第四章 花に愛を①
小惑星基地ごとに独自の商売を営む手段を持っていた。
一部の基地の住民はそれぞれ巡視艇を操作して、半永久的に宇宙に浮いている旧時代の残骸、廃船の部品や金属製機械などを拾う。ジャンクを基地まで持って帰り、それを使って失われた技術を再現するように試み、あるいは使えそうな中古機械を作る。
一部の基地の住民は大きい氷を引っ張って、はるか遠くに離れた宙域まで行き、氷を溶かして水を販売する。
一部の基地の住民は地球の文化について研究し、あらゆる製品を再現し販売をする。
一部の基地の住民は小惑星の間に浮いている宇宙鉱石から燃料を製造し、商品として販売する。
一部の基地の住民は地球に存在していたあらゆる動物と植物を育て、研究の材料や食べ物として販売する。
一部の基地の住民は素質のある子供たちを選び、子供の頃から歌やダンスの練習をさせ、そしてショーを商品として販売する。
私が暮らしている小惑星基地『C2059』は一番最後の手段を選んでいる。
素質のある子供たちは小さい頃から様々な楽器を習い、歌を練習し、更に接客する時の礼儀を養う必要がある。たまに月から貴族が訪れることがあり、もし気に入られたのなら、召し使いや芸者、歌姫としてガラス張りの月の宮殿に連れて帰られ、そこでこれからの人生を歩むことになる。
かつて姉はこの基地で最も有名な歌姫だった。
彼女の歌声は綺麗で透き通っていた。他人とは違う浸透力と影響力を持ち、まるで人の心の一番柔らかい部分に触れられそうな感覚で、歌声に込められた豊かな感情を最深部までしみ込んだ。
いついかなる時、姉の歌声が聞こえるたび、人々は手を止めて耳を傾けてくれた。
姉がこの基地を離れようとした時すら、かつてないほどの騒動が起きた。
見送りをする人々の列は北エリアの煙雨樓の門前から、東エリア最大の港までに続いた。街道の両側は何層の人の壁によって囲まれた。あれはこの小惑星基地で一度も見たことのない光景で、賑やかで騒々しかった。こんなにも多い住民は普段どこにいるのか、つい疑問に思わずにはいられなかった。
伴奏の楽音は基地全体に鳴り響いた。
無数の鮮やかな花びらは上から舞い落ち、澄んだ音を立て、殺風景だったアイアングレイ色の通路を華やかな花道に変えた。
姉はとても綺麗だった。
銀白色の長い髪は後ろに結び、各色の宝石が嵌められている簪で飾った。高そうなシルクで作られた半透明のベールと十二重の豪華な衣装を身に着けていた。無数の精巧な刺繡が施された衣装の裾は地面に引きずっていた。舞い落ちる花びらと歓声、数多な情緒と共に、月に帰還する大型の遠航船に乗った。
この檻に生活している人々にとって、これが一番栄えある離れ方だ……
✥
私は鉄筋の縁に座り、北エリアの城壁を眺めていた。
姉が離れたあの日の景色、今でも鮮明に思い出せる。
小惑星基地の住民たちはスマートウォッチで示された三班の時間に従って生活している。例え中央エリアでも第三班の時に、立ち入りに制限がかかる。それでも北エリアだけは何時でも他の小惑星基地からの客人たちを受け入れるように、明かりや歌声、歓声が絶えることはなかった。
高い壁と重なり合う鉄筋を隔てるとして、北エリアの灯りは最外層まで届けられるだろう。
もし宇宙の何処かに居れば、この小惑星基地のことをキラキラと輝く素晴らしい場所と思えるだろうか?
遠く離れた地球に居れば、この基地から発する光が見えるだろうか?
姉が月のガラス宮殿にいた頃、この限りなく深い暗闇の中で顔を上げて、この小惑星基地から発した光を探したことがあったのだろうか……それとも私のことを思い出したことがあったのだろうか?
胸元がチクチクと痛んだ。
エーデルの提案に、未だに返事していなかった。
彼の挙動は謎に満ち溢れ、本人も何かを説明する素振りがない。直接聞いても答えがもらえないので、何がしたいのか全く理解できない。
とは言え、姉と知り合っていたことは多分事実だ。
ある姉に関する『理由』を知っているのも多分事実だ。
「──もう、考えれば考えるほどイライラする!」
私は立ち上がり、錆びた鉄筋を踏みしめた。
小惑星基地は巨大な立方体だと言われている。最外層は失われた製造方法で作り上げた特殊合金によって包まれ、表面にはソーラーパネル、発信機と臨時格納庫を繋げる扉がある。無数の鉄筋と通路を通して、住民たちが生活している内層に繋げている。
重力コントロールシステムがあるため、基地自体がどれだけ浮いても、内層に住んでいる人々には影響しない。
一部の基地の人々は宇宙船で生活しているような暮らしを送っているらしい。よく宙に浮かんでいるため、様々な独自の生き方を生み出した。でもそれは数多な噂の一つで、この檻から離れたことのない私には、その真偽を確かめることができない。
巡視艇の軍用シミュレーションシステムの中でも無重力モードはあるが、残念なことに使うとかなりの電力を消費する。以前は一度だけ使ったことがあるけど、三分も経たない内に頭がくらくらして、上下と左右の分別もできなくなった。ようやくハッチから出られた後、地面に跪いてむかつきながら、カールおじさんに酷く𠮟られた。
それ以来やったことがなかった。
私はポケットから青いスマートウォッチを取り出し足元に置いて、深呼吸をしてから上を向いて姉の歌を歌い始めた。
電子機器で増幅をしなくても、歌声は遠くまで響くことができる。
壁付近に集まっている人々は歌声に気付き、辺りを見渡し始めた。
北エリアに入ろうとした客人たちもその場に佇んで耳を傾けた。
いつでも歌は私の得意分野ではない。最も正確な音が歌えるように反復練習するより、ドライバーを持って機器をいじったり、運転席で航行のシミュレーション訓練を行ったりするほうがずっとマシだ。姉を比較対象とするなら尚更だ。
例え姉はいつも、『千華の歌声が大好き』と笑いながら言ってくれたけど、あれはお世辞に過ぎなかっただろう。
何となく姉の声が耳に響いたような気がする。私は気持ちを落ち着かせ、歌を歌い続けた。
城壁と柱の表面に嵌められた電子チップはキラキラと輝き始め、まるで何らかの宝石のようだ。
あれは投げ銭設備の端末センサーだ。
元々は店のカウンターにしか設置されていなかったが、北エリアではどこでも設置されている。一番有名な煙雨樓は店内のどこでも信号を受信でき、お客様が何時でも投げ銭ができるようにしているのが売りらしい。
スマートウォッチで歌姫のアカウントを見つけ、投げたい金額を入力すれば投げ銭ができる。
その過程は素早くて迅速だ。
姉がかつて言ったように、歌う時の一番な秘訣は顔を上げ、声を届けられるようにすることだ。
この小惑星基地では、見上げる時に傷と汚れ、錆に満ち溢れた古い金属製の壁しか目に入らず、繰り返して拭いても、表面に無機質な冷たい光が宿るだけだ。豪華で壮大な高級楼閣も、装飾や内装でその古さを隠しているだけ。
それでも、姉はいつも上を向いて歌っていた。
ゴミだらけの闇エリアに居ても、狭くて薄暗い巣枠に居ても、あるいは煙雨樓の中央にあるステージに立っても、上を向いて歌っていた。
あれは目を外せないほどに美しい姿だった。
一曲を歌い終え、私はゆっくりと息は吐いた。直ぐに足元にある青いスマートウォッチを拾い上げ、スイッチを切った。自分のスマートウォッチの中にある投げ銭リストから「群青の歌姫」が見つからないことを確認してから振り返って、鉄筋で構成された狭い通路を沿って速足で去った。
基地内で散在している廃墟のような建物たちは、この北エリアに面しているビルと同じように、建物の骨組みに使われた鉄筋やアイアングレイ色の地面と壁しかなく、元々どんな用途があったのかさっぱり分からない。
この建物は元々北エリアに編入する予定だったけど、結局実行してなかったからそのまま放置されたという説がある。また、この小惑星基地を作り上げた当初に建材が不足していたため、宇宙に浮かんでいる廃棄された宇宙船とスペースステーションの残骸を直接基地内部に繋げたという説もある。更にここは中央エリアの高官しか知らない秘密の場所で、建物の何処かに機密エリアに繋がる通路があるという説もある。
諸説紛々だけど、未だに誰も正解を知らない。
ここでは酸素供給システムが稼働していないため、例え外の街道と繋がっていても、滅多に住民が近づいて来ない。
私は息を切らして、速足で誰もいないビルを通り抜け、階段を降りて街まで戻った。そしたら急に妙な疎外感を感じた。
視野が低くなり、アイアングレイ色の汚い街道にいることも、さっきまで眺めていた北エリアの城壁にあるキラキラと輝く端末センサーもまるで夢のようで、儚くて不確かになった。
人々は『群青の歌姫』、『あの歌』、『煙雨樓の呪い』などについて話していて、急いで北エリアへ走っていった。
私は街道の片側まで下がって、その景色を少し眺めてから、逆方向に向かって北エリアを離れた。
途中に南エリアまで遠回りして、境界線にある商店で列に並んで、三日分の飲用水と食料を買った。
カウンターに置いてある濃い灰色の金属製台座の表面には端末センサーのチップが嵌められていた。
私は後ろのお客さんに急かされるまでにその微弱な光を見つめていて、慌ててスマートウォッチを使って会計を済ませた。アルミホイルで包まれた乾パンはポケットに入れるけど、たっぷりと水が入っている金属製の缶は両手で持ち上げるのがやっとの重さだった。
「宇宙を航行できる船を発明したのに、何で人間は未だに自分の手を使って鉄の缶を持ち歩く必要があるのかよ……」
私は小声で愚痴をこぼし、改めて金属製の水差しを持ち、足を引きずって進んだ。
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