手だ。



 何故、神は性別などという不純物を我らに与えてしまったのか。

 何故、女性や老人や子供を労ろうなどという謎の理屈がまかり通ってしまっているのか。

 つくづく疑問だ。



 しかしながら性欲というものは厄介で自ら処理しながら沸々とマグマのように湧き出てきてしまう。だから私は嫌々ながらSEXをする。

 一時期こんな性に溺れてしまう自分に嫌悪感を抱いてしまって、生殖器を切り落としてやろうかと思ったことがある。ハサミを取り出して股の間にあるその棒切れをチョッキンしようと試みたが、あまりにも痛かったので途中で諦めた。今でも生殖器には当時の傷が残っている。

 そういえば一度だけそれを見せた女に笑われたことがあったな。まあその話はまたおいおいで。



 速度を調節しながら園内を一周する。この公園は約一五周でフルマラソンと同じ距離感に値する。勿論、そこまでは歩かない。疲れたら家に戻るだけ。家が公園の近くでよかった。疲れたなら眠るのだ。今日はどんな夢を見るだろうか。

 散歩などというのは単なるストレス発散行為に過ぎない。自慰行為と同じく、溜まったものを処理するだけ。しかしこんなことに私は幸せを感じてしまっている。趣味といってもいいかもしれない。

 深夜なので誰もいない。心地が良い。

 月夜の下で踊る。私は踊っている。身体をくねくねと揺らしている。Bluetoothからはjazzが流れている。久々にBARに行くのも良いかもしれない。とはいえど、お酒は苦手だ。

 どちらかといえばカフェのほうが好きだ。コーヒーの、あの、ほろ苦さはクセになる。別に私がカフェイン中毒者だからというわけではない。ただカフェが好きなだけである。それの何が悪いのか。

 よく言われるじゃないか。カフェで音楽を聴きながら本を読んでいるやつを“自己陶酔しているだけの愚か者”と呼ぶ輩が。あれには心底腹が立つ。

 確かにナルシズムというのはある。男ならば誰しもそうだろう? それは他者にどうのこうの言われたくはない。他者の干渉を許してしまえば途端に世界は鉄錆へと変わる。そんなのはいやだろう。



 私はただのはがないサラリーマンだ。



 いつもながらスーツに身を纏い、ネクタイを締めて、出社して、上司に怒鳴られながら仕事を行うだけのご身分。在宅勤務が当たり前になってきている時代にわざわざ会社まで出向いて、怒られるためだけに仕事をする毎日。勿論、これら全ては私が選んだので不平不満などは吐かない。大学を卒業してもう六年近くになるが、最近になってようやくこの生活にも慣れてきた。

 人間というものは単純でスーツと名刺だけ持っていれば社会人という扱いをしてくれる。

 お金を稼ぐのは大変だ。

 私はモラトリアム期間が長かったのでしばらく迷子になってしまっていた。ずっと理想の自分というものを探し続けていた。そんなものはどこにもないというのに。

 あるとき、ふと気が付いた。

 もう考えるのはやめてしまおうと。

 立ち止まっていても何も見えてこないと。

 不安というものは消えない。寂しさはずっと付き纏い続けるし、どこまでいっても人間は独りぼっちだ。女は仮初の幸せをSNSにアップするけれど、結局はそれも他者との比較でしかない。自分というものがない証拠である。

 社会に居場所がないのは私もそうだ。

 だが、もうそれは仕方ない。

 周囲に不平不満を吐き散らして愚痴をこぼしたところで何も変わらないのだ。

 海のように穏やかな心を持って、世界を達観すればいい。そうすれば今より幸福になれるのだから。



 踊りながら公園を散歩し続ける。帰りにコンビニで好物のシュークリームを購入しようかと思い始めた頃、髪の長い女が私の横を追い越した。

 踊っている私を一瞥して、そのままの勢いでグングン先を走ってゆく。

 お尻にハリがあるジャージ姿の女。

 深夜二時にも関わらず、なぜこの女はこの時間にジョギングをしている?

 イカれている。ありえない。そして、いまアイツは私を嘲笑ったのか? why?



 勝ち誇ったようなその表情が頭から離れない。生意気な女だ。女は苦手だ。酒と同じくらい苦手だ。

 気が付いたとき、私はその女を殺していた。





 最悪な寝起きだった。嫌な夢をみた。持っていた鞄で女の顔面を殴りつける夢。不愉快極まりない。

 ……疲れているのだろう。仕方あるまい。ここ最近は新型感染症の影響で受注も減っており、会社全体の売れ行きが下落していたことから、上司からの当たりも強くなっていた。だから変な夢を見てしまったのだろう。やれやれだ。



 テレビを付ける。近くの公園で殺人事件が発生したらしい。ふむ、酷い事件だ。ほっといても病によって人は勝手に死んでゆくのにどうしてわざわざ殺す必要があるのだろうか。ああでも報道では「私怨か?」と言われてるな。ならば色恋沙汰が関係っぽい。恋愛トラブルか。本当にくだらないな。



 しかしどうしてこんなニュースばかりをメディアは取り上げるのだろうか。つくづく腐っているな、この国は。本当に呆れる。

 そもそも政府はいつになったら次の給付金を支払ってくれるのだろうか。一度支払って「はい終わり」というのは流石になしだろう。こんなにも世界全体が不安定になっているというのに。

 ロシアはバカみたいに争っているし、北朝鮮はミサイルを連発し、南海トラフ地震がいつ発生するかもわからない。

 ガス代は高騰し、物価は上昇し、経済は危機的状況下にある。

 高齢化社会の歯止めは効かず、若者たちはいっそ骨を折ることになるだろう。

 コロナ禍の影響によって、たくさんの飲食店経営者が首を括った。

 悲しき哉、それは仕方ないことではある。

 生き残りを賭けたデスゲームに負けた敗者は死ぬのが生物の運命だ。

 まさしく今際の国のアリスだな。

 貧富の差が激しくなるというより、国民全体が貧乏になり、もう既に日本はオワコンと化している。

 くだらない暴露YouTuberを政治家にさせて、謝罪させるか否かなどどうだっていい。

 どうでもいいつまらないお笑い芸人たちの内輪的なノリもクソほどに興味がない。

 そんなことよりもこれからの日本の未来について考えなくてはならないはずだ。

 せっかくのアニメや漫画文化もこうなってくると、いずれ中国やインドなどといった国に抜かれるのは間違いないだろう。

 未来は真っ暗である。


 トーストにジャムを塗ってゆっくりと噛んだ。

 今日の正座占いの結果は最下位だった。つくづく、ツいていない。



 はぁとため息をつき、スーツに腕を通してから、いつものように出社する。



 ×××



 カフェでコーヒーを飲みながら読書を楽しんでいる。休憩時間はあまりないが、僅かなストレスをカフェインが中和してくれる。



 今読んでいるのはサイコパスの伝記ものだ。人を殺すことを何ら躊躇わない精神病質者が何故そのような行動を移してしまったのか、獄中にいる彼らにインタビューするというもの。

 これが中々に興味をそそられた。

 本屋にてジャケ買いをしたのは久々である。



 しかしながら読んでいて途中でがっかりしてしまった。あまりにも凡庸すぎて読み応えがなかったのである。

 なんというか「幼い頃から家庭環境が悪くて……」とか「脳に障害があって……」とかお決まりのテンプレ設定なのである。最早何番煎じなのだろうか。煎じ過ぎて味がしなくなっている。

 Jokerという映画でも至って普通の人間が何故悪のカリスマへと変貌したのか、というテーマを描いていた。あれも結局は畳み掛けてくる不幸に精神をやられて怒りによって開き直ったってだけの作品だったな。



 あまりにもつまらない。単純すぎる。そもそもサイコパスが人を殺す狂人、という認識自体が稚拙だ。人が人を殺すのには様々な理由な背景があるのは当然なのに、それら全てサイコパスだと一括りにしてしまうのは完全なる思考放棄であろう。

 生きたくても生きれない人がいるんだ!という言葉もあるが、あれと対比させるように殺したくて殺したくて仕方ない殺人鬼を描いている。極端すぎる。

 どうしてそうやってすぐ100・0思考で物事を捉えてしまうのだろうか。創作に出てくるキャラクターではないのだから、もっと人間を多角的に見るべきだろう。

 そもそも彼らの本当の動機なんてわかるはずがない。殺人の動機なんてものは主観でねじ曲がっているだけに過ぎないのだ。

 理解しようともせずに単純な決めつけだけで「殺人を犯したのはサイコパスだから!」というのは変な話である。

 奴らは宇宙人だから!別の生き物だから!と判断するのも少し違うと思う。

 本を閉じる。後でメルカリで売ってしまおう。



 それにしてもいつになれば頼んだスイーツは来るのだろうか。もう入店してから30分は経過している。これでは休憩時間が終わってしまう。



 キッチンのほうを眺めると店員同士がヘラヘラと談笑を交わしていた。若い男女が喋っている。女がレジのほうに腰をかけて「ウソー、マジで!?」と甲高い声をあげている。キッチンの男も手を止めてウソー、マジで!?との会話を続けている。私のスイーツを作る気配は毛頭ない。女が話しかけているから作れないのだろう。やはり女はクソだ。あの女がいなければ私は今頃こんなストレスを抱くことなく、コーヒーとスイーツを楽しめていたことであろう。



 若い女の制服の胸元には「七瀬」と書かれていた。名前を携帯のメモに入力する。ついでに顔写真も撮影しておいた。後で待ち伏せして自宅に監禁する。





 手を縄で縛られた女が涙目で私を見ている。

 私も女を見ている。

 彼女はガムテープで口を塞がれている。



 こういう輩は痛い目を見て当然だ。働いている以上、賃金が発生する。きちんとしたお給料をもらっておきながら、それに見合った働きをしないだなんてどれだけ責任感が欠如しているのか。そもそもどんな生き方をすればこんな人間に産まれるのか。親の顔が見てみたいものである。



「君はどうしてそんな人間になってしまったんだ?」



 問いかけるが女は泣きじゃくるだけで応じない。ずっと怯えた表情で私を見ている。



「君のような低脳にあれこれ言葉を投げかけたところで、きっと君のような低脳には理解できないのだろうね。むしろ感謝してほしいものだよ」



 ビリビリに引き裂かれた服からは白い素肌と共にふりふりのレースが見え隠れしている。興奮などはしない。むしろ嫌悪を覚える。この後に及んで私まで誘惑しようとしているのか?



「七瀬さんだっけ? 君は可愛いからモテるんだろうね。身長が低く、笑顔も素敵だ。言葉に品はないけれど、華奢で色白でお人形さんみたいに美しい。けれど、同じ職場の男を誘惑するのは頂けないな」



 女が正座したまま、首を振っている。

 弁明させるつもりはない。



「さっき君の顔をGoogleで画像検索したところ、君のSNSのアカウントを発見したよ。なるほど、まだ大学一年生なんだね。19歳か。彼氏はいるのかな? 今日、キッチンにいた彼がそうなのかな?」



 女は泣きじゃくったまま、首を横に振る。



「違うのか。でも彼のこと好きなんだろう?」



 女は泣きじゃくったまま、首を縦に振る。



「純愛だねえ。でも、もう会えないねえ」



 私はそれを嘲笑った。



「君は処女かい?」



 女は一瞬躊躇したが、ゆっくりと首を横に振った。

 さっきあれだけ調教した甲斐があった。どんな質問にも答えてくれる。



「処女じゃないということは既に男性経験があるということか。汚らしいな。やはり女という生き物は誰にでも股を開ける下等生物なのか。……残念だ」



 私は椅子から立ち上がる。

 女が目を瞑って首を引っ込める。



「女という生き物は本当に愚かな生命体だね。男よりも劣っているのに酷く傲慢だ。お会計のときには財布すらも出そうとはしない。SNSでは煌びやかな投稿を上げてリア充アピールをするくせに、陰では同性の足を引っ張って異性の奪い合いばかりしている。あまりにも卑俗的な生き方をしている」



 テーブルに置いてあったコーヒーを飲む。

 カフェインが頭を覚醒させてくれる。



「いいかい? 七瀬さん。君はね、女という生き物に産まれた時点で既に人生が終わっているんだよ。感情的になれば男を出し抜けるだなんて思わないことだね。君の人生の教訓にその教えがなかったことが君の敗因だよ。わかるかい? わかったなら土下座をしなさい」



 女が泣きながら土下座をする。

 よしよし、いい子だ。



「ふふ、すまない。女という生き物は男からあれこれ命令される従属的な生き方を好む生物だということを知っていたからねえ。ついつい意地悪をしてしまった。顔をあげて、綺麗な顔を見せて」



 近づくと、女がゆっくりと顔を上げた。

 顎のあたりを持つ。身体が震えている。



「怖いかな? 怖くないよ。こんなもので辛い悲しいなんて言っていたらこの先の人生をうまく生きていけないんだからね。その前に君の人生はここで終わってしまうけれど、まあそれも仕方ないよね」



 女が泣いている。最高だ。



「罪には罰を受けなくちゃならない。いいかい? 君の罪は私のスイーツタイムを邪魔したことだ。私は女が苦手なんだ。お酒と同じくらいに苦手なんだ」



 持っていたコーヒーカップを女の頭上で傾ける。

 女の髪の毛と顔にコーヒーが降りかかる。

 カップは壁に投げつけて叩き割る。



「んー、良い香りだ。よしよし。大丈夫。すぐに終わるからねー。怖いよね? え、怖くないかい? どっちでも私は構わないけれど、でもどちらかと言えば怖がっている君のほうが好みかな。私に従属し、屈服し、普段の強気な言動とは打って変わって、ただただ恐怖に身を震わせているだけの君のほうが可愛いと私は思うね。ネット用語では“リョナ”って言うのかな?」



 頭を撫でて笑顔を浮かべる。

 血で滲んだその顔はどこか美しかった。



「さて、君を蹂躙して殺すのは確定ではあるけれど、せっかく自宅まで招待したんだし、このままただ遺体となり朽ちてゆくってのもつまらないよね。そうだ。なにか死ぬ前にしたいことはある? あ、喋れないんだっけ。ごめんね、下品な言動が嫌いだから声は聞きたくないんだよ。いいかい? 来世ではちゃんと男にケツを振らずに、きちんと仕事をするように心がけるんだよ。覚えておくように」



 私はチャックを下ろす。

 そのまま、女に命令を下す。



「じゃあ、後ろを向いて。こっちは処女じゃないんだろう? 私はね、これでもーーお尻フェチなんだ」





 面白い作品を読んだ。|薊(アザミ)という作者が描いた『私』という小説だ。中々にぶっ飛んでいて楽しめる。

 先日、この薊という作者は引退を宣言した。これまで“狂気の天才作家”と注目されていたのに、ここにきて急に引退を宣言するとは残念だ。ファンも落胆しているだろう。

 それにしても狂気とはなんなのだろう。確かに薊という作者の考え方、思考に至るプロセスなどは常軌を逸しており、普通などと呼ばれる他の人間たちとは明らかに異なっていて斬新な作りになってはいるが、狂気さが伝わってくるかと聞かれると疑問を抱く。

 天才ではあると思うが、狂気的ではない。

 本当の狂気とはなんでもないことだと私は思う。



 そもそも誰が狂気を判断するのか。頭がおかしいと呼ばれる人間たちにもそれなりの信念や動機があるのではないか。確かに作家というものは狂っていたほうが面白い作品を書けるのかもしれないけれど、狂っているだけで中身が詰まっていなければそれはよくある凡庸なものに成り下がるに違いない。

 創作という世界においては作者の狂気なんてものは度外視される。結局は面白いかどうかだ。



 私はコーヒーが好きだ。それと同じくらいに女性のお尻が好きだ。しかしながら女性は苦手だ。ビールと同じくらい苦手だ。アルコールが回ると思考が鈍り、自分を制御できなくなるから苦手だ。



 恐らくではあるけれど、人を殺すような人間は特別視されがちではあるが、別に至って普通の趣味嗜好を持っているだけであると私は推測する。



 単に本能に忠実なだけの人間なのであろう。人に共感せず、平気で他者に苦痛を与えるのも、それよりも好奇が勝ってしまうからなのだ。ハムスターが同じ籠に入っている同族を本能的に殺してしまうように、殺人鬼も本能的に無差別に人を殺してしまう。

 それは仕方ないことなのだと思う。



 彼らを擁護したり、正当化したりしてるわけではない。勿論彼らは裁かれるべきだし、罪には罰を与えるのは至極当然のこと。人を殺した人間は殺されても文句を言えないわけだ。

 だが、死刑制度に賛成かと言われればそれも難しい。

 どんな犯罪者にも更生する可能性だってあると思うし、凶悪的な事件を起こした悪人もやりたくてやったわけではない。ただ生きるのは必死なだけなのだ。

 だからきっと、そのような考え方を抱いていれば……彼らを許せるようになるのかもしれない。



 薊の本を閉じる。本棚にそれを戻して、コーヒーを一口。今日は久々の休日だ。早起きしたし、どこかに行くのもいいかもしれない。



 床が血で汚れている。後で掃除しなくては。ホームセンターに行ってそれからそれから、ああそうだ。久々に映画を観たいな。ハウス・ジャック・ビルド、あれが面白そうだ。ふむ、トイレットペーパーの替えもなかったかもしれない。おっ、カフェインが効いてきたぞ。



 よーし、明日はイオンに行こうか。

 そしてついでに女を殺そう。


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└→シリーズ完結作品【有害。(18禁注意)】

https://novel18.syosetu.com/n9354je/

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