第六章 花が爛漫と舞い落ちる中①

 花弁は続々と舞い落ちた。


 この小惑星基地の住民たちは北エリアと東エリアの間にある道路の両側に集まり、拍手喝采が絶え間なく耳に伝わり、煙雨楼の吹奏楽団の伴奏さえも遮った。


 着飾った歌姫は花弁で構成された華麗なる道路に歩き、民衆の送別の中でこの小惑星基地を離れた。


 光栄で誇り、全ての住民の羨み、祝福と妬みを持って、月にあるガラスの宮殿に向かった。


「離行道中」は数年に一度しか行われない盛大なイベントだ。


 例え数え切れないほどの投げ銭を稼いだとして、この檻から離れられる歌姫は非常に少なく、客人の中に信じられないほどの大金を払え、歌姫のために「身請け」をする人は殆ど居なかった。だから最終的に大体駆け落ちになり、自然とお祝いのイベントが行われなかった。


 様々な色をした花弁が次々と舞い落ちた。


 とは言え、この金属で出来上がった檻には大量の花を植えることができなかった。だからメンテナンス工房の匠たちに依頼して、軽くて薄いポリマーの金属板を花びらの形に似た形状に切って、鮮やかな色に染まり、偽りの花弁を作り出した。


 色とりどりで、地面に落ちれば、金属がぶつかり合うはっきりとした音を立てた。


 姉の目の色に合わせるために、その中には青い系の花弁もあった。


 地球には咲き誇る青い花びらがあるのかわからなかった。


 噂によれば、いわゆる花は基本的に赤系で、たまに白色、黄色や紫色の品種があるらしいが、一度も青色の花を聞いたことがなかった。地球の話を記載しているボロボロな書籍によれば、青色は主に空を形容する色らしい。


 私は青色が好きだ。


 それは姉の瞳の色で、私のことをよく見つめてくれた色だった。


 花弁が続々と舞い落ちた。


 この小惑星基地の隅から隅までに満ちた楽音、歌声と喧騒がいつの間にか消え、金属の花弁が舞い落ちるはっきりとした砕けた音だけが残っていた。


 バチン、バチン、バチンと。


 彩りの花弁は金属の地面で粉々に砕けた。


 当時、私は隠れて一枚の青い花びらを残した。


 大切に巣枠にある棚の最深部にしまい込んで、姉に会いたくなったら花びらを取り出し、俯いてじっくりと見つめた。


 姉は何とかしてこの小惑星基地にメッセージと手紙を送ると言ったのに、しかしその離行道中の後に多くの月からきた視察官が訪れたけど、一度も手紙をもらったことがなかった。


 一通もなかった。


 姉に関する噂も時間が過ぎるにつれ、段々と議論されなくなり、「天穹姬」という称号でさえ、耳にしたことがなかった。住民たちは宇宙船を飲み込む不明なエイリアンの話、地球から来た大型の幽霊船の話、月の表面に佇むガラスの宮殿の話を議論していた。姉に関する話をするよりも、何の根拠もない噂話をしていた。


 姉はきっと月で幸せそうな生活を送っていた。


 もしかして、もう先に地球へ行ったかもしれなかった。こっそりと潜入したのか、または正式的にパフォーマンスに招かれ、広大な大地に立ち、顔を上げて青い空を眺める資格があったのかもしれなかった。


「それはない、手をつないで一緒に空を見上げるって、お姉ちゃんと約束した」


 私は頭を振って反駁したが、声が届かなかった。


「──あなたは置き去りにされた」


 冷静な尖った声が心臓に突き刺し、傷跡の上に荒々しく切り目を作り、内部に深く隠している醜い感情が湧き出た。


 それ以上に大切なものが流れていかないように、その傷口を抑えようとしたが、両手が動けなかった。


 酸素供給システムのブンブン音が耳元に残って消えなかった。


 どうあがいても動けず、力強く瞬くしかなかった。視界がぼんやりして、気が付いたら液体が流れていく音はもう消えたことに気づき、胸元の傷跡は一つの固いものに塞がれた。


 それは金属で出来た青い花弁。


 軽くて硬い、かつ冷たい質感を持っていた。


 キラキラと輝く花弁の末端を見つめ、私は猛然と目を開けた。


 夢から醒めた。なのに夢にいる感覚は未だに体の全体に残り、手足が重く感じた。


 暫くしてから巣枠がかなり静かであることに気付いた。


 エーデルの姿が見えなかった。


 私は戸惑いながら辺りを見渡し、だけど巣枠の隅から隅までは静かで、ブンブンと鳴り響き続いている酸素供給システムだけが、時間が進んでいることを思い出させてくれて、一人でここにいた過去数年間と同じようだ。


 私は急に悲しくなり、飲まれそうな感覚だった。


「飲まれる」という言葉は姉に教わった。地球の書籍で見たらしく、「水に埋もれ、覆われる」という意味だ。一滴の水も特別に珍しいこの小惑星基地では、自然とそんな感覚を味わったことがなかった……窒息しそうな経験なら、何回かあった。


 私なりに理解している意味によれば、両者に大した違いはなかった。


 私は両手で自分の体をぎゅっと抱きしめ、強く呼吸して、酸素が体の最深部に入っていく感覚を味わった。


 長い時間が経ってから、その飲まれそうな錯覚が段々と収まった。


 私は立ち上がり、片手で少しくらくらしている頭を抑え、鉄棚の引き出しのそばに歩いた。順番に薬瓶を取り出した後、突然エーデルの警告を思い出した。例えそのいわゆる「精神医」というのは何なのかわからないけど、その言葉は依然として頭に残り、振り払うことができなかった。


「もう……」


 最後は一粒の薬剤を手に持ち、口に入れたら強く嚙み砕いた。


 薬剤は苦い。粉末はまるで舌の底に張り付いているように、何度飲み込んでも残っていた。


 私は水差しの蓋を開け、きれいな水を口に含んだ。


 チクチクとした感覚が喉から伝わり、出来れば早く水分補給が欲しいけど、私は引き続き水を口に含んで、舌の先でゆっくりと混ざり、その水が苦くなって、体温と同じくなったら飲み込んだ。


 私はもう一口を飲む衝動に耐え、蓋をしっかりと閉めた。ベッドのそばに戻り、ベッドサイドテーブルから青い金属の花びらがついている銀色のネックレスを取り、首に付けた。小さい頃からカールおじさんのメンテナンス工房にいた経験と巡視艇を修理する経験があったお陰で、例え金属製の工芸品は違うジャンルに属しているけど、完成品は悪くなかった。


「そういえば、エーデルは一体どこへ行ったの?」


 エーデルがたまに一人で外に行くことは知っていた。でも何をしていたか、どこに行ったのかもわからないけど、大体は半班の時間内で戻ってきたはずだ。


 こっそりと北エリアに潜入してからもう数日が過ぎていった。エーデルは未だに巣枠に住み着いているが、相変わらずに姉の理由を教えてくれなかった。


 聞いたことがあるけど、しかし彼に誤魔化された後はもう根掘り葉掘りに聞かなかった。


 ──あなたは置き去りにされた。


 ユニスの尖った声はまた耳に響いたように、私は無意識に手を伸ばして胸元に当てた。


 それでも、現実と夢は違って、胸元には傷跡も切り口もなく、過去数年間に積もってきた情緒は依然として体の奥深くに封じられていた。


 指先は硬い金属の花弁に触れた。


 私は何回か深呼吸をして、気持ちが落ち着いた後にスマートウォッチを操作し、履歴を確かめた。


 前回巣枠の扉が開いたのは九時間前だった。


「そんなに寝たのか……いや、あいつが出かけてからもう一班以上の時間が経った。何をしていたの?もしまた闇エリアでぼったかれて、ましてや重傷になるまで殴られたら、これ以上にめんどくさくなるじゃない。彼はまだ姉の理由を言っていないよ──」


 私は急いで外出用の服を取り出し、速足で巣枠を離れた。

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