第六章 花が爛漫と舞い落ちる中③

 呼び鈴が鳴った。


 巣枠の安寧が邪魔され、手を伸ばして頭を抑えるほどに耳障りだった。


 家にいないふりをしたかったが、呼び鈴は鳴り止まなかった。ようやく落ち着いた情緒を再び掻き立てられ、私はサッと立ち上がり、歯を食いしばって前へ出て、ドアを開けた。


「エーデル、自分で入れる──」


 私は怒りながら愚痴をこぼし、ドアを滑り開けると、外に立っていたのはユニスだった。


 濃い色のキャペリンハットとローブを身に着け、炎のように赤いカールを一束に結び胸の前に落としても、彼女は相変わらずに第一姫として輝きを発していた。ユニスは微かにほうがんを細めて、私の肩をすり抜け巣枠の内部をじっと見つめた。


 私は極力に驚きと戸惑いを抑え、「……まさか北エリア以外の場所で序列一の深紅姬に会うとは、失礼いたしました」と口を開いた。


「今回は歌姫として来た訳じゃないから、礼儀正しくする必要はない」


「もし私の言葉がはっきりと伝わっていないのなら、もう一度聞いてみる。何で名高い深紅姬がこの辺鄙な巣枠にわざわざ来たのか?」


「別にいいだろう?あの女だって、昔はよくここと北エリアを行き来しているじゃない」とユニスは鼻で冷たく笑った。


 その勢いには敵わない。私は体を横向きにして道を開けた。


 ユニスは直ぐに足幅を広くして巣枠に踏み入れ、二つの巣枠の間にある境界線の凹みに立った。彼女は目を細めて、鋭くて順序のある様で全ての物をじっと眺めた。


 この時に、私は遅ればせながら巣枠のドアにもう一人の少女がいることに気づいた。その人はユニスと一番長く一緒にいた妹さんで、名前はわからないけど、昔に偶然にあった時に姉を酷く睨んでいた。そのことは絶対に忘れなかった。


 今この瞬間、その妹さんは集中してじっと外の街を眺め、こっちをチラッと見ることすらなかった。


 ユニスはわざと咳払いをした。


 私は猛然と我に返って、「すみません、高貴なる深紅姬の見た通りに、ここは華房のようにいつも飲み物とスイーツを用意していませんので、おもてなしができません」と少し皮肉を言った。


「わらわはそれのために来た訳じゃない」


「ならここに来た目的を言ってください」


 それに対して、ユニスは黙り込み、目を細めながら椅子と箱が置いてある壁の角をじっと見つめ、極めて集中して全ての物を一つ一つに詳しく見た。


「あの女はあなたと一緒に巣枠を借りて共同生活をしていたと聞いたが、右と左のどっちが彼女の部屋?」


 何で最近は問題にちゃんと答えない人に会うばかりだ。


 私は心の中で密かに文句を言って、沈黙しながらチラッとスマートウォッチの時間を見て、再度口を開いた。「煙雨樓では毎月の中旬の第三班の時に歌姫のライブが行われる。これは百年近くに変わることのない伝統だ。今はライブの時間だろう。名高い深紅姬がこんなにも大事なイベントをサボって、オーナーは怒らないの?」


「まさか噂はまだ他のエリアに広まっていないの?」ユニスは淡々と言った。「この前、『紫姬』であるエレカは煙雨樓に転籍し、今は彼女の初ライブだ。あの子は現場の雰囲気をコントロールするのが得意だから、例え煙雨樓の常連客でも彼女のライブを気に入るだろう」


 私は驚きながら小声で叫び、それから自分の失態を慌てて隠し、眉をひそめながら、「あなたも元々は邵曦閣に所属し、当時の突然な転籍は大騒ぎになった。二つの楼閣それぞれの常連客の間にかなりの争いや衝突が起きた。今回もまたそこから人を勧誘して、面倒事にならないのか?」と尋ねた。


「それはオーナーが悩むべきことだわ。歌やダンスに関係していなければ、そういった紛争はわらわとは何の関係があるの?」


 ユニスは微かにその魅力的な肩をすくめ、心からそう言った。


 煙雨樓にとって……ましてや北エリアとこの基地にとって、それは重大なニュースだ。ここから数か月の間に、住民と違う宙域から来た客人たちはこの話を熱く語り合うだろう。それでも、私には関係ないことだ。


 ユニスはもう一度視線を壁の角に向けた。


「噂によれば、最後にあの女はその位置で亡くなっていたらしいね」


 私は急に腹が立って、小声で「もしわざわざお姉ちゃんを侮辱しに来たのなら、今すぐに出てください」と言った。


「あなたからはそう見えるのか?」


 ユニスは無表情のまま頭を傾けた。


 炎のように赤いカールは次第に肩から滑り落ち、胸の前に落ちた。


「……せめてお姉ちゃんを見送る時はあなたの姿は見えなかった」


 その時、私の記憶はぼんやりとして、途切れ途切れになっていた。でも一つだけ確かなのは、カールおじさんだけがそばにいてくれた。


 姉は宇宙に鳴り響いた「天穹姬」、それでも彼女が口を開いて歌い出す前に、誰も彼女に手を差し伸べてくれなかった。高価な物をもらうこともないし、当時そばにいてあげたのはカールおじさんと私だけだ。最後の時でも、私たち二人だけだった。


 重くて巨大な内ゲートを隔て、外層にいて宇宙戦艦が旅立ち、港を離れるエンジンの音を聞いた──


「わらわは知らなかった。それ関連の噂を聞いたのはもう数日後だ」


 ユニスの口調には遺憾が含まれていた。どうやら本心で姉を見送りたかった。


「お姉ちゃんのことが嫌いだと思ってた」


「……わらわは確かにあの女が嫌いだ」


「この檻の中、彼女は一度も視線を落とすことなく、いつも顔を上げて、胸を張って大声で歌っていた。それがどれだけ難しいことなのか、わらわが一番わかっていた」ユニスは平然としてそう言った。


「矛盾していると思わないの?」


「あの女の歌を聞けば、彼女は第一姫の称号に相応しいと誰もが納得するはずだ。あなたはあの女の妹なのに、一度も公の場で歌ったことがなかった。群青の歌姫の幽霊のふりをするゲームをした時も、至近距離で観客に向き合ったことがないから、自然としその重みを理解できないはずだ」


 ユニスの口調は至って平然としており、まるで誰もが知っている事実を語っているようだ。


「北エリアはこの基地において、最も競争が激しいエリアだ。毎日のように楼閣が経営問題でつぶれ、歌者がこの道を諦めることもあった。わらわたちはこの檻の象徴で、数百、数千名の歌者の上に立つ歌姫として、いつもスポットライトを浴びて歌い、その期待は極めて重かった。例え九姫まで上り詰めた人の中でも、一年も耐えられずに諦めることや精神に異常が生じるケースも聞いたことがあった。あの女もいつもそばにいたあなたも、そんな景色を見たことがなかっただろう」


 姉が歌姫になった道は極めて順調と言えるだろう。最も短い時間でトップの歌姫になり、ほぼ同じ年で月へ行く誘いを受けた。しかしそれ以前に、この小惑星基地の最下層である闇エリアから、一番繁栄している北エリアのトップまで上り詰めることがどれだけ難しいことなのか、多分ユニスにも永遠とわからないだろう。


 でもこんなことを比べても何の意味もなかった。


 私は少しも尻込みせずに、真っ直ぐに見つめ返した。


「それこそが歌者の仕事、違うか?」


「客人たちが望んでいる歌声を歌えられなかったら、居場所をなくしてしまう。この点については投げ銭の金額を通して判断することなく、最後の音符を歌え切った瞬間にわかる……客人の表情、拍手と現場の雰囲気、ステージの真ん中に立ち者が一番よく知っている」


 ユニスは自嘲するように微かに口角を上げた。


「この方面において、あの女は紛れもない天才で、背筋がぞっとするような才能を持っていた……歌や作曲作詞の才能を指しているわけじゃない。彼女にはトップの歌姫になる才能を持ち、最も重要なのはその極めて強い心だ。どこにいても内に秘めている本当の自分を見せることができ、魂を歌詞と音符に変え、胸を張って歌った……わらわはその点を非常に羨ましかった」


 私はふと、初めてユニスの心に触れたことに気づいた。


 その時は意地でも煙雨樓に転籍したかったのも、彼女しか知らない理由があったのかもしれない。


「今日はわざわざそれの説明をするためにここに来たの?」


「もちろん違う」ユニスは淡々と言った。「この前煙雨樓の華房で、わらわはいくつかのことを言いそびれた。月から来たVIP客が離れると聞き、この際に決着をつけたい」


「……決着?」


「第一姫のウォッチを渡してちょうだい」


 私は思わずポカンとなって、「何でこんなにもお姉ちゃんの歌姫ウォッチに執着するの?」小声で聞いた。


「今の第一姫はわらわだからだ」


 ユニスの返答は説明しているような、説明していないような感じだった。


 彼女は私に考える時間をくれず、声を尖らせながら言葉を続けた。


「軍用の宇宙船が中央エリアの官員に押収されないようにしたのはと誰のお陰だと思う?『天穹姬』のウォッチを持って、プライベートであれだけパフォーマンスをしたのに、警備隊に見つからないのは誰のお陰だと思う?」


 私は思わず固まった。


 今までもうっすらと何でだろうと疑ったことがあるけど、一度も深く考えたことがなかった。


「そのウォッチは何年も私のところで保管していたが、何で今更取り戻すの?」


「単にいい機会がなかっただけ。昔、わらわの妹たちもどうやら『天穹姬』に迷惑をかけたようで、借りは倍に妹であるあなたに返した以上、今後わらわとあの女はもう何の関わりもなくなった」


 ユニスは凛然としてそう言った。


 私は思わず巣枠のドアに立っている妹さんにチラッと視線を送った。


 ユニスは背筋を伸ばして、第一姫に相応しい気勢を出し、「第一姫のスマートウォッチを渡してちょうだい」ともう一度口を開いた。


 私は黙り込んだ。しかし、このまま睨み合っても自分の立場が耐え難くなるだけとわかり、ゆっくりと引き出しから姉のスマートウォッチを取り出し、テーブルに置いた。

「ならこの『天穹姬』のウォッチはわらわが持ち帰って処分する」


 ユニスは細長い指をテーブルの縁に置き、歌姫ウォッチを持って、迷いもなく振り返って離れた。


 私は手を握り締め、気持ちの整理がつく前に、「あなたは……月に行きたいのか?」と思わず口にした。


 ユニスは巣枠のドアに止まり、この質問に眉をひそめ、それから目を閉じた。


「あなたはあの女とよく似ている。流石に姉妹だ」


 淡々とこの言葉を残し、ユニスは頭を上げ、胸を張って巣枠を離れた。


 ドアはまたすぐに閉じた、


 外の音を隔て、ここはもう一度密閉空間になった。


 私は急にひどく疲れを感じていて、とてもゆっくりと巣枠の隅に座り、硬くて冷たい壁にもたれかかった。それから膝で胸を当て、自分を小さく縮こまって、ゆっくりと空気を吐いた。

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