第八章 灰色の地に佇むガラスの宮殿➁
私は目を開けて、一瞬自分がどこに居るのか理解できなかった。
体が重い。呼吸するだけで精一杯で、うまく酸素を肺に吸い込まれないが、いつも巣枠で体験した希薄な空気じゃない。重い考えはうまく回転できず、その差を分別することができなかった。
薄い灰色の天井には繊細な模様があり、お互いをつなぎ合わせ、より複雑な模様を構築した。
暫くして、私は猛然と傍に誰かがいることに気づいた。振り返ればエーデルが両手を胸に当てて椅子に座り、壁によりかかって小さないびきをかいた。
「そうか、私はもう月に来た……」
この独り言は非現実的のように思えた。
オフホワイトの部屋はかなり広く、同色系のシンプルな家具で飾られた。壁には大きな額縁写真をかけており、煙雨楼の最上級華房と比べても劣らなかった。
「起きましたか。どこか気分が悪いところはありませんか?」
「うん……な、ない……」
「それはよかったです。ソフィアに検査してもらった、体に問題はありません。しかしもしかしたら精神的には少し影響があるので、リラックスしてください」とエーデルはため息をついて言った。
「……ソフィア?」
「僕の同僚、気絶する前に会ったはずです」
頭の中にうっすらと白いローブを着た女子の姿を浮かんだが、その容貌はぼんやりとしていた。応じた後に、「ここはどこだ?」と尋ねた。
エーデルは答えず、ただ隅のテーブルの傍に近づき、グラスに水を注いだ。
この時、私はエーデルが新しいスーツに着替え、その上に白いローブを着たことに気づいた。それは小惑星基地で見たことのない奇妙な扮装だ。
「飲んでください」
私は震えている両手でグラスを持って、少しずつ飲んだ。
きれいな水が喉を滑った時、内側をチクチクと刺激していた。
私は頑張って飲み込み、気が付いたらもう水を飲み切った。
「もう一杯を要りますか?」とエーデルは尋ねた。
私は頭を振り、グラスを置いた。
「ここはどこ?」
「月です」
「そん、そんなの知っている!もっと詳しい話を聞いている!」
「ここは『ハーミス月海基地』、『颶風洋』の境界に建てられている十大基地の一つです。約二万ほどの住民がここに住み着き、主に管理や事務処理を担当しています。これで十分詳しいでしょうか?」
「……私が知る限り、月には『海』がない」
「数百年前に地球人がつけた名前を受けついただけです。そこが気になあるのなら、『月面基地』と呼んでもいいです」
私は言葉を続けなかった。暫くしてから、私はベッドの傍にある低いたんすに、キラキラと輝く欠片があることに気づいた。
それは金属の青い花びらの欠片だった。
角がはっきりしている欠片は光に照らされて輝き、表面は依然として些細な割れ目に満ち、その横にはひとつまみの青い粉末がハンカチの上に収められていた。
「え?何、何で……」
「気絶したときに押しつぶしました」
エーデルは簡潔に説明し、手を伸ばして私の手首を掴み、触ろうとした動きを止めた。
私は振り解こうとしたが、エーデルの力が強かった。むしろ、月の重力の元で全然力を出せず、ベッドの上に座るだけで精一杯だった。
エーデルが手を離すのを暫く待った後、私はベッドに横たわり、強く息を整えた。
エーデルはまたきれいな水を注いでくれたが、私はそれを受け取らなかった。
「一体何がしたいのか?」
「……千華、あなたはゾイさんの妹さんで、その目で空を見ることを一心に憧れていました。だからこのハーミス月海基地に連れてきました」
「何のために?」
「そんなに警戒しなくても、こうしたのは自分のためです。あなたの体が回復した際に、全てのことを隠さずに話します」とエーデルは言った。
テーブルの縁に置くグラスには泡の一つもなく、煙雨楼の華房でも珍しい工芸品だ。
グラスの中の水は非常に澄んでおり、淡い揺れている光と影を映り出していた。
「今教えて」
「先に休んでください」
「もう何回も誤魔化された。今言って!」
私は小声で叫んで、すぐにベッドの傍にある杖を取り、必死に立ち上がった。
「もう少し休んだほうがいいと思います」
「立ち上がれるのなら、その『理由』を聞くこともできる」と私は諦めずに言った。殆ど全身の体重を杖に支えて、ようやくしっかりと立つことができた。
「倒れたら、僕とは関係ありませんから」エーデルは仕方なくそう呟いた。歩みを早くしてドアの傍に歩み寄り、身を横に向いてドアを開けた。
「では話しに向いている部屋に行きましょう」
私は歯を食いしばって杖に支え、一歩ずつゆっくりと部屋を離れた。
明るくて綺麗な廊下にオフホワイト色のタイルを敷いて、表面には精緻な模様があった。暫く経ってから、それはさっきの部屋の天井と同じことに気づいた。
ここは同じく生活エリアだから、色々な音が聞こえた。
何名か同じように白いローブを着ている人々は部屋と廊下を行き来しており、エーデルに気づいた時はいつも会釈してから手元のことに取り掛かった。
暫くして、私たちは極めて広い部屋に着いた。百人くらい収容できるスペースがあり、隅にきれいに収納されているデスクと椅子を置いて、恐らく会議室か大きいレストランのような用途をした部屋だ。
「ここはどう見ても話しに向いてないだろう」
「ただついでにここに来ただけです」
エーデルは何も構わずに壁側に歩み寄り、電子パネルを操作していた。
それから、元々深い灰色をした壁は急に捲り上げ、その後ろの掃き出し窓を出した。
「ここがこの前に言った月の面を眺められる部屋で、あなたたちが言う『ガラスの宮殿』です。このハーミス月海基地に踏み入れられる歌姫、学者、エンジニアと召使いは、一番最初にここに来たいと思うらしいです」
エーデルはそっと説明した。
歌姫と召使いの他に、他の職業の小惑星人を月に連れて来るんだ。
「お姉ちゃんもここに来たことがあるのか?」と私は尋ねた。
「はい」
答えを聞いた瞬間、心にある種の暖かい気持ちが湧いてきた。
ここには私が知らない姉が存在していた。
エーデルの口から知った過去ではなく、確かにこの位置にいた。
私は強く杖を掴み、ゆっくりと前に進んだ。
掃き出し窓越しには外の深い灰色の月の地面が見えた。果てしない大地が延々と伸ばし続け、もっと遠くには聳え立つ山脈の輪郭があった。漆黒で深い夜空は無数の星々に満ち、燦々と煌めいていた。
それが檻に居ては絶対に見ることができない壮麗な景色だった。
私は強く瞬き、震え上がらせるようにずっと見つめ、長い間に言葉にすることができなかった。
エーデルは促すことなく、静かに壁の傍に立った。
「小惑星基地に居た頃、殆ど全ての住民は月の『ガラスの宮殿』に関する話題を出したことがあった。誰も実際に見たことがないのに、全宇宙で一番素晴らしい場所のように言っていた……私たち小惑星人は一度ここに来た夢を見たことがあった」
「実際に何もない灰色の大地を見て、失望しましたか?」
私はこの自嘲した皮肉に構うことなく、「今は昼なのか、それとも夜?」と平然として尋ねた。
「夜です」エーデルは少し止まって、「昼なら、太陽光は全ての星々を覆い、空が真っ暗になります。あなたからすれば珍しい景色だろうけど、ただ変化に欠けています」と言葉を付け加えた。
「どれくらい掛けて昼になるのか?」
「十数日でしょう」
エーデルは傍に立っているのに、彼の声が遠くに聞こえた。まるで何層もの厚い金属の鋼板を隔てたように、耳元に届く時にはもう微かで不明瞭になり、殆ど自分の心臓の鼓動に遮られたようだ。
私は答えず、目の前の深い灰色の大地を眺め続けた。
その景色はずっと夢の中に出てくる素晴らしい世界と差があり過ぎて、確かに小惑星基地に居ては永遠に見ることができない広大さだった。しかし荒れ果てて静かで、かつ恐れられそうな雰囲気を漂わせているから、まるで体の何処かが欠けており、魂の欠片がその中から失い続けているようだ。
それでも、秘密基地で見た散々とした星の光も、巡視艇のモニターを通して見た薄暗い星の光とも違って、「燦燦たる」という言葉に相応しい。数えきれないほどの星々に満ちた夜空は、ピカピカと煌めき続け、光を出していた。
「月の空は黒色だ」ということに理解した時、急に事実を理解した感覚が湧いた。
くらくらとした感覚と無力感は再び襲い掛かった。私は杖を強く掴み、大きく息をした。
それを見て、エーデルは慌てて手を伸ばして支えてくれた。
「ここは機密の場所ではないので、全員が自由に使うことができます。見たくなったら僕に声をかけて、またここに連れてきます」
「うん」と私は答え、気持ちを整えて「それじゃ、ゆっくりと話せる場所に行こう」と言った。
「こちらへどうぞ」
エーデルは私が急に転ぶのを恐れているように、私の歩幅に合わせて傍に歩んでいた。
多分別のエリアに着いたのか、月人の数は明らかに増えた。彼らはもう白いローブを着ている人だけでない。エーデルと杖をついている私を見ても、ただ冷淡にチラッと見て、ましてや何も気にせずにすれ違った。通路のルートもすごく複雑になり、色々な用途の部屋が見えた。
等間隔で置かれたテーブルと椅子を持つレストラン、無数の書籍を持つ閲覧室、様々な精密な機械を持つ研究室があった。小惑星基地とは異なるスタイルで装飾されており、思わず気になって眺めてしまった。
途中で一つのアーチ形の広い部屋を通りすぎた。光が明るかった。十数人は絨毯が敷かれた床にうつ伏せており、独特な祈りのポーズを取っていた。祈りの文を読み上げる囁きは互いに共鳴し、耳元に残って消えない旋律となった。
「月人は敬虔な信仰者だね……それは地球からのある宗教なのか?」
「それは空を信仰している宗教です」
「なんだって?」
それって小惑星基地の天空教団と似たようなものじゃない?
私は驚きながら振り返ったが、エーデルは何も説明するつもりがなかった。何も構わずに通路の突き当りの曲がり角に歩み寄り、手を振りながら「もうすぐ着きます。倒れないように頑張ってください」と言った。
私は歯を食いしばって杖を掴み、スピードを上げてエーデルの後に付いて、何もない部屋に入った。
エーデルは隅から二つの畳椅子を運び、手を振って意図を示した。私が座った後、エーデルは壁の傍に歩み寄り、パソコンのような機械を操作していた。
私は床の些細な模様をじっくりと眺め、これから聞く内容を静かに待っていた。
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