6-2 「……僕は泥棒ではありません」
冀楓晚は唖然として安さんの刃のような両目を見つめ、今まで疲れや小未を心配しすぎていたため無視してきた些細な異常が頭に浮かんだ。
――メンテナンスルームにいる三名のエンジニア。
――連れて行かれたVIPフロアの一番奥の席。
――慌ててカフェに駆け込み、必死に移動を促した受付。
「……僕は泥棒ではありません」
冀楓晚は安さんの鋭い視線を合わせ、顔や声を沈み込ませて言った。「僕はただ自分のアンドロイドを修理しに来ました。修理できるなら待ちますが、できなかったら別の方法にします」
「僕の態度で誤解をさせてすみません」
安さんは厳しい表情を抑え、笑顔を取り戻してこう言った。「あなたが泥棒なんて疑いませんよ。泥棒なら、盗品を元の所有者の家にばかばかしく持ち込まないでしょう」
「疑っていなければ、受付に僕をここに連れてくるように指示しないでしょうか」
「僕はただ重要な関係者と話したいだけなんです」
安さんは通りすがりのウェイターに手を振り、ホッとココアを一杯頼み、手に持っているスマホを振りながら、「ここに来る途中、部下にAAX005が保管されている研究所の防犯カメラの映像を五倍速で見るように指示しました。先ほど彼らは全て見た結論は、AAX005はまだ所内にあるはずですが、実際彼はあなたの家にあります。何が起こったか知っていますか?」と言った。
「わかりません。小未は宅急便で送られたものです。送り先は僕の友人だと思ったのですが、彼は否定しました。小未自身も、誰かが彼を僕の家に送ったのか答えられませんでした」
冀楓晚は説明するとき、突然胸が締め付けられた。よく考えてみると、受取人の彼ですら小未が誰に送られたのすら知らなかったのに、荷物として配達され、しかも配達中にずっと電源を切られていた小未は知るわけがないだろう?たとえ彼のハードドライブに記録があったとしても、彼にはおそらくアクセス権がない。
ごめんね、小未――冀楓晚は唇をぎゅっとすぼめ、どもりするアンドロイドの姿が頭に浮かび、テーブルの上に置いている手をゆっくりと握り締めた。
安さんは冀楓晚の表情の変化を捉えたが、作家の罪悪感を良心の呵責と解釈し、視線は冷たくなり、ため息をついて言った。「先ほど言った通り、あなたが持っているアンドロイドは当社二世代先の試作機であり、まだ発表されていない重要な技術が多く使われているので、企業の代表として、どうやって流出したのかを突き止めなければなりません」
「先ほど言ったのですが、小未の所有者が誰なのか知りません」
「冀さん、僕はあなたの敵ではありません。それどころか、僕はあなたを助けています。試作機を盗んだ犯人を見つけられない場合、当社は全てを警察に依頼することしかできません。そうすると、警察の方はおそらくあなたを第一容疑者にするでしょうね」
「……脅しているんですか?」
「そんなことはないですよ。犯罪を通報するのは国民の権利であり、脅迫にはなりませんよ」
安さんは軽く笑った同時に、ウェイターがホッとココアを持ってきた。彼はココアを一口を飲み、「本当に美味しいですね……ここの料理を食べましたか?どの料理もミシュランに負けないくらい美味しいです。ここの料理を味わいしながら、アンドロイドを受け取った時のことを思い出した方がいいと思います」と言った。
「思い出せなかったらどうしますか?御社は僕をここに閉じ込めるつもりですか?」
「他人を監禁することは違法です。いつでも帰っていただいて結構です。しかし、その場合、当社は警察に介入を要請することしかできません。それはあなたやあなたの出版社にとっても良い事ではありません」
冀楓晚の目が一瞬大きく見開かれるのを見て、安さんはうなずいて微笑んで言った。「僕はあなたのファンとは言えませんが、周りの多くの同僚はファンです」
安さんが以前に冀楓晚をひそかに脅迫していたと言われるなら、今では露骨な脅迫なのだ。冀楓晚の胸はまず寒気に包まれ、その後彼の怒りは急速に高まった。彼は反射的に立ち上がって去り行こうとしたが、動く前に視線は画面越しに合金ベッドの上に機械のアームにしっかりと固定されている小未を見て、一瞬硬直してから椅子に再び座った。
「何か思いつきましたか?」
「僕のアンドロイドはまだ御社のメンテナンスルームに眠っていると思いつきました」
冀楓晚は椅子にもたれかかり、メンテナンスルームの画面を見つめ、テーブルの向かいに座っている人を見るもせず、非常に冷たく言った。「僕が知っていることは全て話しました。御社は警察に通報するか、記者に連絡するかはご自由にどうぞ。小未を修理してくれるならば、他のことは気にしません」
「小未?」安さんは眉をひそめた。
「僕が連れて来たアンドロイッ……」
冀楓晚のスマホが突然鳴りながら振動し、彼は画面から目を離さずにポケットからスマホを取り出して通話ボタンを押し、「どなたですか?」と尋ねた。
「お前の先祖だ」
林有思は疲れた様子でゆっくりと答え、ページをめくる微かな音の中で尋ねた。「小未の購入者を聞き出したか?」
「彼は知らないと思う」
「晩ちゃん、贔屓にも限度がある……」
「数日後、ソーシャルまたはゴシップニュースで僕の名前を見るかもしれない」
林有思が質問する前に、冀楓晚は安さんに視線を向けてこう言った。「僕は今、安科のメンテナンスセンター旗艦店にいるんだけど、安科グループの企業法務が僕を窃盗容疑で警察署に連れて行くと言っている」
「重要な関係者として、警察署に同行してもらいたいことです」安さんは笑顔で訂正した。
「容疑者に限りなく近い重要な関係者としてって訂正させて」
冀楓晚は肩をすくめ、暫く待っても林有思の返事がなかったので、スマホをタップして「有思、まだ生きている?」と尋ねた。
「……まだ生きてるけど」
林有思の声は前より八度音程以上低くなり、「前回の電話から今の電話までの間に起こったことを、漏れなく詳しく詳細に教えてくれ」
冀楓晚は安さんをちらっと見て、相手が手を上げて『どうぞ』というジェスチャーしたのを見た後、立ち上がって少し離れた衝立の後ろに行った。自分がシャワーを浴びた後、小未が不明人物に入れ替わられていたことに気づいた頃から話した。途中に林有思は声を出さなかったが、時折ドアが開く音、足音、キーボードを打つ音、または書き物をする音から、彼はずっといただけではなく、他の同僚に聞いてもらうためにスピーカーにしたことがわかった。
「……要するに、この企業法務は僕が泥棒だとは思わないと言っていたが、明らかに心の中で僕に手錠をかけているのだ」
冀楓晚は斜めに安さんを見てから視線を画面に戻した。「小未の修理結果が出るまで待つつもりで、その後どうするかと決める。相手は僕に小未を連れ去らせてくれると思わないけど試してみる。運悪くソーシャルニュースに載せられたら……気にせず僕を切り捨ててください」
「軽率な行動をするな」
林有思は三十分近くの沈黙を経て初めて口を開いた。声は通常の音程に戻っていたが、その口調は人を震えさせるほど冷たかった。「俺は二時間後にそちらに行く。俺が到着する前に何も喋らないでサインもしないで、何もしないで」
「来ないで、ひょっとすると出版社も一緒にソーシャルニュースに載せられるかもしれない」
「弁護士を連れて行くから」
「弁護士はいるの?」冀楓晚は眉を上げた。
「出版社は顧問弁護士を雇っている」
「あなたの上司は、このようなことで会社の顧問弁護士を使うことを許可してくれるのか?」
「どんなこと?弊社のエース級作家、全社ボーナスと上司のヨーロッパ旅行の旅費の出所が、悪徳テクノロジー企業に泥棒に仕立て上げられたということ?」
林有思の側から着替える音とオフィスチェアを移動する音を聞こえた。「全て任せてくれ、お前は口を閉ざしといて──口を閉ざせないことが心配なら、満漢全席を注文して口を入れて俺が助けに行くことを待ってくれ」
冀楓晚はスマホを持った手を握り締めた。目の前の状況を恐れるよりも怒りのほうが感じていたが、昨夜からあらゆる種類の不安に襲われていた。少し安心感を掴んだとしても、すぐに次の精神的な拷問に陥ったので、旧友がきっぱりと「俺が助けに行く」と言ったのを聞いたとき、目は少し赤くなった。
「ありがとう」冀楓晚は囁いた。
「ありがとうってなんだ!待ってくれ」林有思は電話を切った。
冀楓晚はスマホを置き、顔を上げて感情を整理した後、真顔でテーブルに戻り、画面をスワイプして注文システムを呼び出した。
安さんは冀楓晚の動きをちらっと見て、前のめりになり、「ビーフウェリントンとピノ・ノワールの赤ワイン、マッシュポテト、カラスミのサラダ、ホタテのコンソメスープがおすすめです」と言った。
冀楓晚は安さんを無視し、メニューに目を通した後、海鮮入りオムレツを八回クリックし、そしてキヌアとひよこ豆のサラダや無糖ヨーグルトを選んだ。
サラダやヨーグルトは最初に運ばれ、冀楓晚が無表情でこの二つを飲み込んだとき、八つのオムレツも次から次にテーブルに置かれ、二人がいる二人用テーブルを埋めるだけでなく、隣の四人用テーブルの半分まで占めていた。
安さんの完璧な笑顔に初めてひびが入り、両方のテーブルに置かれているオムレツ、オムレツ、オムレツとオムレツを見て、驚きを隠せずに尋ねた。「そんなにオムレツが好きですか?」
「死ぬほど好きです。特に味付けに失敗したもの」
冀楓晚はフォークでオムレツ一枚を口に入れ、画面上でスキャン用のヘルメットをかぶったばかりの小未を見つめてこう言った。「御社のシェフはダメです。素晴らしいオムレツはどれを食べても味が異なるはずです」
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