第二夜:神民(2)誰かが子供が見ちゃいけないことをしている

 井千陽と南宮樹が青松里にある二十四時間営業の駐車場に到着したのは、夜の九時近くになっていた。

 その駐車場は少し外れたところにあるが、料金が安いため多くの人が駐車しており、現在ほとんどのスペースが埋まっている。

 予言者によると、今夜はここに二匹の人狼が出現するらしい。

 二人は五階建ての駐車場を一階から順に全フロアをチェックしたが、人狼を見つけなかった。

 だが、二人は気を緩めなかった。予言者の占いはほぼ100%的中するからだ。

 二人は三階で人狼を待ち伏せすることにした。

 しばらくすると、上の階から奇妙な声が聞こえ、二人の間に緊張が走った。

 声が聞こえた四階へすぐに上がると、フロアの奥で黒いセダンが激しく揺れているのが見えた。

 揺れはどんどん大きくなり、車がひっくり返りそうなほどで、人を赤面させる喘ぎ声も聞こえてきた――どうやら中で子供が見ちゃいけないことをしている人がいる。

 南宮樹が咳払いしてから、「俺たちは……」

 話し終える前に、車内から突然心臓が切り裂かれるような悲鳴が聞こえると、二度と車が揺れることがなかった。

 次の瞬間、車のドアが開き、チャラい男一人が車から降りてきた。同時に、女性の死体も車から転がり出てきた。

 死体に着衣はなく、胸が抉られた。胸に開いた穴から血が流れ、その顔には恐怖が刻まれていた。

 男の手には水風船に似た赤紫色の物体が握られていた。よく見るとそれは、血まみれの人間の心臓だった。

 男は心臓にかぶりつき、しばらく噛んでから評価コメントをした。「ブスだが、味はなかなか…」

 男がコメントを言い終わる前に、熱風とともに銀の弾丸が男の頭に向けて飛んでいく。同時に彼はやせ細った灰色の人狼に変身し、その牙で弾丸を正確に噛んで止めた。

 灰色の人狼は弾丸をガムのように吐き出し、「人の話を最後まで聞けねえのか?」と言い、獰猛な笑みを浮かべた。

 井千陽は再びトリガーを引き、今度は相手の耳に命中した。南宮樹は己の血を刃に変えて、灰色の人狼を挟み撃ちにする機会を伺っていた。

 灰色の人狼は一対二では分が悪く、次第に追い詰められていった。井千陽が彼を撃ち殺そうとしたその時、突然、近づいてくる他の獣の気配を感じ取った。

 周囲を見渡しても駐車場に他の人狼の姿はなく、不思議に思っていると、上から微かな音がした。

 見上げると、天井から茶色の人狼が天井に張り付いて這い寄った。そして彼は反転して飛んで、大きな口を開けて井千陽を食い殺そうとした。

 井千陽はすぐに回避したものの、左肩が噛まれ、声を上げてしまった。

「千陽!」

 南宮樹は驚愕して叫んだ。茶色の人狼のさらなる攻撃を血の刃で防ぎ、その右前足に深く切り込んだ。

 茶色の人狼は呻きながら、魔女の毒が全身に行き渡る前に、傷ついた足を引きちぎった。

 双方は共に負傷者が出た。二匹の人狼はその場を離れたほうが良いと判断し、階段の入口方向に逃げ出した。

 井千陽は肩の傷をものともせず人狼を追って、二発の銃弾を狙い定めて発射し、そのうちの一発が茶色の人狼の体を貫通した。大きな悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。

 灰色の人狼はとても狡猾だった。彼が階段に逃げるかと思いきや、突然向きを変え、柵を飛び越えて、四階から直接地上のプランターへ飛び移った。

 屈強で成熟した人狼は、この高さなど取るに足らない。

 井千陽が追いかけようとしたところで、南宮樹に止められた。

「噛まれたんだ。先に解毒をするぞ!」

「余計なことをするな……」井千陽は頑なにそう言ったが、その声は少し弱々しかった。

 南宮樹が井千陽の怪我を確認すると、その怪我が酷かった。服はちぎれて、肩は血まみれだった。

 神民たちが着ている黒いスーツは、動きやすいように特殊な生地を使用している。人狼の引っかきや噛みつきからある程度防いでくれるが、全ての攻撃を防いでくれるわけではない。

 南宮樹は慌てて懐から自分の血を入れた瓶を一本取り出し、井千陽の肩にまんべんなく注ぐと、傷口から煙が立ち込めた。

 井千陽はううっと唸り、少し顔をしかめた。

「今夜はここまでにしよう」南宮樹は心配そうな口調で言った。「まずは教会に任務の経過と進捗を報告しよう。後は他の神民があの人狼を始末してくれるさ」

「ダメだ」井千陽は猟銃を強く握りしめ、歯を食いしばって言った。「市民を殺す人狼は……僕がこの手で仕留める!」


 *****


 逃げた人狼の気配を追って、井千陽と南宮樹は「クレイジーウルフ」というナイトクラブにたどり着いた。

 看板はその店名の通り、狂気のオーラを放つ恐ろしいオオカミの頭に見えて、色とりどりのネオンが闇夜の中で輝き、蛾を引き寄せていた。

 廃ビルの地下倉庫にあるこのナイトクラブはもちろん違法経営であり、事実上セキュリティがないため、二人は裏口からさほど労せず侵入することができた。

「我らを試みに会わせず、悪より救い出したまえ……」南宮樹は不安そうに小さい声で祈りを捧げた。「ここは罪深い場所だ。俺たちはまだ十六歳。もし俺たちがこんな場所にいることをシスターアンジェラが知ったら……」

「だったら、お前は外で待ってろ」井千陽がイライラしながら言った。

「置いてかないでくれ!」

 二人がナイトクラブのメインダンスフロアに着いた。天井から吊るす巨大なレザーライトボールが回転しながら色を変えている。

 まばゆいばかりのレーザーの中、何百人ものお洒落な若者や派手なギャルが、DJのミキシングに合わせて頭と腰を振り、まるで何かに取りつかれているように踊っている。

 酔っ払っている者もいれば、ドラッグをやっていると思われる者もいる。彼らは夢の世界にいるように見える。床には色とりどりの酒瓶やタバコの吸い殻、得体の知れない錠剤やカプセル、さらには使用済みの注射器などが散らばっている。

 井千陽や南宮樹がつけていた鳥のクチバシがついたマスクも本来目立つはずだが、この魔窟のようなナイトクラブにいる者の身には、マスクもタトゥーもボディペイントもあって、二人以上に奇妙に見える者がたくさんいた。

 また、この場所にはフォグマシンやパウダーマシンが設置されており、香りのする霧や色粉を噴出し、さらに酒やタバコ、コロンなどの悪臭が漂っているという、あらゆる瘴気が混ざり合った、まさに匂いの地獄だった。

「千陽、ここ怖えよ……」南宮樹は不安げに井千陽の袖を引っ張り、歩きながらうずくまる。「はぐれないようにしないと……うわっ!」

 南宮樹がうっかり床に置かれた酒瓶につまずいた。幸いにも井千陽を引っ張っていたから、転ぶことはなかった。

 ダンスフロアの周りには、鉄パイプが林立する小さなダンスステージがいくつもあり、ビキニ姿の女性たちがセクシーなダンスを観客に披露していた。熱いパフォーマンスで雰囲気を盛り上げていた。

 一人の赤髪の女ダンサーがひと際目立っていた。華やかな顔、魅惑的な目、スーパーモデルのような体型で、曲線美は完璧だった。

 パイプにつかまりながら足が開いて、次の瞬間はパイプの周りをくるくると回り、飛んだり、逆さ吊りになったりして、力強さと美しさを兼ね備えた姿に思わず見とれてしまった。

 井千陽と南宮樹はダンスフロアを一周したが、逃げた人狼を見つけなかった。

「千陽、一旦撤退しようか」南宮樹は心配そうに「何か……嫌な予感がする」と言った。

 南宮樹の説得のもと、井千陽は撤退することに同意したが、煙のせいで近くにあるものしか見えず、出口がどこにあるのかさえわからなかった。

 次の瞬間、井千陽は自分の腕に何か熱い液体が飛び散るのを感じた。よく見るとそれは、鮮血だった。

 飛び散ってきた方向に目をやると、煙の中に隠れた獣の姿が見えた。一人の男の腕を食べていた。

 男の腕の肉はほとんど齧られ、骨まで見えていたが、奇妙なことに、痛みもないかのように、激しいエレキサウンドのリズムに合わせて体を動かしていた。

 次第に、井千陽や南宮樹の周辺にも次々と人狼が現れ、踊り狂う人々を無茶苦茶に食い荒らすようになった。人々は麻薬で感覚が麻痺しており、自分たちが人狼に食べられていることにすら気づいていなかった。

 ステージでパフォーマンスをしていたポールダンサーたちがダンスフロアにやってきて、井千陽と南宮樹を取り囲むと、二人に対してセクシーなダンスを踊り出した。

 そして、人に化けた妖怪のように、彼女たちは次第に愛嬌のある外見から変身し、獰猛で凶暴な狼の顔を現した。

 南宮樹は血の刃を手に、突進してきた灰色の人狼を退けた。井千陽はここで市民を誤射する可能性を考えられず、黒い人狼に向かって銀の弾丸を放ったが、その銃声は音楽にかき消されてしまった。

「ここは子供の遊び場じゃないのよ、神民の坊やたち」

 突然鳴り響いた声に振り向くと、声の主は燃えるような赤い髪と、抜群なスタイルを持つ美しい女だった。

 この女は、先ほどポールダンスを披露したダンサーの一人であり、「クレイジーウルフ」のオーナー、そして、この地域の人狼の「頭目」である――ザナイだ。

 井千陽と南宮樹は瞬く間にザナイとその部下たちに囲まれてしまった。

「でも、せっかく来たのだから、パーティに加わりたいことにしょう」ザナイは妖艶さに残酷が入り混じった笑みを浮かべた。「私たちもこのジャンキーたちに飽きたから、やってきた神民の坊やを食べるのも悪くないわね。しかし、血の刃を持つ者は魔女みたいね?そのまま殺しちゃおうかしら」

 二人と人狼たちは煙と光に包まれたダンスフロアの真ん中にいた。周りの人々はまだ踊ったり歌ったりしていたが、ここだけは緊張感が高まっていた。

 井千陽と南宮樹はそれぞれ猟銃と血の刃で構えて、あがく準備をした。人狼たちは待ち構えていて、ザナイの合図を待って彼らを八つ裂きにしようと襲い掛かるとする。

 緊張感が極限まで高まったその時、冷ややかな声が響いた。

「人狼共はかくも身の程知らずなのか」

 いつからか、深い煙と霧に包まれた周囲は人狼の他に鳥のクチバシがついたマスクを被った人影が十数人いた。

 南宮樹は、教会に要請した援軍がようやく到着したことに安堵した。

「あらあら、今日はどんな風の吹き回しかしら?」ザナイがクククと笑いながら「神民の皆様がこんなにいらっしゃるなんて、光栄ですわ」と言った。

「無駄話はそこまでにしろ、ザナイ」ある男性の神民が落ち着いた口調で言いながら、一歩前に出た。

 その体躯は黒いスーツでも強健な筋肉が隠しきれないほどたくましく、ベルトに差した剣から見れば、彼が騎士だとわかった。

「半年前、神民たちはお前の店を一度掃討したが、お前は運よく逃げおおせた。だがお前は懲りもせず、密かに場所を変えて、市民を害する暴挙を続けているとはな」

「相変わらず厳しいのね、トーマス」ザナイは花が咲くように笑いながら、「でも、この市民と呼ばれる人たちも、ただの欲に溺れたジャンキーなんだから、死んでも惜しくないでしょ?」

「罪のない人の虐殺を正当化するな!」トーマスという名の騎士が啖呵を切った。「どんな理由があろうと、人狼による市民の虐殺は許さん!」

「私たちはただ生き残るためにやってるのよ」ザナイの笑顔が少し消えて、「本来食物連鎖の頂点に立った我々が、お前たち神民によって多くの同胞を殺され、夜の世界で生きることを余儀なくされたのだ。どれだけの人狼が餓死したのか、わかっているのか?」と反論した。

「誰が人狼に生まれろと言った?お前らみたいな畜生を皆殺しにしなかったことに感謝するんだな!」一人のハンターが口を挟んだ。

「話が通じないようね」ザナイは小さくため息をついた。「とにかく、もうあなたたちの顔色をうかがわないことにした。これから私たち人狼は、好き勝手人間を食べることにするわ。神民も含めてな!」

 次の瞬間、ザナイは人間の女から突然、赤毛の大きな四つ足の生物に変身した。一見すると狐のようだが、実は赤いメスの狼だった。

 そして、鋭い牙を剥いたザナイはトーマスに向かって猛烈に突進し、トーマスはすばやく剣で身を守り、ザナイの部下は他の神民を攻撃し、ナイトクラブのダンスフロアは殺戮の場と化した。

 一人のハンターが人狼に太ももを噛まれ肉塊がちぎれると同時にある人狼が騎士の剣に脇腹を刺されて腸がこぼれた。

 井千陽と南宮樹は他の神民と共に人狼と戦っていた。激しい戦闘の中、井千陽が壁のそばに設置されたフォグマシンを目にすると、ふとひらめいた。

 南宮樹は井千陽の言葉に頷き、戦闘の合間を縫ってフォグマシンに向かって歩き出し、その中に何かを加えた。

 ザナイはメスとはいえ、殺気を帯びるとオスに劣らず狂暴になる。彼女はトーマスの肩に噛みつき、骨を砕いても離れなかった。

 それを見たハンターの一人がザナイを撃ったが、ザナイはやむなく口を開けて弾丸を躱した。

「ザナイ、やはり人間と人狼は共存できぬ運命だ。もう死んでしまえ!」

 トーマスは肩の痛みに耐えながら剣を振り上げ、ザナイを真っ二つにしようとした時、突然一匹の人狼が激しく襲いかかってきてトーマスを弾き飛ばした。

 ザナイは一命を取り留め、再びトーマスに突進しようとしたが、次の瞬間、めまいがして全身が麻痺するのを感じた――これは、中毒の兆候だ。

「これは、魔女の毒?」ザナイが呟いた。「一体、いつの間に……」

「千陽、お前の言う通りだね。血の霧は本当に人狼を中毒にさせるんだ」南宮樹が相棒に囁いた。

 少し前、南宮樹は井千陽の提案を受け入れ、フォグマシンに自分の血液を加えたのだった。それから血の霧がダンスフロア全体に漂い、人狼がそれを吸い込むと中毒した。

 しかし、血液が霧になると、一回の摂取量が微量のため、人狼を一気に毒殺ことはできず、力を弱めるだけだった。

 双方の実力が均衡していたが、このままだと相打ちになると判断したザナイは撤退を考え始めた。

「トーマス、人狼の時代がやってくるわ」ザナイは高らかに宣言した。「我らの『王』がもう降臨した。彼は必ずミラーズホロウの支配者となり、人狼を頂点に導いてくれよう!」

「お前たちの『王』だと?」トーマスが彼女の言葉を繰り返した。

 赤いメスの狼は答えず、ただにやりと笑った。

 密閉された室内、高温のレザーライト、空中に浮遊する濃い色の粉……大惨事を引き起こす条件がすべて揃っていて、その時、臨界点に達した。

 次の瞬間、巨大かつ灼熱なエネルギーが爆発を引き起し、ナイトクラブにいるすべての者を飲み込んだ。

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