5-2 「小未って誰?」
ネットフラックスのドラマ制作チームとの会食場所は、市内中心部で最も高いビルの最上階にあるスカイレストランだった。制作チームと出版社は、コンセント、プロジェクター、トイレ付きの遮音性の高い個室を予約したので、参加者たちがお腹を満たした後、新シーズンの脚本とキャスティングについて直接話し合いができる。
もちろん、このレストランと超高層ビルは冀楓晩の本に一度も登場したことがないし、半径五マイル以内にも作家が見覚えのある建物はない。
──さすが有思だ。外見はどう見ても粗忽な熊にしか見えないが、仕事をする時はエンドウ豆の上に寝たお姫さまよりも慎重だ。
冀楓晩は心の中で失礼な賞賛を送り、タクシーのドアを押し開けて超高層ビルに入った。
林有思はすでにゲートに面したエレベーターの前に立っておった。冀楓晩を見ると明らかに安堵の息を吐き、旧友に向かいながら言った。「やっと来たね、またすっぽかされると思った……この帽子とメガネはどういうこと?ダッサ!」
「これは僕が途中で誘拐されるのを防ぐために必要な措置だ」
「誰がお前を誘拐するの?」
「僕もよくわからない」
冀楓晩は林有思に追加質問される前にエレベーターの開ボタンを押し、エレベーターに乗り、キャップを脱いでメガネを細セルのものに変えた。そして、自分の担当の方を向いて、「どう?もうダサくないだろう?」と言った。
「だいぶ良くなった」
林有思は肩の力を抜き、冀楓晩を頭からつま先まで見て、安心してうなずいた。「服のセンスもなかなかいい。悟りを開いたか?それとも誰かが選んでくれた?」
「お前からもらった誕生日プレゼントだ」
「俺からの誕生日プレゼント?服を贈ったことがないが……」
林有思の話はスマホの着信音で中断された。彼はスマホを取り出して振り返って用件を確認して、素早くに電話をかけてきた部下に指示を出した。
林有思が仕事の電話をしているうちにエレベーターが最上階に到着し、ドアが開くと木製の双龍が飾られたレストランの入り口が現れた。ウェイターが先導して、二人を一番奥にある会議用個室に案内した。
個室には十五人掛けの中華丸テーブルがあった。そのテーブルにはネットフラックスのアジア担当マネージャー、ドラマプロデューサー、監督、キャスティングディレクター、脚本家、そしてアシスタント二名が座っていた。彼らは冀楓晩と林有思の姿を見ると、手を振ったり、立ち上がって挨拶をしたりした。
しばらくして、仕事や交通渋滞で遅れていた主演俳優と脇役俳優たちが到着し、全ての椅子が埋まり、宴会の始まりを告げた。
楽しいランチだった。スカイレストランの料理はその値段に値するもので、ネットフラックスのマネージャー、プロデューサーと主演俳優も冀楓晩が覚えている通り面白くてユーモアがあった。そのおかげで人付き合いが苦手な作家は早く緊張を解けた。半年前に完成披露試写会で目を覚まされる前の状態と同じで、他の人と楽しく会話を交わしていた。
このランチで冀楓晩が唯一心臓を締め付けられた瞬間は、新シーズンの新しい役のオーディション候補者について話し合っているときだ。キャスティングディレクターが嬉しそうにオーディション候補者の写真を取り出して、そのうちの一枚が、本に登場したことあるガーデンの写真だった。
その写真を見た瞬間、冀楓晩は肺臓から空気を絞り出される感覚をほぼ具体的に感じた。パニックと寒気が突然彼を襲い、奈落の底に引きずり込まれそうになった瞬間、とある子猫が白い光に覆われて、彼の目の前に駆け寄ってきた。
冀楓晩は二、三秒呆然とし、それは小未が作ってくれた幸運のブレスレットだとわかった。ブレスレットに付いた金属製の子猫が日光を反射し、太陽、清風、青空のような三色の編み紐で作家のひび割れた精神を縛り付けた。
「どうした?」林有思は旧友の状態がおかしくなっていることに気づき、低い声で尋ねた。
冀楓晩は口を開けたり閉じたりして、数回繰り返した。やっと何とか声を絞り出した。「大丈夫、突然ぼやっとしてしまっただけ」
「疲れたの?」
「ただ食べ過ぎた。少し休憩したら大丈夫」
冀楓晩の視線は写真に戻った。オーディション候補者の後ろにあるカラフルな花壇を見つめながら、無意識のうちに手首にある金属製の子猫を握りしめた。
彼は家族を失った。それは取り返しのつかないことだが、彼は一人ではない。彼には過剰に自分にデレデレして、空騒ぎで、異常な程に優しいアンドロイドが家で待ってくれている。
そのため、彼は乗り越えられる。乗り越えなければならない。
林有思はゆっくりと眉をひそめた。冀楓晩の説明に対して深く尋ねなかったが、そこからの時間、制作チームから旧友に投げかけられる質問に率先して答え、作家が話す回数を最小限に抑えた。
全員が個室でお腹を満たした後、新キャラクターの候補を七人から三人に絞り込み、ドラマの脚本の概要と協力メーカーを決めた。さらに、ブレインストーミングして一つの番外エピソードまで生み出した。そして、日が完全に沈む頃、やっとレストランの入り口でさよならをした。
「晩ちゃん、待って!」
林有思はエレベーターを出て一階のロビーから帰ろうとした冀楓晩を呼び止め、閉じるボタンを押し、「一緒に地下駐車場に行こう。今日は車で来ているから、家まで送るよ」と言った。
「別のところに送ってもらってもいい?」
「どこへ行く?」
「適当に夕食を食べられるところ」
「お前が家にいるときは適当に食べているじゃん」
「今は違うよ」
冀楓晩はスマホを取り出し、室内の遠隔監視プログラムを開いた。画面上でシャットダウンになっている小未を見て、「もし家に帰ってご飯を食べたら、絶対小未を驚かせる」と言った。
「小未って誰?」
「お前が僕にプレゼントしたコンパニオンアンドロイドだ。安卓未にそっくりで、チビだけどエネルギーがいっぱいで、とても有能だけど非常に頭を痛ませる、まさに人型の子猫のようだ」
冀楓晩が回答しているときにエレベーターは地下一階に到着した。彼は何も考えずにエレベーターから降りて、数歩歩いた後、林有思がついて来ていないことに気づいた。振り返ると、相手がまだエレベーターの中に立っているので、彼は手を振って呼んだ。「おい、何突っ立っているの?出てきてよ」
林有思は呆然として二秒ほどしてからエレベーターから降りたが、前に進むにつれてスピードがどんどん速くなり、冀楓晩の前に着くときには走り出しそうになっていた。
これには冀楓晩は眉をひそめ、相手が何をやっているのか聞こうとしたとき、林有思が先に口を開いた。
「晩ちゃん、ちょっと確認させて。今『俺がプレゼントしたコンパニオンアンドロイド』って言ってたのか?」
「そうだよ。僕の誕生日の時にフルーツケーキと一緒に送られてきた」
「フルーツケーキは注文してお前の誕生日に届けてもらうように頼んだんだけど、アンドロイドは買ってない」林有思は真剣な表情をした。
「買ってないって……」
冀楓晩はぼんやりと繰り返し、肩を震わせながら手を挙げて強調した。「いや、僕は十八歳バージョンの安卓未が好きということをお前だけに教えたので、他の人がアンドロイドを送ってくれたとしても、安卓未と同じ顔のアンドロイドを送るのは不可能だ。お前だけができるんだ」
「でも、俺はお前にアンドロイドを送っていない。お前に送ったプレゼントはFONGYEH CAKEのクラシックフルーツケーキだよ」
「でも、小未はケーキと一緒に届けられた。配達員が僕に一枚だけの受領書を渡してサインを求めたんだ。送り主はお前だ。自分が送ったことを忘れたのか?」
「俺があげた誕生日プレゼントはアンドロイドではなくケーキだったと確信している。一体のアンドロイドは少なくとも二、三十万はするんだよ、そんな膨大な出費を忘れる訳がない!そのアンドロイドに、彼のバイヤーは誰だと聞いてないのか?」
「バイヤーはお前だと思ったので聞かなかった。その後小未に何度もお前のことを話したが、お前が買ったものではないと否定していない」
「否定していない……えっ!」
林有思の顔色が一瞬変わった。彼は冀楓晩の肩を掴み、「俺が買っていないそのアンドロイドは今どこにいる?」と尋ねた。
「シャットダウンして家で充電中」
「確実なの?」
「確実だ。十何分前にトイレに行ったとき、スマホで家の状況を確認した」
冀楓晩の頭に室内遠隔監視システムのアプリ画面が浮かべて、画面の中に小未が陶器の人形のように瞳を閉じて充電スタンドに静かに座っていた。
林有思は安堵のため息をついたが、すぐに不機嫌そうに尋ねた。「住宅システムの権限をあのアンドロイドに渡してる?」
「うん」
林有思の顔が一瞬曇ったのを見て、冀楓晩は眉をひそめて尋ねた。「どうした?小未を誰が贈ったと思いついた?」
「確かに一人を思いついた」
林有思は血の気が引いた顔で言った。「数十万も使ってアンドロイドを買う財力があって、お前のプライバシーを調べるために多大なエネルギーを費やす執着心もあって、そして自分の身元を隠す理由があるやつがいる」
「誰がそんなこと……うっ」
冀楓晩は固まった。昔出版社に刃と生理用品を送った病んだファンのことを思い出した。警察と私立探偵の調査により、そのファンはある商社オーナーの次男であることが判明した。その会社に連絡した後、双方はその当事者を海外に送りだすことを条件として和解に達した。
その人物は二年以上海外に滞在しており、出版社も冀楓晩本人も過去二年間嫌がらせを受けていないが、以前そのファンが冀楓晩の家の外に直接に来たことがある。
「……お前と答えを確認する必要はないと思う」
林有思はスマホを取り出して、「もし本当にその気違い者なら、すぐにお前の新しい住居を手配して、電気機械警察に通報してそのアンドロイドを処分しなければならない」と言った。
『通報』という言葉に冀楓晩の心が震えた。脳が命令する前に体が先に動き出し、林有思のスマホを奪い去った。
林有思はスマホを奪われて不意を突かれた。二、三秒ほど呆然としてから我に戻り、「何をやってるんだ!」と大声で言った。
冀楓晩は口を開いたが声は出ず、しばらくして言葉を整理してやっと言えた。「これまで僕たちが話していたことは単なる憶測であり、小未はあの気違い者によって送られたことを証明する証拠がない」
「電気機械警察に回収してもらって調査すれば出てくる」
「調査してもない場合、または他の誰かが送ったものならどうする?小未はハイエンドのアンドロイドだ。非常に繊細で、捜査中に電気警察が彼に損傷を与える可能性がある」
「もし彼はハイエンドのアンドロイドなら、さらに危険性が高くなる」
「僕は小未と一緒に二ヶ月以上暮らしているけど、彼は僕の髪一本すら傷つけたことがなかったよ」
「それはお前を騙すためだ」
「それは単なるお前の憶測だ」
冀楓晩は林有思のスマホの電源を切り、旧友の手のひらに置いた。
「帰ったら小未に本当のバイヤーが誰なのかと聞くから、彼の回答を聞いてから警察に連絡するかどうかを決める」
林有思は唇を真一文字に引き結んだ。『僕はこれ以上譲らない』という言葉を顔に刻み込んだように冀楓晩を見ると、荒い息を吐いて頭を掻いた。
「俺も一緒に行く。万が一そのアンドロイドには本当に問題があれば、お前一人じゃ彼を止めることができないからな」
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