第六夜:雪狼(2)灰になって消滅したように見えるか?
「一年C組、力の限り!一年C組、ファイト!」
一年C組の全員が教室で円陣を組み、伸ばした手を重ね、声を揃えて熱い掛け声を叫んだ。
今日は安平高校の創立記念日であり、各クラスで催しが用意されていた。一年C組の催しは、ボードゲームカフェである。
南宮樹は客寄せパンダにされ、お客は模擬店で一定の金額を使えば彼と一回ボードゲームをプレイすることができる。そのため教室の外には長蛇の列ができており、しかもそのほとんどが女性だった。
二十回続けてボードゲームをプレイしたあと、南宮樹がついに耐え切れず休憩を取りに行ったので、行列の人数が瞬く間に九割減った。
南宮樹は教室を離れ、学校のほかの場所へと散歩しに行った。暖かな春の日差しの下、校内では淡いピンク色の花びらが舞い、どこも黒山の人だかりでかなりのにぎやかさであった。
屋台の女の子たちは南宮樹を見かけるやいなや、先を争って彼にプレゼントを渡した。しばらくもしないうちに、南宮樹の腕の中にはたくさんのお菓子が抱えられ、体には様々なプレゼントがびっしりと掛けられていた。
やっとのことで熱狂的な女の子たちから逃げ出すと、南宮樹はようやく校門で井千陽を見つけた。
手にはボードゲームカフェを宣伝するための看板を持っており、その表情は相も変わらず雷に打たれても微動だにしないかのようなポーカーフェイスであった。
「その表情はどうにかならないのか」南宮樹は笑うに笑えずやれやれといった感じで「客がみんな怖がって逃げるぞ」と言った。
「どうやって抜け出してきたんだ?」井千陽が尋ねた。「今度はクリスマスツリーになったのか?」
「おいおい、少しは休ませてくれよ」南宮樹は苦笑いを見せると、押し殺した声で心配そうに聞いた。「真っ昼間に外にいて本当に大丈夫なのか?太陽に焼かれるのが怖くないのか?」
「灰になって消滅したように見えるか?」井千陽が聞き返した。
一週間近く閉じ籠ったのち、井千陽はようやく部屋の外へと踏み出し、通常の生活に戻った。
中世に吸血鬼と人狼は西の大陸全土で猛威を振るっていた。現代になり、人狼は依然として隆盛であるが、吸血鬼は既にそのほとんどが姿を消した。
ニンニクや十字架を怖がったり、太陽の光を浴びると灰になったりするなど、吸血鬼に対する一般人の認識は伝説上の話が基になっている。
ゆえに当初井千陽は太陽の下でまったく肌を露出する勇気がなかった。サンオイルを塗りたくるだけでなく、帽子をかぶり、マスクと手袋をし、頭のてっぺんからつま先までミイラのように自分をくるんだが、あとになってそれらはすべて無駄だと気付いた。
吸血鬼の生態はある程度人狼と似ており、日中は普通の人間とまったく同じで、日没後にのみ変化が現れる。
人狼が夜にだけ狼になるように、井千陽も夜にだけ吸血鬼となる。
狼王が死んだことで人狼もしばらく鳴りを潜めており、このところは平和な夜が続いている。
安平高校は当初放課後のあらゆる活動が禁止されていたが、治安の好転に伴い少しずつ解禁されていった。今日は創立記念日につき、さらに特例として学生たちは遅い時間の帰宅となった。
狼殺率の減少とともに、神民が人狼退治に出動する頻度も減っていった。最近、井千陽と南宮樹は任務を行う必要がないため平穏な日々を過ごしており、ようやく普通の高校生のように学園生活を楽しむことができるようになった。
南宮樹が女の子たちから押し付けられた綿あめなどのお菓子を、二人で分けて食べた。
小さい頃、シスター・アンジェラは彼らが虫歯になるのを恐れて、甘いものをたくさん食べることを許さなかった。その一方で、いつも彼らのために自ら料理を作ってはどんな料理にも大量の砂糖をぶち込んだため、彼らは連日「甘い」と叫ぶ羽目になった。それ以来、二人は甘い食べ物に対して愛憎相半ばであった。
お菓子を食べつつにぎやかな校内を眺めていると、南宮樹がふと頭に浮かんだことを口に出した。
「千陽、確か成人したら修道士になって、ハンターの身分のまま人狼退治を続ける、って言ってたよな?」
「ああ」井千陽は答えた。「どうした?」
「じゃあもしいつか、ミラーズシティの人狼がすべて掃討されて、市民が神民の保護を必要としなくなったとしたら、そのときお前は何がしたい?」南宮樹が尋ねた。
井千陽は少し思案してから答えた。「ガーデナー……かな」
「ガーデナー?ああ、ずっと草木が好きだったもんな」南宮樹は井千陽の寝室にある色とりどりの鉢植えを思い出した。「それにお前子供の頃、植物と話していたみたいだったしな……ウッ!そんな怖い目で睨むなよ!」
「僕と会話したことのある植物は君だけだ」井千陽は冷たく言い放った。
「俺は本物の木じゃないぞ!」
井千陽はふと、ある女性の名前にも植物の名が入っていることを思い出し、付け加えた。「いや、彼女もいたな」
「彼女?誰だ?」
井千陽は説明する気もなかったので、ただ淡々と話した。「とにかく……いつか神民が必要とされなくなるのなら、僕はガーデナーになって、自分の手で草花を育てたい。そのときは、ミラーズホロウがエデンの園みたいに、苦しみや悲しみから解放されることを願ってる」
「いいな、それ」南宮樹は憧れるような表情を浮かべた。「じゃあ俺もミラーズホロウをエデンの園にする」
「真似するなよ」井千陽は不満そうに彼を睨みつけた。「君は自分のやりたいことを探しに行けよ」
南宮樹は彼の抗議をスルーし、興味津々に質問を続けた。「このエデンの園にも禁断の果実があるのかな?悪魔の化身の蛇は?」
井千陽が答えようとしたとき、笑い声が遮った。
「ここで油を売っている人がいるようですね」
二人が振り向くと、丸縁メガネをかけた男性がいた。担任の顧逸庭その人であった。
「先生こんにちは」南宮樹はうやうやしく相手に向かって挨拶をし、井千陽は会釈をした。
「君は少し前によく欠席していましたが、体のほうは大丈夫ですか?」顧逸庭は井千陽に尋ねた。
「風邪をひいていただけです」井千陽は淡々と答えた。
「ちょっとした風邪が下手をすると大病になることもありますからね。くれぐれも大事にしてください」顧逸庭は注意深く念を押した。「君たちは前にも病気で欠席してましたね。若いからといって体を大事にしないのはダメですよ?」
「ハハ……」南宮樹は少し緊張しながら作り笑いをした。そのとき彼らが人狼退治でケガをしていたとは、言えるわけがなかった。「お気遣いありがとうございます、先生」
顧逸庭は笑いながら南宮樹の肩を叩いた。「じゃあ、創立記念日を存分に楽しんでくださいね!」
顧逸庭が去ったあと、井千陽が眉をひそめながらつぶやいた。「あの人は好きじゃないな」
「え?すごくいい先生じゃないか?」南宮樹は首を傾げた。
「どこかで見たことがあるような気がするんだ……」井千陽は顧逸庭の後姿を見ていた。「悪魔の化身の蛇は……いるだろうな」
*****
午後五時を過ぎると、空が暗くなり始めてきた。まさしく昼夜が入れ替わる、逢魔が時だ。
昔の人は、この時間帯に特に魑魅魍魎に遭遇しやすいと信じていたが、それは本当のことである。
「軽音楽部のライブが始まるぞ!」
「朝から人が並んでるんだって!」
「急がないと、人気のない場所までなくなっちゃうよ!」
周囲の人波はグラウンドの方へと移動していた。皆、このあとのライブを待ちきれない様子である。
各クラスとサークルの催しは、そのほとんどが午後五時には終わっていた。今夜は人狼退治の任務がなく、急いで教会へ帰る必要もなかったので、井千陽と南宮樹も盛り上がりに参加しに行った。
広いグラウンドに設置された仮設ステージには様々なパフォーマンス設備が揃っており、その規模はプロの野外コンサートに勝るとも劣らないものであった。
軽音楽部の部長は三年生の呉皓軒で、彼は「
このバンドは結成されてまだ日が浅いが、既にファンクラブがあり、そのほとんどが呉皓軒目当ての女性であった。
「なんだこのバンド名は……」井千陽はたまらずツッコんだ。
夜の六時半になると、バンドのロゴ――悪魔を象徴する逆五芒星が、レーザーで夜空に投影された。四人のバンドメンバーが威風堂々と登場し、ライブが本格的にスタートした。
メンバーはそれぞれがゴシック調の衣装に身を包み、煌びやかなメイクとヘアーで、退廃的かつ危うい魅力を放っていた。
一曲目「愛の埋葬」のイントロが鳴り響くやいなや、客席のファンから熱狂的な歓声があがった。サイリウムが連なり、光の海と化した。
この曲のメロディには人を強く惹きつけるものがあり、一種の病的な雰囲気を帯びていた。呉皓軒のハスキーかつ聴く者を魅了する声で歌われることにより、オーディエンスはまるで血液が逆流するかのような戦慄を覚えた。
井千陽は音楽に対し特に興味はなかったが、この曲が強烈に人を惹きつける曲であることも感じていた。
井千陽がうっとりと聴いているのを見て、南宮樹は小声で聞いた。「この先輩の歌が気に入ったのか?」
「ああ」
「でも、なんだか歌詞が暗いと思わないか?」
注意深く聴いてみると、歌詞の言葉は美しいが、確かに純然たる悲劇にまつわる歌詞であった。
歌詞は人間の男と吸血鬼の女についての物語だった。彼らは愛し合ったことで処罰され、檻に閉じ込められる。女は本能に屈して恋人の血を吸ってしまうが、最後は愛のために命を絶って、棺に封印されることとなる。
まさに痛いところを突かれた気分であった。井千陽はこのところ、自分が吸血鬼であることに思い悩んでいた。この不吉な歌詞を聴いて、この曲に対する好感度が少し下がった。
井千陽は看板を物置に戻さなければならないことを思い出し、言った。「先に行く」
「行くのか?じゃあ俺も――」
南宮樹も後について離れようとしたちょうどそのとき、いきなり大勢に取り囲まれた。
彼らは全員校内記者であり、やっとのことで南宮樹を見つけ出すとすかさず、インタビューの機会をモノにした。
「一年C組の南宮樹さんですよね?」一人の記者がものすごい剣幕で質問した。「おうかがいしますが、校内イケメンコンテストについて、どう思われますか?今のところ、あなたと三年A組の呉皓軒さんが有力候補なんですが、勝つ自信はありますか?」
「お……俺は知らないよ……」南宮樹は口ごもりながら答え、親友に助けを求めた。「千陽、お前はどう思う、俺と……おい、俺を置いて行くなよ!」
井千陽は南宮樹の叫び声を無視し、看板を持ってまっすぐ校舎の方へと歩いて行った。
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