8-2 「こいつを直してくれることだ」

「どうして幻滅すると言うのですか?」安卓未は瞬きした。

「もう七年前の僕とは違うんだ」

 冀楓晩は視線を落とし、「僕は何事にも無関心、そして短気になって、他人に構っていられないしたくもない。自分以外の存在全てを面倒くさく思っている」と言った。

「……」

「幻滅しただろ?」

「とんでもないです」

 機械音声がそう答えた。安卓未は冀楓晩の予想外といった顔つきを見て、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。

「あなたがどのような人間なのか、小未と連携する前から知っていました。ずっとずっと、見てきましたから」

 冀楓晩は一瞬愕然として、仕方なしに苦笑いした。

「だからそれは法律違反だって」

「わかっています。でももう二度とあなたとの繋がりをなくしたくありません」

 安卓未は目に涙を滲ませ、起き上がろうと力を振り絞って、冀楓晩に数センチほど近づいて「あなたに興味を無くしたりなんかしてません!」と言った。

 冀楓晩は困惑して眉をしかめたが、すぐさま自分が小未に火事で家族を失ったあと無言電話も四か月間かかってこなくなり、たぶん向こうも自分に興味をなくしたんだろうと言っていたのを思い出した。

 安卓未は視線を落として「携帯を持っていたのが父にバレてしまい、携帯を没収され、ちゃんと僕を監視するようにと父は使用人にも指示していました。一年後に父と母が他界するまで、私はあなたに電話をかける機会がありませんでした。しかしその時あなたの番号はすでに繋がらなくなっていました」と言った。

「それで繋がりを無くしたのか……」

 冀楓晩は軽くため息をつき、眉間にしわを寄せて聞いた。「じゃあ僕が霜二月ってことはどこで知ったんだ?僕はペンネームをあなたに伝えてなかったはずだが」

「声でわかったんです。あなたがブックフェアでインタビューを受けた動画を見ました。口調は違いましたが、その声であなただとすぐにわかりました!」

 安卓未は目をキラキラさせた。

「それから薪火に動画をバックアップし、あなたの本名、住所、携帯番号とメールアドレス特定させました!」

「それで僕の監視システムをハックして覗き見し始めたのか?」

「はい。こっそり見ているだけでいいと思っていましたが……」

 安卓未はしばらく経ってから文字を出力して「見れば見るほど、あなたがとても強張っているのが伝わってきました。笑ったり動いたりもしていますが、今にもぱっと壊れてしまいそうな感じがしました。薪火が言うには、私の気のせいという可能性が二割、あなたが隠れ病気を持っている可能性が一割、そしてあなたの面倒を見てくれる、甘やかしてくれる存在がなくリラックスができない可能性が七割とのことでした」と言った。

「リラックスはさておき、僕は甘えるなんかする必要がない」と冀楓晩は声を低くして言った。

「でもあなたは私に膝枕をさせたことがあります」

「あれはリラックス……いやただの休憩だ!」

 冀楓晩は声を上げでそう強調し、安卓未がわからないという風に自分に視線を向けているのを見て、顔を横に振って腕を組んで「そんなのどうでもいい。とにかく、それがあなたがアンドロイドを作って僕にあげようとした理由なのか?」と言った。

「そうです!開発自体は順調でしたが、あなたの好みがわからないので、見た目と人格プログラムの方はなかなか決まりませんでした」

 安卓未は遠い目をし、少し口角を吊り上げて「そしてその日……あなたが林さんに十八歳の頃の私が好きだと言ってました。初めてそれを聞いた時は耳を疑いましたが、薪火と希兄さんを呼んで一緒に十八回も聞いてやっと確信出来ました……あの日は、私があなたの正体を探りだしたの次に嬉しい一日でした」と言った。

 冀楓晩の耳は少し赤く染まり、眉をしかめて「嬉しがりかよ」と言った。

「楓晩さんのこととなると何でも嬉しくなってしまいます」

 安卓未の目に恋心が溢れ返り、羽のようなまつげを軽く数回振って「これで見た目は決まりました。性格のほうは、薪火が性格より相手を愛する心のほうが大事だと言いました。こちらにあなたのことをもっとも愛しているのは私なので、自分でやると決めました」と言った。

「……」

「あなたと同棲し始めてから、あなたは私の思ったより怒りっぽくて、笑顔が少なくて、いつもくたびれていることに気付きました。しかし……」

 安卓未は全身の力を振り絞って口角を上げ、冀楓晩を凝視して「あなたは決して私を誤魔化したりしませんでした。うざがっていても私のした質問にはちゃんと答えて、雨の中でも山の中でもパークの中でも、私に付き合ってくれました。口調は変わりましたが、優しいところは七年前と全く変わっていません。大好きです!」と言った。

 冀楓晩は唇を真一文字に締め、しばらく黙り込んでから全ての感情を抑えるように一息を吸って「僕からの質問は終わった。これからはあなたのやったことに対して僕がどう思っているかを伝える番だ」と言った。

 安卓未はびくりと肩を震わせ、両目に潜んでいた感情も喜びから緊張に変わる。

 冀楓晩は温かみ何一つ帯びずに「あなたがアンドロイドではなく、本物の人間だと知った時、僕はカッとなった。めちゃくちゃカッとなった。ぶっ殺してやりたいと思うほどブチギレた」と言った。

「すみません」

「謝って当然だ」

 冀楓晩は足に置いていた手を握り締め、目を鋭くして「あなたは僕を騙した。もしあなたが本物の人間だとわかっていたら、家族のことはおろか、自宅に入れることすらなかった。言ったはずだ。人間とアンドロイドは違う。あなたはアンドロイドだと装って僕の警戒を解かせ、あなたに人間相手には言わなかったことを僕に言わせた。相当たちが悪い」と言い放った。

「すみません!」

「あなたは取り返しのつかないダメージを僕に与えた。あなたのやったことを忘れることも、あなたが僕があなたに伝えたことを忘れることも、永遠にない」

「すみませんすみませんすみませんすみません!」

「『すみません』という言葉になんの重みがない。しかもあなたは直接に言うわけでもなく、モニターとスピーカーで出力しているだけだ」

 冀楓晩は立ち上がり、冷たく安卓未を見下ろして「僕はあなたに実質的、具体的、かつ確実的に償いになる罰を受けてほしいんだ。わかってるか?」と言い放った。

「わかっています」

 安卓未は両目に涙を滲ませて「あなたの怒りを収めるためなら、何でもします」と言った。

「あなたがやったところで怒りが収まる保証はできない。あなたに与える罰は……」

 冀楓晩はポケットに手を入れ、それからジッパーバッグを取り出して病床に向かって投げて「こいつを直してくれることだ」と言った。

 安卓未は頭を振ることができないが、この部屋全体に設置してある監視カメラはすべて彼の目となっている。そのため、ジッパーバッグが死角に落ちていても、カメラを通して、バッグの中に金属製の子猫がついた幸運のブレスレットが入っているのが見えた。

「自分でやれ。他人やアンドロイドの手を借りてはだめだ」

 冀楓晩は幸運のブレスレットに指差して言った。

「こいつを元に戻せば、あなたを許すのを考えてやる」

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