第七章 月①

 月は全ての小惑星人の憧れだ。


 狭くて暗い、かつ貧乏な小惑星基地に居て、外に一歩を踏み出せば死が待っていた。沢山のお金を使って宇宙戦艦を借りて、命の危険を冒すまで未知な宙域を探索して、しかし最終的にはこの金属の檻に戻ってきた。


 例え小惑星基地での生活はいつでも死亡に伴っているとしても、影のようにいつも足首に絡んで、胸元を圧迫していた。人々は酸素供給システム、浄水システム、重力コントロールシステム、食糧配給システムに頼るしか生きていけなかった。


 もしスマートウォッチの画面に表示されている数字が無ければ、時間が流れているスピードすらわからなかった。


 宇宙には人類がまだ知らない奥深さが存在しているが、必ずしも生存に相応しい場所ではなかった。


 何で地球に住んでいる人々はわざと精力をかけても宇宙に行きたいのか、さらに小惑星帯に無数のスペース基地を建てたのか、一度も理解したことがなかった。


 地球には境界のない大地があり、どこへ行ってもガスマスクをつけることも、宇宙服を着ることもなかった。さらに広大な海と澄んだ空があり、水と酸素は切れないほどにあり、使い切ることがなく、自由に満ちていた。


 ここには何もなかった。


 この檻にいる人々はただ頑張って生きて、生きて、生きて、そして死んでいく。


 暗くて深い宇宙の中に死体を浮かばせた。


 はるか遠くにある地球には確かに広大な大地、海と空が存在していることを知っていた。しかしそれは寝つけの物語の世界にしか存在していなかった。


 あの流行性疫病の後、地球は徹底的に封鎖された。


 数百年の間に、誰も地球人を見たことがなく、月から来た人々だけ定期的に視察しに来て、順番通りに小惑星基地を巡視した後、大型の宇宙戦艦に乗って月の宮殿に戻り、ガラスで出来ていた豪華な宮殿で衣食に困らない生活を送っていた。


 例え自由がなくとも、月人はガラスを通してあの青色の水の惑星を眺めることができた。


 それが私たちの憧れだ。



 目を開けると、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。


 温度は思ったよりも低く、思わず寒さに震えた。体を強く抱きしめ、少し時間をかけてここが巡視艇の操縦室であることを理解した。


 操縦席を囲む三つの正方形のモニターは継続的に更新しており、あらゆる色の光線が輝いていた。自動航行システムは依然として順調に作動していた。真正面のモニターは船首のカメラに繋がって、暗くて深い宇宙自体とゆっくりと浮かんでいる無数の小惑星が見えた。


「本当にあの檻から離れた……」


 私は小声で事実を口にした。


 初めて本当の意味で無重力空間を体験したが、それは極めて奇妙な感覚で、まるで空に飛んでいるようだった。


 惜しいことに艇内の空間は狭いから、あまり大きい動きが取れなかった。


 改めてシートベルトを着用し、左右の二つのモニターに表示されている数値とルートに問題がないことを確認してから、私はもう一度中央のモニターに視線を戻した。カメラの解析度はあまり高くなく、偶にノイズが出てくるが、集中してじっくりと見れば星の光が見えるようだ。


 本当なのか錯覚なのかわからなかった。


 私は背もたれに寄りかかり、ゆっくりと微かに金属の匂いを帯びている空気を吸った。


 小惑星基地を離れる過程は思ったよりも簡単だった。


 乗った巡視艇はもう既にカールおじさんのメンテナンス工房の隅に置き、燃料、食糧と飲用水はも整え、借りたトラックを通して港まで運び、列に並んで港から離れるのを待った。


 小惑星基地ごとに住民が出入りするための小型の港があり、宇宙ゴミをすくいあげることを主な職業とする住民が使っていた。この仕事は極めて危険度が高く、政府官員が率いることができないため、住民たちが自ら責任を負うことになった。


 港付近では主に小型の宇宙船艇を借りているお店があり、中央エリアの下級単位に属し、この方面の業務を管理を担当していた──出港や入港する住民のリストを登録し、宇宙船艇のモデルを記録し、関連費用を受け取り、さらにすくいあげた成果を確認する。


 すくいあげる活動をするなら事前に申請する必要があり、もし勝手に外出すれば、高額な罰金を食らうことになる。しかしもしもう戻ることがないのなら、自然と細かいことを気にする必要がなかった。


 列に並び待っている間に出港の申込書を書き、サインして確認したら、スタッフの指示通りに空いている港へ行き、外のゲートが開く時にエンジンを発動して離れる。


 これで離れた。


 小さい頃からずっと夢に見た目標があっけなく達成して、かえって現実味に欠けていた。目を開ければ、自分は実際にまだあの狭くて暗い巣枠の中にいるような気がした。


 実際のところ船内の空間は巣枠よりもずっと狭いが、比べられないほどの開放感があった。


 私は片手で操縦桿を握って、ゆっくりとアクセルを踏んだ。


 過去何年間に軍用のシミュレーションシステムを通して無数回の練習を行い、実際の航行とあまり変わらなかった。


 むしろ自動航行はほとんどの問題を解決できた。


 とは言え、小型の巡視艇は長距離航行用の船艇じゃないので、一班の時間内で港に戻り、または母艦の格納庫に止まり、補給やメンテナンスを行った。例えこの巡視艇は特別に改造されたとしても、こんなに長い時間を継続的に航行できなかった。


 それ以外に、小惑星基地を航行する際に小惑星と宇宙ゴミが一番危険で、もしぶつかったら、船を損傷してしまう可能性があった。もし重要なシステムを傷ついたら、生死に関わる大問題にる。


 私とエーデルは技師じゃないから、この巡視艇を修理できる能力も器材も持ち合わせていなかった。


「──そういえば、カールおじさんとお別れを告げないのは何となくよくないと思った。この船を移した時は手紙を残したけど、多分大丈夫だろう……でもお姉ちゃんが離れ際のパレードを行う前後でなかなか時間を割いて東エリアに行けなく、カールおじさんも暫くかなり落ち込んだ。例えわざと表に表さなくてもわかる……」


 それから、さらさらとした音が聞こえた。


 振り返って見ると、エーデルは後ろの通路から現れ、微かに浮かんでいた。時に船内の壁に支えないと身を安定できず、一つの眞空密封飲料袋を片手に持っていた。半透明の袋の中は漆黒の液体が見えた。


 姉が軍用巡視艇を乗って小惑星基地に戻ってきた当初、艇内の積層棚にはいくつかの銀色の食糧パックがあり、中には数年の賞味期限を持つ宇宙食の数々が置いてあり、だから一回だけ簡単に確認してから元の場所に戻した。


 昨晩、エーデルはその中から「コーヒー」という飲み物を見つけた時は相当にはしゃいで、その場で一つを淹れた。


 小惑星基地の住民にとって、きれいな水は一番貴重な物資だ。一番に溶かした氷水は殆ど不純物が含まれず、微かな甘味が味わえる。二番と三番に溶かした氷水は依然として高価な珍しい品で、中央エリアや北エリアのような高級な場所でしか溶かした氷水で作り上げられた美酒と様々な飲み物を見ることができなかった。


 煙雨樓で妹をやっていた頃、偶にプレゼントとして客人から飲み物をもらったことがあった。


 何せ賞味期限があるプレゼントのほうが返品されにくかった。


 私は相変わらずきれいな水のほうが一番美味しいと思っているが、ある時に遠い小惑星基地から来た社長の客人が「オレンジジュース」というプレゼントを持ってきたことがあり、その甘酸っぱい味はとても印象的だった。


 以前も「コーヒー」という飲み物を聞いたことがあるが、試すチャンスがなかった。昨晩に少し気になってちょこっと啜ったけど、その場で吐き出すのをこらえるのが大変だった。


 何でわざわざきれいな水の中にその苦い味を加えるのか完全に理解できなかった。


 エーデルはとっくにこんな反応をすると予想したように、面白がる表情を見せ、わざと一口を飲んでからこれ地球で相当流行っていた飲み物ですと言った。この言い方を聞いて、内心のどこかはかえって釈然とした。


 何せ地球には大陸を囲む海があり、空は飲めるほどの量の雨が降り、広大な大地にも数え切れないほどの湖と川があったから、きれいな水を苦い飲み物にするという浪費行為も納得がいく。


 私は密封袋をチラッと睨み、「それは殆ど栄養価値がないから、食べてもいいけど、絶対に他の食品を勝手に動かないでよね」と警告した。


「この宇宙船は想像したよりも小さいです。僕らの一挙手一投足は相手の目に映っているので、そこまで警戒する必要はありません」


「謎だらけで一度もまともに質問に答えたことのない人を信頼するわけないだろう」


 私はすぐに右手を背中に回し、短刀を取り出すように振舞った。


 それを見て、エーデルはすぐに半分に手を上げて投降した姿勢を取り、話題を変えた。


「本当に位置を変えなくてもいいですか?ずっと操縦席に座ったままではよく休められないでしょう」


「操縦室は私の縄張りで、後ろの小さな空間はあなたの縄張りだ。巣枠にあったあの凹みの境界線のように、勝手に超えないで」


「あなたが気にしませんのでなら」エーデルは肩をすくめ、暫くしてから急に「それが正しい判断です」と言った。


 私は何秒かを経ってから、これはさっきの独り言に返事していることに気づいた。


「そのカールおじさんはいい人です。例え一緒にいる時間が短くても感じられます。だからこそもし離れる前にまた彼と話していたら、このことは噂になってレオンスタの耳に入り、もしかしたら新たな問題になってしまうかもしれません」


「そういえば、あなたはどうやってカールおじさんと知り合ったの?」


「たまたまレオンスタが先に彼に話しかけて、僕が行った時はちょっと文句を言ったら、話に盛り上がった」


 まったく、カールおじさんは警戒心がなさ過ぎた。


 もしエーデルとレオンスタが手を組んでいたら、情報が漏れ放題じゃないか?


 私はやむを得ずに頭を振り、「燃料は十日分しかなく、緩速で航行しても最多で二倍に伸びるしかできなかった。保存したきれいな水と食糧も大体二週間分だ」と厳しく尋ねた。


「状況説明をありがとうございます」


「どこで物資を補充するの?」


「それについては心配を要りません」


 エーデルの口調はかなり確実だが、それだけだった。私がどう問い詰めても説明してくれなかった。


 私たちの命は今同じ船に繋がって、もしエーデルが自殺したいのなら、こんなにも回りくどいやり方をしなくてもいいと思った。今は詳しく説明してくれないその自信は何か根拠があることに信じるしかなかった。


 旅立つ際に、月の大型の長距離母艦や護衛戦艦に潜入すると考えたが、彼はこの巡視艇で月へ行けるとたんぜんと言った。


 私は視線を前方に戻し、片手で操縦桿を押していた。


 こんな時、モニターは急にピカッと輝いて、一瞬で消えた。私はそれが流れ星だと思ったが、しかしエーデルは気づかないようなので、だからこのことを話さずに、ただ引き続き巡視艇を操縦して、深くて暗い前方へ向けて進んでいった。

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