第五章 頭を上げたからこそ見上げられる②

 基本的に楼閣と楼閣の間には大きさが違った広場があり、一休みできる東屋と座席を設けるように計画した。その目的の一つとしては防音効果の配慮、もう一つは高低差と入り混じった間取りによって、より延々と広く、広大な錯覚を作り上げることで、例え多くの客人が訪れても狭く感じさせない。


 彩りのライトアップは華麗に注ぎ、電子看板、街灯、レール式スポットライト、灯籠と楼閣の窓口から溢れ出す明かりが相互に交わった。遠くの方には大型サーチライトの明かりが見え、ピカピカと瞬き、隅々まで光り輝く雰囲気を醸し出していた。


 賑やかで喧騒、人の声がざわめき、どこにいても楽音が聞こえる。


 一つの純白なアーチ形の広場を通り過ぎた時に、何名かの少女がすっきりとした衣装を身につけ、動きはずれることなく整然としてステージの上で歌ったり、踊ったりしていた。後方のモニターは順に従って、メンバー一人ずつのクローズアップを映り込み、両側の大型音響からも軽快な音楽が響いていた。


 十数名の観客が足を止め、そのパフォーマンスを見ていた。前列の何名かの古参がメンバーの名前が書いてある応援ボードとペンライトを手に持ち、ダンスと歌に合わせて振りをつけ、相当賑やかな雰囲気になっていた。


「こういうパフォーマンスもありますか?」とエーデルは気になって尋ねた。


「大方のパフォーマンスは楼閣で行っているよ。何せあそこには大きいステージと専門的で精密な機械がある。だけど全部の歌者が楼閣でパフォーマンスできるわけではなく、高級な楼閣であればあるほど許可がもらえにくい。元からこの楼閣に属していない歌者ならば、楼閣の使用料金、器材料金、宣伝広告費と人事費用を払わなければならない。そのトータルは非常に高額で、時に投げ銭よりも高くなることもある」


「外の街道でパフォーマンスをすれば金を払えずに済みますか?」


「各種の費用は大幅に減少し、楼閣に手数料を払えずに済む。だからまだ有名になっていない歌者なら大体こういうやり方を選び、少しずつ人気を集めている」


「歌姫なら楼閣のステージに立って歌うものだと思っていました」


 私は「歌姫」という正確ではない使い方を正すことなく、「パフォーマンスの項目とやり方はずっと増えていき、地球に存在するパフォーマンス項目なら、必ず何処かの楼閣に存在しているはずだ。また、一部の歌者はネットワークを通して、各小惑星基地に跨ぐ生放送の演出方法を試みている。ただ電波の伝達が妨害され、近くのいくつかの小惑星基地にしか届けられず、私が離れた時にはまだその技術に躓いていた」と言葉を続けた。


「……外には事故に遭った幽霊船があり、何百年の間にずっと同じ宙域を浮かび続け、発し続けた救援信号は電波の伝達を妨害します。一部の宇宙ゴミにも特殊な物質が含んでおり、同じように影響するかもしれません」


「そうかもね」私は適当に答え、「で、どの九姫に会いたいの?」と口を開いて尋ねた。


「そうですね……」


「ちょっと待って。そう言えば、あなたは他の九姫の身分を知っているのか?」


「詳しい話をお願いします」


 私は仕方なく密かにため息をつき、説明し始めた。「今の第一姫は『深紅姫しんくき』のユニス・フィロンティア、煙雨楼に属している。第二の『濡鳶姫ぬとびき』と第三の『夜帷姫よるとばりき』は墜星楼に属し、第四の『白藤姫しらふじき』は酔夢院に属している。第五の『夕雲姫ゆうぐもき』と第六の『紫姫むらさきき』は邵曦閣に属し、第七の『桔梗姫ききょうき』は旖香楼イシャンロウに属している。第八の『霰姫あられき』は月輝閣ユエーホェカクに属し、第九の『銀荊姫ぎんけいき』は晴紅楼チンホンロウに属している。」


「よく知っていますね」


「あの九人はこの基地で最も有名な人たちだ」


 エーデルは頷き、「だから『九姫』の称号は順に深紅、濡鳶、夜帷、白藤、夕雲、紫、桔梗、霰と銀荊で間違いありませんか?」とそっと繰り返した。


「そうだよ」


 私はポカンとして答えた。九姫の称号を一回聞いただけで全部覚えたことに、私は心の中で彼の記憶力に感服していた。でもよく考えれば、もしかしたらエーデルはもう他の何処から聞いたのかもしれない。


 姉のように第一姫の称号を得て直ぐに貴族から誘われ、月に赴くことは極めて稀少なケースだった。この基地の頂点に立つ九姫でも、月の貴族たちのために歌とダンスを捧げることは滅多になく、月のガラス宮殿に行けるチャンスなど、年に一度しかなかった。


 言い換えれば、九姫の名と彼女たちの歌声は無数の小惑星の間に響き渡っていた。


 この方面に興味があるなら、九姫の称号と名前を覚えていることもそうおかしくなかった。


 私は思わずエーデルの横顔を見つめた。客観的に見ると、彼はかつての第一姫である姉のためにこの辺鄙な小惑星基地までやってきた。理由がどうであれ、かなりの金額と時間を費やさないといけなかった。


 そんな人がいないわけではなかった。ただ彼らは姉が月へ行った「事実」と死亡した「噂」を知ったら、直ぐにこの小惑星基地を離れ、エーデルのようにここに残ることを選んだ人はいなかった。


 姉の「その理由」を教えてくれるというのが協力を提供した報酬だ。


 本当のことを言うと、エーデルが一体何がしたいのか、私には分からなかった。


 そんな時に、「多くの称号は植物と関係していますね」とエーデルは突然口を開いた。


「うん?ああ……あれは小惑星基地の住民にとって見たことのない美しいものだから、称号にぴったりだ」


「千華、その口調を聞く限り、まさか花を見たことがありませんか?」とエーデルは驚きながら尋ねた。


「……そんなチャンスあるわけないだろう」


「名前の中にも花を意味する言葉がありますというのに」


 私は思わず眉をひそめ、「とにかく、九姫の称号は大体花と植物から取ったものが多いが、絶対的とは言えない。だって姉の称号は『天穹姫』だ」と彼の言葉を遮るように言葉を続けた。


「幾つかの称号は気象と関係しているようだ」


 エーデルは頷き、ずっと同じ場所に滞在し、他の景色を眺めることができない感覚を理解しているようだ。


 空のない小惑星基地に生活しているから、住民たちは当然ながらもいわゆる雨、雪と虹を見たことがなかった。


「歌姫は自分で称号を決めますか?」とエーデルはまた尋ねた。


「これは各楼閣の伝統による、一部は歌姫に自分で決めさせるが、一部はオーナーが決定し、あと一部は数十、数百年前の歌姫の称号を受け継ぐ。由緒正しい楼閣なら、何処かでこれまでの歌姫を記録している扁額、名簿とメダルがあるはずだ。それは極めて栄えのある記録だ」


「ゾイさんが離れた後、順次に補欠した九姫は誰ですか?」


 エーデルが言っている『離れた』という言葉の意味は「誘いを受けて月へ行ったこと」だとわかっているが、なのにその言葉を聞いて、思わず姉が亡くなった事実を思い出してしまった。


 胸が締め付けられたような痛みが伝わってきた。


 その情緒はいつまでも消えず、心に積もるばかりだ。なのに一つの些細なきっかけさえあれば、もう一度沸き上がり、瞬く間に全身に渡った。


「もしまたある九姫が誘いを受けて月の宮殿へ行くなら、補欠の歌姫はいつだって第九位だ。これがルールだ」


「だから銀荊姫がゾイさんの補欠になりましたか」


 私は「補欠」という言葉に、もう一度歯を食いしばって、湧き上がる情緒を精一杯に抑えた。


 そんな時、エーデルはようやく自分が失言したことに気付いた。しかし私は彼が何かを言う前に、無表情のまま真面目な話を始めた。


「九姫の誰に会いたいの?彼女たちは全員北エリアに住み、基本的に金を惜しまない貴賓でさえ、面と向かって話すことが難しい。でもパフォーマンスが終わる隙を見計らって楽屋に忍び込めば、会えるかもしれない」


「できればゾイさんと親しい関係を持つ方がいいです……彼女が楼閣にいた頃、よく話す友人はいますか?」とエーデルは流暢に話した。


 このおかしな条件はなんだ?


 私は戸惑いながらぶつぶつと呟いたが、すぐに「ない」と答えた。


「考える必要もありませんか?」


「だって本当にないんだ」


「一軒の楼閣は普通数十人がいて、歌姫だけでなく、照明担当、音響調節、料理サービス、環境清掃と秩序維持などのように数多な事項の担当をしている裏方がいて、そしてさっきのように脇門を通り抜けて入ってくる商店のスタッフもいて、極上な楼閣なら何百人もいるはずです。ゾイさんは本当に他の知り合いがいませんか?彼女が月から戻ってきた時、連絡が取れそうな人です」


「お姉ちゃんは戻ってすぐに巣枠に帰った」


「ゾイさんが……前に、本当に誰とも会っていませんか?」


 エーデルはその言葉を口にしていないが、それでもその間を置いた表現に、私は酷い焦燥感を感じた。何なら以前のように、何も気にせずに言い出したほうがマシだった。

「ゾイさんはかつて煙雨楼に属していたなら、同じ楼閣にいる『深紅姫』に会うことを希望します」とエーデルが言葉を続けた。


「ふざけないで、私は絶対に煙雨楼に踏み入れないよ」


「……そこはかつてゾイさんがいた場所だからですか?」


「そんな青臭い理由なわけないだろう。知り合いに会う可能性があるだからだ」


「それのどこに問題がありますか?」


 一瞬エーデルは冗談を言っているのか、それとも本気で言っているのか分からずに黙り込んだ。


「さっきも北エリアに入らないって言ってました」


「それとこれは違う」私は頭を振りながら、「私たちはここに忍び込んで、専用のアカウントを申請していないことを忘れないで。それにあなたは護衛が一番厳重な九姫に会いに行こうとしている。もし争いでも起きた場合、こっちは圧倒的に不利な状況だ。入場料を弁償すること自体が不可能なことだ……まさか金を持っているのか?」と言った。


「詳細な説明をありがとうございます」エーデルは少し考えこんで、「単独で会うことは可能でしょうか?」と尋ねた。


「それ以上ハードルを上げないでよね」


「難しいですか?」


「ルールに基づけば、九姫の傍には何時でも何人かの『妹さん』が付き添っている。人目を惹きやすく、見栄を張るのが好きな性格をしている者なら、何十人も付き添っていることがある。妹さんは九姫の日常生活のお世話、着替えのお手伝いや化粧を担当している。九姫がパフォーマンスをしている時も傍で伴奏し、ハーモニーを合わせ、接客もしている」


「なるほどですね。聞くところ弟子みたいなもので、間近で学習できます」


「実際のところ、多くの九姫も他の九姫の妹さんになったことがある。酔夢院の九姫は何時でも姉妹関係だ。今の第四位である『白藤姫』も元々は『鷺草姫さぎくさき』の妹さんで、鷺草姫が引退した後に彼女の常連客を受け継いだ。累計の投げ銭金額もランキング一桁までうなぎ登りし、九姫になった」


「そう言えば、九姫という称号を失った後、どのような生活を送っていますか?」


「運が良ければ裏方にまわり、北エリアで新人に歌唱や楽器の演奏を指導し、または楼閣の経営にまわる。一部の歌姫は常連客と駆け落ち、他の小惑星基地で生活する……運が悪ければ北エリアを離れ、巣枠に戻って生活する。無駄遣いさえしてなければ、九姫として活動している間に貰った投げ銭は残りの人生を支えていけるよ」


 私は悠々と説明した。


 この小惑星基地は相当狭く、三班の時間もかからずに全部のエリアを回り切れる。離れることを選んだ住民は一度も帰ることがなく、そんな噂すら聞いたことがない。だからこそ、私には何で姉がせっかく貰ったチャンスを捨てて、一人でこの檻に戻ってきたのか分からない。


 胸がまたチクチクする。


 こんな弱いところ、私は誰にも見せたくないから言葉を続けなかった。


 エーデルは街道にいる人々を眺め、暫く経ってから、「僕はその『深紅姫』であるユニスさんと会うことを希望します」ともう一度口を開いた。


「あなたは人の話を聞いていないだろう……」


「これは必要なことです。適当な九姫の一人じゃなく、ゾイさんと知り合っている九姫に会い、単独で話したいです」とエーデルは真剣に言った。


「何が聞きたいのか分からないけど、そんな人はいないよ。お姉ちゃんは優しすぎて、どんな無理難題でも同意するから、その部分は全権私に任されていた」


「完全にいませんか?」


「そうだよ」


「なら『深紅姫』に会えばそれでいいです」


 私はもう一度ため息をつき、内心の何処かで彼女が一番の人選であることを意識した。


 身分がバレる可能性が増えた。でも私は殆ど他の楼閣に踏み入れたことがなくて、馴染みのある煙雨楼でなら『深紅姫』であるユニスを見つける可能性も高めるだろう。それから自分はもう煙雨楼に入る方法を模索し始めることに気付いて、思わずまたため息をついた。

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