第三夜:狼王(1)人狼どぅーらーんって何?
今日はいつもと同じ朝だ。ミラーズシティの首都区では、相変わらず通りは人の行き来が頻繁だ。
出勤するサラリーマン、通学する学生、日々の暮らしを過ごす人たち、市民はそれぞれ忙しい。
しばらく前に発生した大規模な狼殺事件は一旦市民を恐怖に陥れたものの、その後一か月間は平和な夜が続いたので、市民の治安に対する信頼感が徐々に回復し、夜間に外出する人も現れた。
地下鉄の中央駅前の通りは首都区の中で最も賑やかな場所の一つだ。
ここに設置されたデカい大型ビジョンでは毎朝、時間きっかりにその画面にニュースが流れる。今日も例外ではない。
「ミラーズシティの皆さん、おはようございます。昨夜は平和な夜でした。人狼によって殺された犠牲者はいませ――」
ニュースキャスターが途中まで話すと、画面が急にぼやけて、多重映像が映し出されたあと、画面全体が砂嵐になった。信号が妨害されたように見えた。
約三十秒経つと、画面が砂嵐の状態から戻ったが、市民の目の前に映っているのは美人の女性キャスターではなく、野蛮人のような男の姿だった。
暗い場所で、その男は無数の人骨が堆積してできた山の上に鎮座していた。
男は上半身裸で、鎧のように引き締まった筋肉を見せた。ブロンズ色の肌は隅々までタトゥーで覆われていて、その柄はほとんど古代から伝わる模様のようだ。その姿は中世の野蛮な部族の戦士を彷彿とさせる。
男はいわゆる「ウルフテール」の髪型であり、左右の髪は刈り上げられていて、後頭部の長くてボサボサした髪が肩まで広がっていた。
荒々しく彫りの深い顔はまるで彫像のもので、真紅の両目で反射した光は危険を示している。
通りを歩く市民はこの突如テレビ画面に現れた男にくぎ付けになり、次々と足を止めた。画面越しからでも、男から発せられる強烈な威圧感が伝わってきた。
「我が名は『狼王』──アザット・メメティ」
男は人間と野獣の間にいる何かの声で名乗った。大きな声ではなかったが、それを聞いた人は身の毛がよだつ感じがした。
「ミラーズシティは今日より正式に『人狼トゥーラーン』になる。我はこの地を支配する唯一かつ合法的な統治者なり。人狼は如何なる種族をも凌駕する最高の権利を持つ。我らに逆らう者は、何人たりとも凄惨な代償を払わせてやる」
話し終えると、画面に巨大な檻を映し、その中には体を震わせている男一人が映った。服装から神民だとわかった。
数匹の人狼が檻の中に入ると、男は後ずさりしながら命乞いを始めた。しかし、その人狼たちは男の様子を気にも留めず、巨大な口を開いて襲いかかった。
けたたましい悲鳴の中、人狼は男の身体から肉塊を何度も何度も噛み千切り、ものの数分も経たないうちに、先ほどまで生きていた人間は骨の残骸へ姿を変えた。
画面には再びアザット・メメティの姿を映した。彼は右腕を挙げて、親指の上に中指と薬指を添えて、人差し指と小指をまっすぐ立てて、狼の頭を模したジェスチャーを作っていた。
そして、その口でまるで呪詛のようなことを宣言した。
「人狼の勝利は永遠なり」
*****
朝のニュースの電波ジャックは大きな衝撃を巻き起こし、前回の狼殺事件よりもセンセーショナルであった。
「ありゃあCGろう?テレビの生放送で公開殺人なんて有り得るのかよ?しかも、生きた人間を食いやがった。本当だったら怖えよ!」
「映画の宣伝じゃないか?宣伝のためにここまでするとは、ご苦労なこったな」
「そういえば、あの狼王とやらがかっこよすぎないか。人狼ってみんな不細工で背中が曲がってるじゃん」
「だけど、本当なんじゃないかな。この前の狼殺事件だって、その前兆かもしれないよ……」
安平高校一年C組の教室では、今朝のニュースだけではなく、再び学校に顔を出した南宮樹のことも話題になっていた。
女子生徒の多くが『風邪』が治った南宮樹のことが気になって、次から次へとお祝いの言葉をかけた。
ようやく学校へ戻ってきた井千陽と南宮樹の姿を見て、林若草も密かに胸を撫でおろした。
教室の後ろを覗くと、ちょうど井千陽と目が合ったので、慌てて視線を逸らした。
「おやおや、空気の流通が大切なことだとわからないんですか?皆さんが南宮樹くんの周りに集まると彼はまた倒れちゃいますよ。早く自分の席へ戻ってくださいね」
担任の顧逸庭がにこにこしながら教室に入ってくると、生徒たちが起立して、一礼してから着席した。
「それでは、今日の授業ですが──」
「顧ちゃん、『人狼どぅーらーん』って何?」一人の男子生徒が手を挙げて質問した。
「授業中に汚い言葉を使わないでください……」顧逸庭が困った表情をした。「あっ、君は今朝のニュースを見たのですね?」
「顧ちゃん、あの映像って本物だと思います?」一人の女子生徒が質問した。「あの人、本当に人狼に殺されちゃったのかな?最後のジェスチャーはなんという意味ですか?」
「一気に質問しせず、一人ずつゆっくり話して、いいね?」
顧逸庭が両手を挙げて降参のポーズをした。
「まず、私は映像に関する専門家ではありません。ですから、あの映像が本物かどうかはわかりません。『人狼トゥーラーン』とあのポーズの意味について、私が答えることができます」
顧逸庭の表情が突如真剣な顔に変わった。
「この『トゥーラーン』という言葉は土地の意味が含まれていますので、人狼トゥーラーンは、『人狼の領土』という意味です。
人狼トゥーラーンは『人狼至上主義』の主張の一部です。これは長い間受け継がれてきたイデオロギーであり、その歴史は人狼の歴史と同様に長いのです。
人狼の中には、自分たちがあらゆる面で他の種族より優れているから、世界を統治すべきと考える者がいます。彼らの最終目標は全ての人狼の勢力を統一して、全世界を人狼トゥーラーン化することです。
映像の最後に見せたあのジェスチャーですが、あれは『人狼ジェスチャー』と呼ばれ、このジェスチャーは元々昼間に、人間の姿をした人狼が同胞と挨拶するときに使う暗号でしたが、徐々に人狼トゥーラーンを支持する意味合いになり、過激思想を象徴する記号になったのです」
それから、顧逸庭が警告した。
「このジェスチャーは今やタブーになっており、人狼ですら過激派を除いて使用していません。むやみにこのジェスチャーをすることは違法です。皆さん、絶対に興味本位でこのジェスチャーをしないでくださいね」
悪戯好きな一名の男子生徒がこのジェスチャーを試そうとしたが、最後の話を聞いて途端に驚いて萎縮した。
「もし、ミラーズシティが本当に人狼トゥーラーンになったら、何が起こるんですか?」一名の女子生徒が質問した。
「あの映像と同じことが起こります」
顧逸庭がそう答えた。
「人狼が支配者になれば、逆らう人間は皆殺しにされます。人間は人狼にとって栄養源だから、種族そのものを絶滅させることは考えにくく、恐らくは家畜のように育てられるでしょう。人間が牛や羊を育てるようにね」
教室の中がひっそりと静まりかえり、生徒はお互いに顔見合わせ、不安な表情を見せた。
「まあまあ、皆さん心配しすぎですよ。先生がさっき話したことは恐らく起きないでしょう。ミラーズシティが人狼トゥーラーンに化することより、皆さんは来週のテストに集中してくださいね」顧逸庭が落ち着いた口調に戻って言った。「余談はここまでにして、皆さん、教科書の……」
教科書をパラパラとめくる音の中、井千陽と南宮樹が意味深にアイコンタクトを取った。
*****
「そうなのよ、おじさん、本当にバカなんだから」
午後の校庭の東屋で、小惠が弁当を食べながら、林若草、芊芊、桃子にそう言った。
芊芊はすっかり回復して、前と変わらない明るさを取り戻していた。
「おじさんがグループトークでフェイクニュースを見て、トリカブトの塊根は人狼を撃退する効果があると信じた。それから、漢方薬局でそれを買って煮汁を従弟に飲ませたの。でも、正しい使い方を知らなかったから従弟は中毒になった。幸い、早急に病院に運ばれちゃって、命は助かったけど」
この前、大規模な狼殺事件が発生したことを受け、玄関の前にサンザシを飾るとか、窓のそばにアザミを置くなど、ネット上では色々な人狼撃退法が再び広まった。
実は、これらのデマは全て昔から流れている。深刻な狼殺事件が発生した後に都度蒸し返され話題になり、いわゆる「定番ネタ」になったものだ。
その中で最も広まったデマがトリカブトの塊根で人狼を撃退できるというものであり、広まってから長い時間が経っている。デマの由来は西の大陸の農民がトリカブトの塊根を利用して野生の狼を殺していたというものであり、それから話が歪められた結果、人狼はトリカブトの塊根を怖がると伝えられたのだ。
政府と人狼専門家は既に何度もこのデマを否定したが、信じている者はそれでも信じ続ける。大金をはたいてトリカブトの塊根を購入した市民がいたものだから、販売会社もこのチャンスを逃さんとばかりに値上げして、トリカブトの塊根の価格は上がる一方だ。
最近は、人狼がニンニクを怖がるというデマが広がったせいで、今度はニンニクが値上がりするようだ。
「でも、自分で作ったお守りにトリカブトの塊根を入れて、好きな人にプレゼントしたら、その人が人狼に食べられないよう守ってくれるらしいよ」桃子がそう言った。「うちのクラスの女子はみんな南宮樹にお守りをプレゼントするって言ってたから、ここ何日かは授業中にこっそりお守りを作ってるの」
「本当?」「私もお守りを作る!」
さっきまでデマや迷信を批判していた女子たちはそれを聞いた途端に目の色を変えた。さっそく作るぞといった表情で、放課後、一緒にお守りの材料を買いに行く約束をした。
林若草はお守りが人狼を撃退できる話を信じていないが、自分もお守りを作ってみようと思っている。小さな祝福として贈ればいい。贈る相手のことを考えると……林若草の顏がすぐに熱くなった。
–
註:トゥーラーンの発音と台湾語の汚い言葉「tu̍h-lān」の発音はよく似ていますので、男子生徒が二つの言葉を間違えました。
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