第三夜:狼王(2)この仕事、君には向かないな
『ネオンが灯る頃、夜が到来する』──この言葉はもはや時代遅れだが、今夜のミラーズシティの首都区の様子を最も適切に表している。
黒いベルベットに似た夜空の下、ミラーズ川両岸には建物が散らばっている。カラフルな灯りがまるで宝石のようにキラキラと輝き、高層ビルが映し出す川の水面はまばゆい液状のサファイアを彷彿させた。
高くそびえる建物の中、ひと際目立ち、他の建物よりも高さで上回る姿で首都を見下ろしているのが、ミラーズシティで一番高い建物――ミラーズフィナンシャルタワーである。
このランドマークの最上階、即ち一〇一階のバンケットホールでは現在、盛大なチャリティディナーが執り行われている。
このパーティーは有名な富豪が開催したものだ。出席者には政界の大物、ビジネス界のリーダー、映画スター、そして各分野の有名人が名を連ね、ミラーズシティの現市長である
このとき、パーティー出席者たちはワルツに合わせて華麗に舞った。グラスを交わして、酒を片手に会話に夢中になっていて、賑やかな雰囲気に包まれている。バンケットホールの片隅では、セレブ女性たちが集まり、背が高くてイケメンのウェイターを囲んでうっとりとした表情を浮かべている。
「まだ高校生なの?若いのに働いてお金を稼いでるなんて、大変ですね」
「どこの学校に通ってるの?息子の家庭教師を募集してるんだけど、やってみない?」
「私も娘の家庭教師を探してるの。給料二倍にしてもいいわよ」
「こちらの奥様、お嬢様が今年から幼稚園ではありませんか?」
その若いウェイター――南宮樹はしどろもどろして、きまりが悪そうに愛想笑いしながら、急いでテーブルに置いてある空いたグラスと皿を片付けることしかできなかった。
「す、すみません……下げたものをキッチンに運びますので、失礼します」
上流社会でも南宮樹の女性を惹きつける力は健在だった。
この名門の淑女たちの『付きまとい力』は学校の女子生徒の比ではなかった。ここが高級のバンケットホールでなかったら、南宮樹はもう逃げるように離れていたであろう。
予言者の探査によると、このチャリティディナーが人狼のターゲットになる。そのため、教会は市長に出席せず、できれば中止にするよう警告した。
しかし、強硬派の市長は開催を強行した。中止することは人狼たちを調子づかせ、政府が人狼の暴威に屈服したと市民に思わせるから、頑なになって予定どおり出席すると言った。
政府は教会運営に対して資金援助を行う最大のパトロン、つまり、『頭が上がらない存在』なのだ。教会はやむを得ず、何人もの神民をミラーズフィナンシャルタワーに派遣して、秘密裏に市長と市民の安全を保護することしかできなかった。
神民たちは招待客、ボディーガード、ウェイターなどに変装し、パーティー会場に潜伏した。南宮樹はちょうどウェイターに扮しているわけだ。
南宮樹がグラスと皿をキッチンに運んだとき、転ぶという悪い癖をまたやらかした。幸いなことに誰かがタイミングよく支えてくれたので、高級食器が割れることはなかった。
「この仕事、君には向かないな……」
同じくウェイターに扮した井千陽が、やれやれといった表情で南宮樹にそう言った。
*****
「ようこそおいでくださいました!」
パーティー会場のステージでは、燕尾服を身に纏った司会者がとても嬉しそうに挨拶した。
「『孤児たちに愛の手を‧チャリティーナイト』へご参加いただき誠にありがとうございます。このパーティーの開催目的はミラーズシティの孤児への募金です。善意のある皆様が主旨をご理解の上、寄付に多数ご参加いただけることを願っております!続いては市長のご挨拶です。皆様、拍手でお迎えください!」
拍手の中、両側の頬にほうれい線が刻まれた、威厳ある表情の老人がステージに上がった。
「皆様、こんばんは。市長の喻正毅です。このディナーパーティーに参加できたことを光栄に思っております。政府はこれまで児童福祉を重視し、孤児の保護に力を入れて参りました……」
市長は政府が児童の権利保障に力を入れてきたことを強調したあと、徐々に人狼へと話題を移した。
「ここ数年間、政府と教会が共に人狼退治に力を入れて参りました。ゆえに、両親が人狼に殺されて孤児になった子供の数の減少が顕著です。
しかし、最近は狼王を自称するテロリストが世間に噂を拡散し、グロテスクな映像で市民を恐怖に陥れ、人狼こそがミラーズシティの統治者だと嘯きました。
私はこのような発言と暴挙を強く非難します。ミラーズシティにテロリストの居場所などありません……」
市長がすらすらと演説している間、井千陽と南宮樹は強烈な眠気に襲われたものの、堂々と居眠るというわけにはいかず、眠気と悪戦苦闘していた。
ここまで、神民たちは人狼の痕跡を発見していなかった。ビル内部とその周りはどこも問題がなく、疑わしい出来事も発生していなかった。
だが、彼らは警戒を怠ることはなかった。なぜなら、人狼は市民に成りすますことが得意だからだ。早々にパーティーの招待客に扮している可能性もある。
ようやく市長の長い演説が終わると、ディナーパーティーが正式にスタートした。
楽団が優美な楽曲を披露し、ウェイターは流れるように料理を運び、精魂込めて作られた料理が招待客のもとへ届けられた。
招待客が酒と料理にすっかり満足すると、ようやくパーティーのメインイベントであるオークションの時間になった。
「続いて、皆様お待ちかねのオークションの時間になりました!」
司会者がテンション高めにイベントの開始を宣言した。
「世界各地からの貴重品を多数ご用意しました。どれもなかなかお目にかかれない逸品です!なお、オークションの収益は全て孤児院に寄付されます。皆様、奮ってご参加ください!」
美しい女性アシスタントが一品目の競売品を取り出し、司会者が説明を終えると、会場にいる金が有り余っている招待客が入札を開始した。
オークションは無事進行し、後から高価な競売品が登場するにつれて、会場の雰囲気がますます盛り上がった。
「本日の締めを飾る最後の一品が遂に登場です!皆様、この、世にも珍しい一品をどうぞお見逃しなく!」
司会者がテンション高めに競売品を紹介している。
「現在皆様がご覧になられているのは、人狼から剥ぎ取った狼の毛皮です!そして、その色は非常に珍しいローズゴールドであって、百年かかってもお目にかかれない貴重品の中の貴重品です!」
女性アシスタントが展示スタンドをステージ中央に運ぶと、長さ約一メートルの狼の毛皮がそこに展示されていた。
スポットライトに照らされ、その毛皮は不思議な美しさに加え、シルクのように滑らかで、雲や水の流れを彷彿させた。しかも、品質は極めて高く、頭から尻尾まで損傷や瑕疵が全くなかった。
招待客たちは思わず私語を漏らし、次々に感嘆の声を上げ、その顔には興奮の表情を見せた。
「人狼の捕獲に成功しても、毛皮を完璧に剥ぎ取ることは難しいのです!そして、人狼の生い立ちもバラバラな上、毛皮の品質が良いとは限りません!
皆様、よくご覧ください。この毛皮の色は決して人工的に染めていませんこの高貴な美しさには、不純物が含まれていません。その体毛の一本一本は天然の芸術品なのです!」
司会者の狼の毛皮に対するこれまでにないほどの絶賛を聞いて、観衆はじっと座ってはいられず、今すぐでも入札しようとした。
「この競売品はあるコレクターから提供いただきました。彼は十年以上前に猟師からこの毛皮を購入しました!その猟師はわずか九歳のメスの人狼を一匹捕獲したのです。そして、人狼が狼形態のうちに生きながら毛皮を引き剥がしました!」
それを聞いた井千陽と南宮樹、及び他の神民は皆思わず眉をひそめ、到底納得できなかった。
神民は人狼を退治するが、子供の個体に遭遇した場合、見逃すのが一般的であり、ましてや生きながら毛皮を剥ぐなどあり得なかった。
どれだけ残忍になれば、少女に対してそんな真似ができるのだろうか?
「コレクションはもちろん、インテリアや家具、服飾の製作など、狼の毛皮は用途を選びません!」司会者が続いて宣言した。「十万元からオークションスタートです!」
「三十一番の客、二十万!」「二十二番の客、三十万!」「六十五番の客、五十万!」「八十九番の客、百万!」
富豪たちが次々と番号のプラカードを上げ、その顔には貪欲で猟奇的な表情を浮かべていた。入札価格はみるみるうちに天文学的な価格まで上昇した。
「三百万一回!三百万二回!こちらの五十五番の客が三百五十万一回!そちらの七十四番の客が四百万一回!四百万二回!五十五番の客が五百万一回!」
司会者は饒舌な喋りで、かろうじて富豪達が手を挙げる速さに付いていった。
「十番の客、一千万一回!」司会者が高らかにコールした。「一千万二回!もっと高額の方はいませんか?」
何人かが一千万を入札した後、他の人たちは悔しそうに諦めた。
入札した者を見ると、それは恰幅の良い中年男性だった。
その左手にはダイヤがたくさんちりばめられた腕時計、右手には高価な葉巻きたばこ、首には分厚い金のネックレス、肩には派手な毛皮といった具合で、まるでその身に「成金」という二文字が書かれているようだった。
男のそばにはその息子と思われる男の子がいて、オークションが退屈なのだろうか、椅子の上でピョンピョン跳ねていた。
「一千万三回!」司会者が叫んだ。「おめでとうございます!落札されたのはこの方──」
次の瞬間、バンケットホールが突如暗闇に包まれ、大小さまざまな驚きの声が聞こえてきた。
「皆様、どうか落ち着いてください!」司会者が慌てて呼びかけた。「あの……えーと……機材トラブルのため、それで……えーと……電気の供給が一旦ストップしましたが、すぐ復旧しますので、どうか落ち着いてください!」
セレブな招待客たちを安心させるため、会場のスタッフは余興である花火ショーを前倒しでスタートすることにした。
キラキラした花火が漆黒の夜空にちりばめられ、綺麗でカラフルなイリュージョンが描かれ、招待客はカーテンウォールのそばで花火を鑑賞した。
十五分後、花火ショーが終わりを迎えたが、電気は未だ復旧せず、スタッフたちがてんやわんやしていた。
退屈していた男の子がカーテンウォールの内側に張り付いて夜景を見ていて、突然興奮しながら跳びはねた。
「パパ、見て!」男の子が窓の外を指差し、振り向いて成金の男を見て言った。「ヘリコプターだよ!」
見えたのは小型飛行機と同じくらいの大きさのヘリコプターが夜空を飛んでいる様子だった。その後、ヘリコプターが高層ビルを次々と通過し、このミラーズフィナンシャルタワーへ向かって飛んできた。
「パパ、このヘリコプター大きいね!どんどん大きくなっているよ!」
ヘリコプターがますます近づいてきたが、方向転換する気配がなく、まるで制御が失われたようだった。
招待客は皆驚き、すぐさまカーテンウォールから離れた。男の子も叫びながら逃げ出した。
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